第6話 チャンス

「さて……どうなる?」


屋敷の廊下を歩きながら、俺はそう呟く。

目の前を歩く執事長には聞こえない様に、小声で。


――本格的な冬が始まる頃。


――俺は父親である男爵によって離れの地下から本館へと呼び出された。


その目的は分からない。

なにせ体験していない未来だからな。


だがまあ、呼び出されていきなり処刑って流れにはならないだろう。

父と会うに当たって礼装まで身に付けさせられてる訳だしな。

こっから首ちょんぱは、流石に意味不明過ぎる。


「旦那様。ダイナ坊ちゃまをお連れしました」


屋敷にある男爵用の書斎。

そこについた執事が扉をノックし、中に向かて声をかけた。


「入れ」


返事を受けて執事が扉を開ける。

扉の奥のデスクには父が座っていた。

その脇には母が。


……二人の姿を見るのは22年ぶりか。


回帰前、葬儀の際に見たのが最後だ。

その時は雷撃の影響で肌がボロボロだったが、当然この場にいる二人にその跡はない。


「坊ちゃま、どうぞ中へ」


執事長に促され、俺は室内に入る。


「久しぶりだな。ダイナ」


「お久しぶりです。父上。母上」


とりあえず礼儀正しく対応しておく。

現時点で余計な反感を買うのは得策ではないからな。


しかし……


男爵は巣の表情だが、不思議な事に、母親の方はなぜか悲しげにしていた。

自分の生んだ汚点が気に入らないといった感じには見えない。


いったいどういう感情だ?


「今日読んだのはこれをお前に渡すためだ」


父がデスクの上に一冊の黒い本を置く。


本を渡すのが目的だそうだが、まったく意味が分からない。

忌み子である俺をわざわざ呼び出して、父は一体に俺に何を読ませたいと言うのか?


「ダイナ。これはあなたの未来を変えるものです」


母が口を開く。


「未来を変える……ですか?」


未来を変えると来たか。

ずいぶん大きく出た物である。

まさか楽な自殺の仕方大全集とか、そういったふざけた物じゃあるまいな?


「読めばわかる」


「失礼します」


まあ考えても仕方がない。

俺はデスクに近寄り、その上に置かれた黒い本を開いて目を通した。


「これは……」


その本は、闇属性の魔導士が残したものだった。

そしてその内容は、闇属性の魔力について書かれた物だ。


「それはある男が残した物だ。お前と同じ、闇属性を持って生まれてきた男の……」


「……」


正直驚きを隠せない。

闇属性は禁忌の力だ。


そのためそれを持って生まれて来た者は大半が処刑され、良くて魔力を封じられ迫害される障害を送る。

当然だが、闇の魔力について書き記す事など許されてはないし、仮にできたとしても、そういった物を秘匿する事は重罪にあたる。


「……」


内容にざっと目を通した限り、書かれている内容は真実だ。

なのでこれは間違いなく、闇属性の魔力を持った人間が書き記したものである。


こいつ……どうやってこんな物を手に入れたんだ?


秘匿すれば重罪になる物を、簡単に手に入れるすべなどない。

少なくとも、辺境の男爵が気軽に手に入れれる様なものではなかった。

そう、不自然極まりないのだ。


「その書物の中に、属性を変換する方法が記されている。それを習得しろ。そうすれば、あそこから出してやろう」


「変換ですか……」


属性の変換とは、自分の属性を別の属性の魔力へと変換する事を指す。


この技術は回帰前に得た魔王の精髄の知識にあったので俺も既に知っているし、習得自体も容易い。

が、回帰前、俺はこの技術を習得しなかった。


何故か?


簡単な事だ。

効率が悪くなるからだ。


闇の魔力は、基本5属性の100倍。

そして光属性の20倍のパワーがある。

だが変換してしまうと、その変換先の魔力と同じ威力になってしまうのだ。

しかも変換時に魔力のロスまで出てしまうと来ている。


そのため、闇の力を隠すのにはもってこいな技術ではあったが、精髄を得た時点で隠す必要がほぼ無い状況になっていた俺にとっては無意味な技術だったのだ。


そう、単にパワーを落とすだけの技術。

だから習得しなかったという訳である。


「父上……なぜこれを私に?」


「お前にチャンスをやろう。男爵家の人間として生きるチャンスを」


7年間も閉じ込めておいて、急に闇の魔力に関する本を渡して男爵家の人間として生きるチャンスを与える……か。

目的がまるで読めんな。

まさか本気で俺を男爵家に迎え入れるつもりじゃないよな?


もしそうだとしたら……


忌み子の事がばれれば、男爵家には大打撃である。

そんなリスクを負ってまで俺を表に出すという事は、不利益を超える大きなメリットが無ければならない。


どんな利益がある?


パッとは思いつかない。

まさか世界征服を狙っている訳でもないだろうしな。


魔王は無敵だった。

そして回帰前の俺も、英雄共が降臨さえしなければ世界を手に入れていただろう。

だがそれは魔王の精髄を手に入れられたからこその部分が大きい。


そう考えると、どれ程当てになるかも分からない力に――しかもばれれば世界中から袋叩きにあるであろう――大きな期待をするのは愚かな事だ。

ばくちに程があるからな。


分からん。

分からんが。


まあ……


「お心遣い感謝します」


受けておく。

断ったら、その場で処刑だと言われてもおかしくないからな。

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