王様の処刑法

古木しき

王様と薄汚れた天の使いの少年の最期の話

 革命は偶然には起こらない。ある条件が重なり合い、じわじわと必然的に湧き立っていく。しかし、死というものは偶然か必然か、それはわからない。

 長年、圧政と重税を敷いていたとある王国では、民衆が暴徒と化し、各地で反乱を起こしては軍に鎮圧される日々が続いたが、とある若者たちが起こし、失敗に終わった革命が一般国民たちに火をつけた。ある町娘は圧政を敷く有力政治家を暗殺し遂げ、政治犯や思想犯を閉じ込めていた監獄が破壊され、中にいた罪人達は皆、脱走を成し遂げた。ついには王に近かった貴族らは恐れをなし、国外へ逃亡。軍や警察は庶民側についてしまい、ついには悪政を敷いていた当の王様と側近の者ども、城に住まう近衛兵のみが城に残ってしまった。

 このままでは、いつ、暴徒どもが城に攻めてくるかわからない。王様の指示で城の門は堅く閉じられ、家財道具などでバリケードを作った。つい数か月前は、暴徒どもが街中に脆いバリケードを作っては警察や軍隊に破壊されていたというのに皮肉なものである。

 さて、城の中の王様の部屋では襲い来る暴徒たちを恐れ、部屋中を右往左往していた。

「どうして私がこんな目に遭わねばならぬのだ? 何故、群衆どもはわかってくれない?」

「お知りになりたいですか? 王様」

 不意に聞き慣れない若い透き通った声で話しかけられ、王様は腰を抜かした。

 見た目は灰色に汚れた、元は真っ白であったであろう布をまとった裸足の少年のような姿をした子供がいた。

「お前! いつの間に我が王の部屋に無断で入ってきた! お前はだ、誰だ!」

 それを聞いた少年は困ったような笑みを浮かべ肩をすくめると、口を開いた。

「いいえ、王様。私は、うーん……なんといいますか。この世の者ではありません。王様、あなたの最期を見届けるために来たただの使いです」

「お前は天使なのか? それとも死神なのか? 何故、私の最期を見届けに来た?」

「王様、落ち着いてください。僕は天使でもあり、死神でもある……つまり天界から派遣されてきた最期の見届け人であります」

 王様は傍にあった椅子を倒して床に転げた。

「お、おお……お前は……! 死神か!? 出ていけ! 近寄るな!」

 灰色の少年は呆れた顔で、

「王様落ち着いてください。僕はあなたの命を直接奪ったりなんて野蛮なことはいたしませんよ。ただ、最期を見届けに来る役目を全うしに来ただけです」

 王様は恐る恐る、得体の知れない少年に近寄り、姿を観察しだした。

「どうしました王様? あ、この姿ですが。すみません。天使の輪とか羽根と生えていればもっとそれっぽいですよね。でも、王様。僕はあなたをずっと見ていました。とても信心深いお方だと。毎日欠かさずお祈りをし、日曜には民衆の白い目を気にもせず各教会や大聖堂に行きお祈りをする……。素晴らしい行いでした。なので僕がこのように王様の最期を叶えるために現れたわけです」

 薄汚れた天使とも死神ともわからない少年は王様に対し、屈託のない笑顔を見せた。 「……ま、まあ、実際その通りで私は信心深いのには間違いはない。このように常に十字架のペンダントを首にかけているほどである。しかし、その、最期の願いを叶えるとはいったいどういうことなのかね?」

 少年は少し申し訳無さそうな表情をし、語りだした。

「……悪名高くも最後の最後まで信心深かった王様には最期くらいは願いを叶えるべきと、神様からのお達しです。しかし、叶えられる願いは……王様の最期の死に方のみです」

 王様はハッとしてその場でしゃがみ込み、両手を握り、

「おお、神よ……。我が信仰は間違ってはいなかったのですね……」

 すると、王様は立ち上がり、少年に訝しげな表情で、

「しかし、願いを叶えると言っても最期の死に方とはどういうことかね? 私が生き残るという選択肢はないのか?」

 天使のような少年は申し訳無さそうにしながら、

「……はい。王様、あなたは今日確実に死にます。これは神様が決められた運命なのです……」

 王様はうなだれた。

「そうか……。神がお決めになられた運命ならば今日死ぬのは仕方がないのか……。だが、お主は先ほど言ったであろう、最期の死に方は私が決めることができると?」

「はい。それだけですが、王様が決めることができます。なお、このままでは、暴徒と化した国民や叛乱軍が城に攻め込み、王様をひっ捕らえ、断頭台でギロチンの刑です。これは既にこの国の裁判所が決めた刑なので仕方がありません」

