第2話 そばにいたい
美世は男の子のほうへと駆け寄り、異形が振り下ろす腕から美世を守ろうと清霞が彼女を追う。
日頃、おどおどしてばかりの彼女からどうすれば無謀とも呼べる勇気が湧いてくるのか疑問に思わずにいられない。
美世は清霞の必死な手をすりぬけて、男の子へと覆いかぶさった。
清霞は右手で炎を、左手で風を紡ぎ出し、すんでのところで美世へ振り下ろされる異形の魔の手から彼女を守ったが、左から飛んできた異形の攻撃を全てかわすことが出来なかった。
左腕にぴりと鋭い痛みが清霞を襲う。
幸い、美世にけがはなさそうで、男の子をぎゅっと抱きしめるように覆いかぶさったままの姿勢でかたく目をつぶっている。
どうしても美世のことになると優先順位がつけられなくて困る。
彼女には守護の式を、しかもなるべく強い物を渡してあったはずだ。危機を感じ発動すれば、対面している異形の攻撃からは自ら動かずとも守り抜けたはず。
それなのに、焦って結界まで反故にし、むしろ危険に晒してしまった自分に清霞は腹を立てた。
「隊長~」
間延びした五道の声と、隊員の駆け足が聞こえ、清霞はほっと胸を撫でおろす。
「遅いっ」
「そんなこと言わないでくださいよ。隊長の式に気づいて、何もかも放って、大急ぎで来たんですから。」
五道は清霞の左腕に走った傷跡と、今回の対象である異形を見比べ、そして、美世と彼女に守られる男の子を順に見てから、清霞がいつにも増して不機嫌な理由と下級の異形に後れをとったわけをおおよそ察したらしい。
隊員に男の子の保護と異形のせん滅を命じてから、清霞は美世の肩を抱いた。
「怖い思いをさせて悪かった。もう大丈夫だ。」
美世はぎゅっと閉じていた目をゆっくり開き、清霞の顔をじっと見つめる。
そして、美世は彼の左腕の服が破れ、そこから血が溢れているのを見て、泣き出しそうな表情を浮かべた。
「だ、旦那さま。お怪我を・・・」
「大したことはない。すぐに治る。」
旦那さまが怪我をした理由が、美世自身であることは十分すぎるくらいわかっていた。
自分で飛び出さず、旦那さまにお任せしていたら
そう悔やんでも時は戻せない。
口調こそ少し柔らかくなったものの、旦那さまの表情はかたく怒りを抑えているようだった。
わたしの、せいね
無能が出しゃばるから
久堂家に嫁ぎに来て、自分のやりたいことやしたいことを少しづつだが表に出せるようになってきた。
以前なら、ただ相手の言うままに行動しているのが楽で、何かをしたいなどと考えることもなかったが、ここ最近甘やかされすぎたのかもしれない。
異能で傷を治すことができる人もいるという
けれどわたしは、
「申し訳ございません」
謝罪が軽くなるからと旦那さまには怒られたが、今はこれ以外の言葉が出てこない。
「どうして謝る」
「わたしのせいで、旦那さまに、お怪我をさせてしまいました。」
「これは私自身の判断ミスだ。お前のせいではない。」
旦那さまが気遣いでそのように言われているのではないことは、今なら少しわかる。本心でわたしのせいではないと、思ってくださっているのだろう。
けれど、旦那さまの腕からじとりと流れる真っ赤な鮮血が美世の胸を貫いて、少しずつ積み上げていた自己肯定感がビーズのように簡単に転がり落ちてゆく。
旦那さまは、ただ歩いているだけでも羨望の眼差しをむけられるくらい美しい。
けれど、わたしはどうだ。
旦那さまから贈っていただいた上品で高貴な着物や装飾品が少しばかり自分を飾り立ててはくれているが、到底、清霞のように奇麗な人と並べるだけの魅力があるだろうか。
答えは考えるまでもなく明白で、鮮明だ。
旦那さまに大切にしてもらえる資格は
旦那さまに優しくしてもらえる資格は
いつも迷惑をかけてばかりのくせに
「・・・申し訳ございません」
口癖のような美世の言葉に、清霞はふぅとため息をついただけで何も返してはくれなかった。
隊の到着と素早い対応のおかげで、事態はすぐに収まり、清霞の左腕も軽い手当を受けてから、帰路につくこととなった。
主人の機嫌はあいからわず低空飛行のままだ。
五道が「美世さんのせいじゃないっすよ。隊長がああいう怒り方をしているときは、自分に腹を立てているときっす。」と励ましてくれたけれど、美世の心に響くものはなく、ただひたすらに自分を責めた。
清霞の隣、彼の一歩後を美世は黙ってついていく。
清霞は何も話そうとはせず、秋の涼やかな風が彼の美しい髪を揺らしている。
光の加減で銀色にも見える薄茶の髪にしっかりと結ばれた薄紫色の組紐。
彼がいつもこれをつけてくれている、ただそれだけで美世は良いような気がする。
旦那さまのお傍に、ずっと・・・・
自分の希望を組紐に重ね合わせ、歩くたび揺れる髪紐が嬉しいような、羨ましいような気さえして
清霞が突然口をひらいて、ぶっきらぼうに美世に尋ねた。
「美世。私に何かいいたいことはあるか。謝罪以外で、だ」
謝罪以外で、とつけられてしまうと美世の口からついて出るものは何もなく、ただ黙り込んでしまった。
「では、私からひとついいか」
「はい、なんでしょう。」
「ぜんざいを食べて帰らないか。」
ふと隣を見れば、甘味処の前だ。旦那さまは以前わたしがあんみつに歓喜していたのを覚えていてくださったのだろう。
これ以上、旦那さまから何かしていただくなんて、と内心複雑な気持ちもあったが、美世はうなずいて甘味処へ入ることにした。
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