第4話 下僕一号
「食事だ」
クソバスが食事を運んで来た。
部屋は地下であるため外の景色が見えないので、それが昼食なのか夕食なのかは定かではない――室内は魔法のランプで明かりがともっている――が、まあそんな事はどうでもいい。
「は、落ちた飯を食べたみたいだな」
落とした食事がなくなっている事に気づき、クソバスが鼻で笑う。
「ああ。おいしく頂かせてもらったよ」
俺はベッドに腰掛けたまま、悠然と答えてやる。
あの程度の屈辱などなんて事はない。
エスペランサーに負けた事に比べれば、屁の様なものだ。
「あん?」
俺のふてぶてしい態度に気分を害したのか、クソバスの視線が厳しい物へと変わる。
「そうかよ。だったら、また同じでいいな」
そして手にしたトレーをひっくり返し、スープっぽい物を地面にぶちまけた。
「這いつくばって、床を舐めて味わいな」
相変わらず良い性格をしている。
仕返しするのが楽しみだ。
「遠慮しておこう。新しい物を持ってこい」
「はぁ!?何様のつもりだ!?」
「覇王様だよ」
俺は掌を上に向け、炎の魔法を発動させる。
これは基礎中の基礎魔法で、俺の雀の涙程の魔力では――しかもその大半は生命維持のために動いている――子供の握りこぶし程度の火球しか生み出せない。
仮にこれをクソバスにぶつけても、まず倒し切る事は出来ないだろう。
怒り狂った反撃を受けてお終いである。
なにせ、今の俺は信じられないぐらいひ弱だからな。
これは攻撃するために出した訳じゃない。
相手に見せつける為に出したのだ。
炎の色を見せる為に。
俺の出した火球は、闇属性の魔力であるため本来は赤い筈の炎が黒かった。
「く、黒い炎だと!?」
そしてそれを見てクソバスが顔色を変える。
それもそのはずだ。
ド田舎の子供でも知っている事だからな。
黒色の魔法は、汚れた禁忌の闇属性である事を。
「まさか……闇属性……」
「幽閉されている理由が理解で来たか?そしてお前はその秘密を知った……」
俺の属性が闇である事。
クソバスがそれを知る事には大きな意味がある。
……これでやつは、男爵家の秘密を知った訳だ。
周囲には出せぬ、秘めなければならない汚点。
それをクソバスは知ってしまったのだ。
信頼のおける家臣ならばともかく、左遷気味に俺の世話を押し付けられた奴がそれを知ったとなれば、男爵家は間違いないく奴を始末するだろう。
因みに、俺は自分の口から闇属性であるとは語れない様になっている。
魔法が詠唱できないのと同じで、例の制限のためだ。
そのため、ふわっと匂わせる発言をするのが限界となっている。
「よっと」
俺は掌の上に浮かんでいた炎の魔法を、無造作に壁に投げつけた。
炎は一瞬だけ燃え上がり、壁に黒い跡を残して消えてしまう。
今の俺の魔力で出せる魔法の威力では、壁をやすこともままならない。
情けない話である。
「そして今、この部屋に魔法の痕跡が刻み込まれた」
闇魔法は特殊だ。
たとえきれいに掃除しても、魔力の残痕は残る。
まあその気になれば残さない様に調整する事もできるが、今回は痕跡を残す事が目的なので、当然そんな真似はしない。
「な、なにを……」
「俺が死んだあと、この痕跡が見つかったら男爵はどう思うだろうな?ああクソバスは知っていると、きっとそう考えるだろう。そして重宝してもいない従僕が、男爵家の汚点を知っている事がばれれば……」
魔法で禁制をかける事もできるが、それも絶対ではない。
そこそこ優秀な魔法使いに頼めば、簡単に解除できてしまうからな。
幽閉されている俺と違っていつどこで解除されるかも分からない人間を生かしておくより、始末した方が手っ取り早いのは明白だ。
「……」
自分の状況を理解したクソバスがへなへなとその場に尻を付き、真っ青な顔になる。
きっと自分の素敵な未来でも想像したのだろう。
「それと……俺がなぜ生かされているか考えて見ろ。普通なら始末するよな?でも父はそうしなかった。親の優しさなんて物じゃない事は、お前でもわかるだろ?じゃあなぜか?簡単な事だ。俺に使い道があると考えているからだよ」
