第7話 男爵家当主
私の名はグレス・ブラスト。
ブラスト男爵家の当主だ。
ブラスト男爵家は辺境の小さな領地をもつだけの、吹けば飛ぶような泡沫貴族である。
だが私は貴族の誇りを持ち、真面目に生きて来た。
そんな私に、妻ヘレナとの間に待望の息子が生まれる。
男の子で、次代のブラスト男爵家を担う後継者だ。
これで家は安泰。
そう考えていたのだが、その子には大きな問題があった。
それは息子が5歳の時に判明する。
魔力鑑定を行い。
そしてありえない結果が出てしまったのだ。
魔力属性――闇。
闇属性の魔力はこの世界では忌み嫌われる力だった。
その力を持って生まれた者は基本的に処刑されるか、よくて魔力を封じられ特別な施設での生活を強制される。
そしてそれは貴族であっても避けられない。
更に、一族から闇属性が出たとなれば我が家の信用は地に落ちる事になる。
いや、最悪我が家など爵位を取り上げられかねない。
そのため、私の息子が闇属性を持って生まれて来た事は致命的な事態だった。
「ダイナを離れの地下に隔離する」
本来なら、即刻処刑すべきだった。
周囲に知られるリスクを避ける為に。
そう、当主ならその決断を即刻下すべきだったのだ。
だがこのまま死なせるのは余りにも不憫で、そして私は父親としてせめてできる事をしてやりたかった。
だから秘匿したのだ。
息子が人目に触れないため。
その日より、私は息子を何とかするため闇属性について調べ始める。
だがそれには時間制限があった。
「封印はもって10年程度かと」
――刻限は10年。
そう、ダイナの魔力を封じ言語に禁制をかけたお抱えの魔術師――ファルガスが私にそう告げる。
ファルガスは王との魔法学園を優秀な成績で卒業している、辺境の男爵家にはもったいないほど優秀な魔術師だった。
彼が我が家に来てくれたのは、彼の父と私の父が懇意にしていたお陰だ。
だが彼の力では、長くダイナの魔法を封じられなかった。
何故なら闇属性の魔力は強力無比だからだ。
そのため、成長と共に増幅するであろうその魔力を、彼の様に優秀な魔術師のかけた封印ですら成人する頃には抑えきれなくなってしまう。
そうなれば秘匿し続ける事は難しくなる。
どんな拍子で外に漏れるかもしれない。
だから私は時間制限内に手立てが見つからなかった場合、心を鬼にして息子を切り捨て処刑する事を決める。
「もし見つからなければ、私はダイナを処刑する。だからもう息子には会わん」
方法が見つかる可能性の方が遥かに低い。
恐らく、いやほぼ間違いなく私は息子を処刑する事になる。
そんな男が、どの面を下げて息子に会うと言うのか?
「分かりました。私もそれに倣います。あの子を救う術を持たない私も、母親として接する資格はありませんので」
妻も覚悟を決めた様だった。
彼女もまた貴族。
家を守る事。
そのために心を鬼にする事の重要性を知っていたから。
「そうか」
私は息子のための情報を集める。
だがそれは中々上手くいくものではなかった。
闇属性は希少であるため、情報はおいそれと辺境には転がっておらず。
また貴族である私がそれを堂々と調べるのは余りにもリスクが高く、裏でひっそりと動く必要があったからだ。
そのため、情報収集は遅々として進まなかった。
そこで私はとある情報組織を使う事に決める。
貴族の間では有名な古くからある信頼出来る情報組織で。
値段はかかるが、こちらの身分を完全に秘匿したまま高精度で情報を集めてくれる。
「くっ……いくらなんでも高すぎる」
組織の窓口に接触し、相手側から提示された値段に私は顔を歪める。
それは聞いていたよりも遥かに高い額だったからだ。
「情報が情報ですので。此方としても、あまり引き受けたくない案件になりますので」
闇属性の情報は禁忌。
相手も乗り気ではなかったのだろう。
値が張ると告げられ、私は諦めざるえなかった。
また地道に自分で調べ続けるしかない。
そう思った矢先、ある幸運が転がり込んでくる。
