第3話-青年と香水展

「はぁー、やっと休みだ。寝るぞー!」


うーんと伸びをして、裏路地を歩く。このまま表通りを出て電車に乗れば一駅で我が家の最寄駅だ。


静かな暗がりを歩いていると秋風が顔を掠め、ふと額の風通しが良いことに気が付いた。髪に触るとまだヘアピンを付けたままだったのだ。


「おっと。これは流石に。」


ヘアピンを取り除き、前髪を申し訳程度に整える。ポケットにヘアピンを押し込んでいると、頭の中に先程の瀬木が現れ、「その可愛いヘアピンをどうにかしろ!」と説教を垂れてくる。


「サンルオに罪はないだろ。趣味にまで口出しやがってオカンかよ。」


ブツクサと今は居ない瀬木に文句を言いつつ、歩いていると対面を歩いていた青年にぶつかってしまった。

「うわっ」

「……わッ!」


青年は声を上げ、カバンを落としてしまった拍子に中に仕舞ってあったノートや教材がトートバッグから飛び出してしまい、青年は俺に謝罪をし慌てて荷物拾い始めた。

「ごめんなさい。前見てなくて……!」

「いえこちらこそ申し訳ありません!手伝います。」


その姿に俺もすぐに謝り、一緒に拾うためにしゃがみ込んだ。

電灯の下で良かった。これなら落とした物全て拾えそうだ。


大学生だろうか難しい本ばかりだった。

すると青年の教材を拾う手がピタリと止まる。


「あの、貴方のお名前は何といいますか?」

「え、華束と申しますが……もしやお怪我でもなさいましたか??」


やばい。やってしまったか。


そう思い、ぱっと青年を見ると、青年は驚いたように俺を見つめて涙を流し始めていた。


「なっ!本当に大大夫ですか?病院行きますか?救急車!?」

彼は驚いている俺の表情を見て彼は慌てて否定してくる。

「あ、すみません。なんとも無いので。」


いやいや……なんかあっただろ。


俺は苦笑して、俺は内ポケットから手帳を取り出す。


「今はなくても、後からでも何かあればご連絡下さい。」


そう言うと電話番号と名前を書いて青年に渡す。彼は驚いたようにそのメモを見つめた。


「あ、ありがとう……ございます。」


荷物を拾い終わり、青年と立ち上がると彼は俺よりも背が高かった。暗くて顔は見えずらい。彼が立った拍子にフワリと良い香りがした。


香水か?スッキリとした良い香りだな。


「あ、あの、ありがとうございました。あの、……かた……ばさん。……そのッ、香水に……ご興味はありますか?」

俺は首を傾げる。いきなり何を言い出すんだろう。緊張した様子で俺の答えを待っている。


「申し訳ない、香水はよくわからなくて。」


困ったように笑いながら言うと、青年は少し落ち込んだ様子で項垂れる。

しかし直ぐに気を取り直し、トートバッグに手を突っ込んでファイルを取り出すと、中から何かを取り出した。


「あの、良ければこれを。親切にして頂いたお礼です。今、これしかなくて。」


青年が渡してきたのは、近くの博物館のパンフレットとチケットだった。


「香水の歴史展をやってるんです。良かったらいらして下さい。」

パンフレットには、調香師の歴史と書かれている。今まで興味の無かったジャンルだが雑学として知っていても良さそうな内容だ。


「ありがとう。休みの日に行ってみます。」

俺の反応をジッと見つめていた青年は、にこりと笑う。


「はい。是非!」


そんなやり取りをした後、青年と別れてパンフレットを見ながら駅に向かって歩き出す。


「香水の帝王、フランソワ・コティ…十九世紀か。女性の調香師が頂点か。すごいな。」

パンフレットには調香についての歴史や香水の種類についての概要が載っている。


「こういうの見ると調べたくなるんだよな。」

スマホを取り出して香水について調べる。便利な世の中だ。

「へぇ…香水って奥が深いんだな…っ…ん?」

突然、フッと足し場が無くなって浮遊感が身体を襲う。

「へ?……はッ?!」

そのままその穴に、ズォオッと吸い込まれるように穴の奥に落ちていった。

風切音を耳の横で鳴り響き、穴の入り口は直ぐに分からなくなって真っ暗闇になる。


「わぁぁあ!?」


なんだ!?マンホールでも開いてたのか!?

どこまでもどこまでも落ちていく。


深ッこれ死ぬやつだ…っ

やばい!マジで死ぬ!!!


俺は、死を覚悟してぎゅっと目を閉じた。

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