クソバスがうつろな目で俺を見上げていたので、軽く頬をひっぱたいてやる。
延々しゃべってやってるのに、まともに頭に入ってなかったら完全に無駄骨になってしまう。
何回も同じ説明をするつもりはないからな。
「うっ……」
「話をちゃんと聞け。お前自身の今後に関わる話だぞ」
「は、はい……」
「話を戻すぞ。父は俺を必要としている。だがもし、そんな俺が餓死したらどう思う?自分で食べなくなったなんて言い訳は、もちろん通用しないぞ。必要としていた相手が失われたんだ。なんの報告もなく餓死したなんてなったら……当然その責任はお前が全て背負う事になる」
当然その際に待っているのは処刑だ。
子供を生かす程度の管理もできない奴に、情けを賭ける意味もない。
「まあ仮に俺が餓死しなくとも……父に呼ばれた際、きっとなぜガリガリなのかと問われるだろう。その時、俺がお前の事を報告しないと思うか?」
俺はグイッと顔を近づけ、口の端を歪めてクソバスの顔を覗き込んだ。
俺が死んでも処刑。
死ななくても処刑。
今のクソバスはまさに四面楚歌と言えるだろう。
少し頭を働かせたら、腹いせ紛れにやっている行動がいかにリスキーな真似か、優秀な人間なら簡単に気づいていた事だろう。
そんな事も分からないから無能だから、程度の低い子供の世話なんかを押し付けれらるんだよ。
まあこいつはその仕事すら真面にこなせてない訳だが……
「う、うぅ……こ、これからは食事をちゃんと用意しますからどうか……」
「ほうほう、ちゃんと用意する……か。つまり、今まで問題を起こしていた事を認める訳だな?」
「お、お許しください」
クソバスがその場で土下座して頭を下げる。
が、その行動に意味はない。
土下座は相手に誠意を見せる為にやる行為だが、俺が求めているのはそんな形のない物ではなく、必要なのは明確な実利だ。
「俺がお前を許す理由があるなら上げて見ろ」
「そ、それは……」
ある訳がない。
「ないだろ?なのに許せ?やりたい放題やっておいて、何も差し出さず頭を下げて謝るだけで許して貰える本当に思っているのか?」
「なんでもいたします!ですからどうか!!」
「なんでもする……か。いいだろう。お前が俺の役に立つなら見逃してやる」
「あ、ありがとうございます!」
俺の言葉に、クソバスが目を輝かせながら顔を上げる。
嬉しそうなのは、どうせ子供のする事だからたいした事ではないとたかを括っているからだろう。
「とはいえ、だ。俺も馬鹿じゃない。お前のその言葉だけを鵜呑みにするつもりはない。だから魔法をかけさせてもらう。なに、お前の行動を制限する封印系の魔法だ。それを受け入れるのなら、俺はお前のこれまでの罪を許そう」
「ま、魔法ですか……」
条件を出した途端、クソバスの顔色が変わる。
まあ、忌み嫌われた闇属性の魔法で封印をかけられると言われれば、不安にもなるだろう。
「死の確定している未来を受け入れるのなら、別に拒否しても構わんぞ」
「う、うぅ……分かりました。受け入れます」
態々同意を求めるのは、今の俺の魔力が小さいためだ。
もし本気でクソバスが抵抗したら、魔法がレジストされてしまう。
面倒な話である。
「では――」
俺は体外に出した魔力を使い、魔法を構築する。
闇の契約魔法を。
そしてそれをクソバスに施した。
これも解除されてしまうのでは?
それはない。
俺にかけられた緩い魔法と違って、より高度なこの魔法は行動自体制限するからな。
まあ魔力量が絶望的に足りてないので1月程しか持たないが、それはその都度かけなおせばいいだけの事である。
「くくく、さあこれでお前は俺の忠実な下僕だ。最初の命令は――その床のスープを綺麗に平らげろ」
「う、うぅ……分かりました」
自分でこぼしたのだから、ちゃんと自分で綺麗にさせないとな。
犬は犬らしく。
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