それ領地内で鉄鉱山が発見された事だ。
鉄鉱山を稼働させれば、その利益で依頼量を支払う事も可能だろう。
この時、私は一つの選択肢を迫られた。
それは国へ申告するかどうかという選択だ。
国へ申告した場合、税金としてかなりの額を収める必要が出て来る。
本来なら迷わず申告していただろうが、組織に継続的に高額な報酬を払い続けるには――そう簡単には見つからないだろう事は容易に想像できた――税金をし張っていたのでは厳しくなってしまう。
「ありえない選択だ。だが今なら……」
そもそも、秘匿事態長くは続けられない。
王家も馬鹿ではないのだから、そのうち気づかれるのは目に見えていた。
だが今なら。
王家のごたごたが長く続いている今なら。
そしてまだ長引く様子を見せる今なら。
隠し通す事は容易なはずだ。
――今現在、王家は後継者問題で荒れていた。
数年前。
国王が公務中に倒れられ、それ以降意識が戻っていない状態となっている。
最初はすぐに目覚められると思っていたのだが、1ヵ月、2ヵ月と魔法で生命維持状態を続けても目覚められる事はなかった。
そして1年が過ぎた辺りで、もう王は目覚めないのではないか?
そうなると出て来るのが後継者問題である。
そして第一王子と第二王子のとの間に、熾烈な戦いが始まった。
そのため国内は現在少々あれており、また中央貴族や王族は、地方へはあまり目の行かない状態となっていた。
後継者争いに忙しいため。
「鉱山の申請は、最悪、王家のごたごたが片付いた際でも問題ないだろう」
そう判断した私は、鉱山の秘匿を決める。
そして稼働した鉱山から得られる利益で組織へと依頼を出し、それから5年。
限りなく望みが薄かったはずの朗報を聞かされる。
闇属性の魔術師が残した本が見つかったのだ。
そしてその中には、闇属性を別の属性に変化させる術も乗っていた。
「恐らくですが。この方法を使って世の目を誤魔化していたのでしょうな」
「これは約束の成功報酬だ。くれぐれも情報は――」
「分かっております。お客様に関しては絶対の秘密厳守を貫いているのが、この業界で長く生き延びる秘訣ですので。どうかご安心ください」
本を受け取った私は、早速離れに隔離していた息子を呼び出す。
長らくぶりに見たダイナは、7年と言う歳月の間に随分と立派に成長していた。
妻の方に視線をやると、彼女は高ぶる感情を堪えてているのが見て取れる。
渡しよりも遥かに、彼女の方がダイナには会いたかったはずだ。
今までよく我慢してくれた。
とは言え、7年と言う歳月の間にできた溝は大きい。
それはそう簡単に埋める事は出来ないだろう。
私は構わない。
恨まれたままでも。
だがせめて……せめて妻との仲は、何とか修復させてやりたかった。
それが厚かましい願いだとは勿論理解してはいるが。
「ヘレナ。君にダイナの後継者教育を任せる」
属性が遺伝しない事はハッキリと分かっている。
なのでダイナが跡を継いでも、その子孫に闇属性が生まれてくる事はないだろう。
だから息子をしっかり教育さえすれば、後継者としは問題なかった。
なぜなら、あの子は長男なのだから。
「私に……でも……私もあの子を……」
「私に禁じられ、会いに行けなかったと言えばいい」
「それは……」
泥はすべて私がかぶればいい。
恨まれるのは私一人で十分だ。
「あの子の為でもある。ダイナの教育、頼んだぞ」
そう。
これはあの子の為でもある。
両親に捨てられたと思うよりも、父親だけが酷い人間だったと思えた方が精神的には楽なはずだ。
「わかりました……貴方」
私の意をくんだのだろう。
ヘレナが力強くうなづく。
「頼んだぞ」
さて、私はまず鉄鉱山の申告を国にしないと。
暫く大丈夫そうではあったが、万一という事もあるからな。
申告は早めに行っておくとする。
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