 王様は震えだした。

「嫌だ! ギロチン刑など、恐ろしい! もし死刑執行人が失敗したらどうする? 断頭台でのギロチン刑は公開処刑と決まっておる! 民衆は刎ねられ、既に死んだ私の首や胴体を徹底的に原型も無くなるほど叩き、踏み潰すではないか!」

「しかし、王様。この国の公開ギロチン刑を決めたのは王様、あなたではありませんか」

 王様は頭を抱えた。まさか自ら決めた刑が自分に降り掛かってくることになるとは、と。 「うぅむ……。せめて死ぬのであれば、ギロチン刑以外がいいな……。そうだ。偉大なローマ皇帝カエサルのように立派に歴史に残るような死を……」

「あの、王様……。カエサルは忠臣のブルータスに裏切られ、暗殺されています。もう一つですが、ご安心ください。王様は歴史に名が残ります。……悪名としてですが」

 王様は顔を真っ赤にし、部屋をぐるぐると動き回り出した。

「何故だ! 何故、私が悪として名が残るのだ……!」

 薄汚れた天使の少年は溜め息をついた。この王様は自らのやった様々な行いについて全く自覚がない。苦し紛れにある提案をした。

「最期に暴徒化した国民たちの怒りを鎮めるような、何かをしたらどうでしょう。そこで、そうして死ぬと、民衆からは英雄視されるようになるかもしれません」

 王様はその薄汚れた少年のほうを驚いて、二度見し、唸りだした。そして、「そうか。開かれたバリケードから出てきて贖罪をする……。これは良い案かもしれぬ……」と、独り言を呟きだした。

 ひと通り、部屋を動き回り独り言を言い終えた王様は、薄汚れた天使のような少年に向かってこう言った。

「決めた。私は、この城の中にまだいる人たちを傷つけたくはない。バリケードも取っ払おう。……私が、城の門から出てきて天に祈りを捧げた際に、自然に死ぬということはできぬか?」

 薄汚れた少年は驚いた。まさかこの暴君のような王様が、逃げ出さずに、他の場内にいる人々のことを考え、自らが神に祈りながら死ぬということで、暴徒たちの心を変えようと考えた、そのことに驚きを隠せなかった。

「え、ええ。もちろんできますとも。雷に打たれるようではなく天に祈りを捧げている最中に心臓発作で死ぬ……。それでよろしいのですね?」

 王様は重く頷き、少年の眼を見た。少年は綺麗な青い眼をしていた。


               *


「王が出て来たぞ!」

 民衆の声が響く。バリケードが兵たちよって取り除かれて、王様が一人、道の真ん中を歩いてきた。王冠は被っていないが、気品を感じる装いである。王様はゆっくりと歩いてきて城門の橋の中間で足を止めた。向かいには怒りに満ち、鍬やサーベルなど様々なものを、手に構えている。王様は突然跪き、十字架を握りしめ、天を仰いだ。

「神よ。民衆よ。我が王は罪を償う。だから、許してほしい――」

 その瞬間であった。

 王様はそのまま態勢のまま硬直したかと思うと、突然倒れた。薄汚れた天の使いが願いを叶えたのである。

 しかし、暴徒と化した民衆は既に死んだ王様を徹底的に叩き、引き摺り回し、ボロボロになってしまった。更に暴徒たちは城の中へ押し寄せ、近衛兵や召使いどもを残虐な方法で殺して回っていったのである。

 それを見ていた薄汚れた天の使いは一言つぶやいた。

「ああ、なんと人間というものは惨く、浅ましいものなのでしょうか……」



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