第5話 変わった?
クソバスを下僕化した時点の俺の年齢は10歳だった。
それから2年。
しっかりと食事を取り、体と魔力を鍛えた俺は、回帰前の同年齢とは比べ物にならない程成長していた。
回帰前は実質スタートが12歳だった事を考えると、この時点で2年分のアドバンテージと言えるだろう。
「流石に、その程度ではあいつらに勝てはしないが……」
だが塵も積もれば、である。
まだまだ力を伸ばす余地は残っており、それらを十全に生かせれば勝機は見えてるはず。
「しかし……どういう事だ?」
俺は疑問符を口にする。
「俺の記憶では、もう両親や兄弟は死んでいるはずなんだが……」
正確な記憶はないが、彼らは夏ごろには亡くなっていたはず。
だがもうじき冬だと言うのに、両親達の亡くなったという知らせが入ってこない。
多少のずれなら覚え違いで済ませられるが、流石にこれだけ違うと……
「未来が変わった……もしくは、そもそも俺の体験した回帰が単なる妄想幻覚の部類だったか……」
幻覚の可能性はまあ無いか。
習ってもいない魔法が使え、しかも魔王の精髄の知識から得た特殊な無詠唱魔法まで問題なく使えるのだ。
その高い習得難易度を考えると、回帰前がただの妄想だった可能性は極めて低いと言えるだろう。
つまり――未来が変わったという事だ。
俺は外に出れない以上、外部の時間の流れに変化を起こす事は出来ない。
それ以外で考えられるのは――
「クソバスか」
クソバスが周囲に俺の事を漏らした可能性はない。
なにせ奴は闇の契約に縛られているからな。
俺の事を周囲に伝える事は出来ないのだ。
だがそれでおクソバスで間違いないだろう。
確かに俺の事は周囲に漏らせてはいない。
だが、俺との一件が奴の外での行動に影響し、その結果周囲の行動も変化させてしまった。
そう考えるのが自然だ。
……特にこの場への食料の持ち込みは、回帰前にはなかった行動だからな。
お仕置き以来、クソバスは普通に食事を持って来ていた。
ただ生活するだけならそれで十分だったが、俺は強い体を作るために鍛える必要があった。
強い魔力は剛健な肉体に宿る。
それは世界の常識であり、優秀な魔術師達は体の鍛錬に予断が無い。
そして体作りには食事が重要になって来る。
量質共に。
だから俺はクソバスに、追加の食料をこの場に持ち込むよう指示を出している。
「まあ原因はなんにせよ……家族には消えて貰わなければ困る」
回帰前は家族が全員事故死し、そのお陰で俺は男爵の椅子に座れたのだ。
生きていたのでは、爵位を得るどころかここからいつ出られるかも分かった物ではない。
因みに俺が男爵になって最初にした事は、クソバスとその一族郎党の処刑だ。
当然だろう?
7年間もやりたい放題やられたのだから、復讐しない訳がない。
まあだが、関係ない一族の人間を殺したのはやり過ぎだったとは思うが……
あの当時の俺には余裕なんてなかったからな。
あったのは怒りと憎しみだけだ。
7年間も虐待されて来た子供に、賞罰を正常に判断など出来るはずもない。
「まあとりあえず、外の様子を聞くか」
俺は指を鳴らす。
するとバタバタと足音が近づいて来たかと思うと、バタンと音を立てて扉が開きクソバスが飛び込んでく来た。
「お、お呼びでしょうか!」
奴が慌ててここへやってきたのは、契約で結ばれているため、俺が必要とすればそれが伝わる様になっているからだ。
「ノックはどうした?」
急いできた事は褒めてやる。
が、主の部屋にノックもなしに突撃するのは頂けない。
「お、お許しを――ぎゃあっ!?」
魔法を通じてクソバスに苦痛を与える。
それもかなり強烈な。
最初にかけた時はここまでは出来なかったが、この2年で魔力の増幅が進んだ事で、より強力な物へとかけなおしてあるからな。
その気になれば、いつでも奴の息の根を止める事も可能だ。
程々の所で痛みを止めてやる。
別にコイツをいじめる為に呼んだ訳じゃないからな。
「はぁ……ひぃ……どうかお許しを……」
「しつこく罰する気はない。それより、男爵夫妻の様子を話せ。知ってる範囲でいい」
まあ離れで俺の世話をしている奴が、男爵の行動を事細かに知っているはずもないからな。
大した情報は持っていないだろうが。
「は、はい……私の知る限り、特に変わった様子はないように感じます。普段通りされているかと」
クソバスがよろよろと立ち上がり、そう俺に報告してくる。
まあ特に変わった様子がないってのが一番の異常な訳だが、回帰者でもない奴に分からないのも無理はない。
「外遊の予定なんかはどうだ?」
「外遊……で御座いますか?もうじき冬にさしかかりますので、そういった予定は組まれてはいないかと。少なくとも、私は存じ上げません」
当主家が外遊するなら、周囲に事前に通告する物だ。
特に入念な準備が必要な冬場なら猶更である。
まあこれで、記憶違いで実は冬に死んでいたという線は消えたな。
年を間違えたとも思えないで、やはり未来が変わっているのは確定である。
「ふむ……」
こうなると今の俺に取れる選択肢は二つ。
余計な事にはかかわらず、とにかく先のために地力を上げるか。
男爵始末するなりなんなりして、爵位を奪うか。
である。
まあ前者か……
最終目標にエスペランサー共の始末が入っている以上、急いで事を起こす意味は薄い。
世界征服に乗り出せば、俺の力に気づいた奴らが再び現れるのは目に見えているからな。
なので表舞台に出るのは、奴らに対抗できるだけの力を蓄えてからの方が望ましい。
いつまでも不自由な捕らわれの身という立場は面白くないが、急いては事を仕損じると言うからな。
後一手と言うところで起きた予想外のちゃぶ台返しは、俺を慎重にさせる。
もしこれが回帰前なら、迷わず前進していた事だろう。
「もう下がっていいぞ。ああそうだ。これからは、何か男爵家に動きがあったら俺に報告しろ」
今までは特に興味を示さなかったが、未来が変わったのなら警戒しておくに越したことはない。
なにせ父親は俺を利用するために生かしている訳だからな。
未来が変わって、その何かが起きる可能性は否定できない。
……今の俺の力じゃ、戦って勝つのは容易じゃないだろうし。
万一男爵家お抱えの騎士団と闘う事にでもなったら、確実な勝利を収められるだけの自信はなかった。
だから最悪、ここから逃げ出す事も視野に入れておかなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます