第2話 時間回帰
鏡に映るガリガリの少年の姿。
それは間違いなく、俺の幼い頃の姿だった。
「どういうことだ?」
自分の手を見てみると、ありえない細い腕が目に入って来た。
その手で顏に触れてみると、ボロボロの肌に、頬のこけた輪郭の感触が伝わって来る。
「若返った……のか?」
何故?
いったい何が原因で?
「食事だぞ」
自分の謎の状況に思い悩んでいると、急に部屋の扉が開く。
そしてそこから、生意気そうな顔をした実地覆の姿をした男が入ってきる。
その男はトレーを持っており、そこにはパンくずがほんの数切れ乗せられていた。
こいつどこかで……
「あ!クソバス!?」
思い出した!
コイツはクソバスだ!
幼い頃の俺の世話を任されていた従事で、俺が男爵家を継いだ後なぶり殺しにした。
「なんでお前が……」
コイツを殺したのは10年以上も前の事である。
生きてこの場にいる訳がない。
「まさかここは地獄の底だとでもいうのか……」
俺も奴も天国に行ける様な生き方はしていない。
なのでここが死後の世界ならば、地獄と考える方が自然だろう。
だが、地獄と言うにはここは余りにも普通だ。
それに、よくよく見るとこの場所には見覚えがあった。
ここは俺がガキの頃閉じ込められていた離れか……
死んだ後の地獄が離れの部屋。
そんな訳がない。
そして、俺の若返った姿。
これはひょっとして……時間が巻き戻ったのか?
「あん?さっきから何言ってんだ?つか……捨てられた鼻つまみ者が俺の名を気安く呼んでんじゃねぇ!」
「——っ!?」
クソバスが殴りかかって来る。
それを俺は裁こう腕を上げるが、あまりにも動きが緩慢過ぎてそのまま殴り飛ばされてしまう。
「くっ……」
口の中に血の味が広がる。
痛み自体は大した事はないが、こんなゴミに殴られた事による怒りが強くこみあげて来た。
「なんだその目は?どやら飯はいらねーみたいだな」
クソバスがトレーをひっくり返し、その上に乗っていたパンくずが地面に落ちる。
「どうしても食いたけりゃ、犬みたいに張って食うんだな」
それだけ言い残して、クソバスが部屋を去って行く。
「ちっ、この体じゃ話にならんな……」
後ろから飛び掛かってやりたがったが、残念ながら立ち上がるのも一苦労の有様で出来なかった。
「この覇王様が……またこんな無様を晒す羽目になるとはな……」
口元の血を拭う。
何故時間が巻き戻ったのかは分からない。
だが俺が忌み子として離れに隔離されていた時間に戻ったのは、間違いなさそうだ。
「原因は分からない。誰がなぜこんな真似をしたのかも。まさか偶然起こったという事はないだろう。考えられるとしたら……魔王の精髄か……」
――魔王の精髄。
かつてこの世界は、魔王と呼ばれる男の手によって滅びかけた事がある。
その魔王を倒したのが、世界を救うために神に選ばれし5人の戦士——エスペランサー。
俺を殺したあの糞どもだ。
魔王は滅びる間際。
自らの一部を世界のどこかへと飛ばす。
それが魔王の精髄と呼ばれるもの。
――つまり、魔王の力の塊だ。
俺は自らの闇の力を増幅させるため、12歳の時、見つけたその精髄を取り込み自らの力へと変えている。
「魔王の精髄が俺の死に反応し、時間を巻き戻した……」
だがその推論には少し無理があった。
もし魔王の力にそんなものがあるのなら、魔王自身がその力を使って滅びの際に時間を巻き戻したはずだ。
だが魔王は消滅し、そして今に至っている
「わからんな……」
後は俺を殺したエスペランサーが何かをした、だが。
奴らがそんな真似をする理由が思いつかない。
「考えても答えは出んな。とにかく……時間が巻き戻ったなら、俺がすることは一つ。それは――」
力を蓄える事だ。
原因は何であれ、今のままでは話にならない。
そして力を蓄え、今度こそ――
世界を征服して見せる。
もちろん、またエスペランサーが妨害してくるだろう。
だが今度は負けん。
次は俺が勝つ。
「力をつけなければな。そのためには……」
俺は地面に落とされたパン屑を拾い集め、それを迷わず口に運ぶ。
誇り交じりの最低の味だったが、これは必要な物だ。
「まずはこのガリガリの体をなんとしないと、話にならん」
そのためにも食事は必須だ。
たとえそれが地面に捨てられた物であろうとも。
「くくく……クソバスめ。再びお前の首をへし折る日が楽しみだ」
やられたら必ずやり返す。
それが俺だ。
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