46 三人の時間

「小冬ちゃんは……、いつもこんな格好で寝てるの?」

「今日だけです……。多分……」


 どうやら俺のシャツに着替えた後、すぐベッドにダイブしたみたいだ。

 そしてなぜか俺の枕をぎゅっと抱きしめている。今日のバイト忙しかったみたいだな。普段は着替えた服をすぐクローゼットに入れるのに、今日は置きっぱなしにしてベッドですやすやと寝ている。


 てか、部屋着に着替えるんだったら下までちゃんと履いてよ……。

 なんでシャツだけ着て、ズボンは私服とともに放置したんだろう。

 脚が丸見えになってるのはともかくパンツまで見えそうになるからさ。気をつけてってそんなに言ってあげたのに、またこんな格好で寝ている。しかも、俺たちに全然気づいていない。


 バカじゃん。


「どこ見てるの? 千秋くん……」

「何もしてません……」

「仕方ないね……、こうなったら……。ねえ、千秋くんあっち見て」

「はい……」

「小冬!!! 起きてぇ!!!」


 と、大声を出す小春さんが手のひらで思いっきり花柳のお尻を叩いた。

 そして「パン」とものすごい音が部屋の中に響く。

 一応、花柳から目を逸らしたけど……、なんかめっちゃ痛そうな気がする。守ってあげられなくてごめん。


「いっ、いたーい!!! な、何してるの……? お、お姉ちゃん……?」

「何してるのって、小冬ちゃんこそそこで何をしてるの? 男が帰ってくる家でそんな無防備な格好をして」

「だからって、寝てる人のお尻を叩く必要はないでしょ?! 痛いよ……!」

「パンツ履いてるからそんなに痛くないでしょ? 弱音吐かないで」


 なんか後ろで姉妹喧嘩が始まったけど……、俺はその場でじっとしていた。

 それにちょっと恥ずかしいかも。


「お、お帰り! 千秋くん……」

「あっ、はい……」

「なんで、そっち見てるの?」

「あっ、そうですね。今はこのままでいいです。そして今日のバイト忙しかったんですか?」

「今日ね。お客様がたくさん来て、すごく忙しかったよ……。そして……、お尻が痛い」

「が、頑張りましたね! ケーキ買ってきました。夕飯の後、食べてください」

「ケーキ! うん! そうする! てか、こっち見てよ!」

「…………」

「千秋くん?」

「はい?」

「いいから、こっち見てよ〜」

「はい……」


 なんか気まずい。でも、見えないからホッとした。

 そして小春さんがそばでくすくすと笑っている。


「…………」

「ふふっ」


 てか、枕を抱きしめていたから知らなかったけど、ボタンも半分しか留めてない。

 俺のシャツはワンピースじゃないのにな。うちで何を着ても自由だけど、さすがに少しは気をつけてほしい。そして身長が低いからか、俺の大きいシャツが花柳の可愛さを引き立ててくれるような気がする。


 それに袖丈が長くて萌え袖になっている。やばっ。


「そんなことより、お姉ちゃんの格好どうしてそんなにエロいの……? 普段はそんな格好しないんでしょ?」

「今日は……、久しぶりに千秋くんとデートをしたからね。気合い入れてみた!」


 そう言いながらくすくすと笑う小春さんに花柳はショックを受けたみたいだ。

 そのままへなへなと頽れる。

 もちろん、それは小春さんの冗談だけど、どうやらそれを本当だと思っているかもしれない。俺が小春さんとデートなんかするわけないだろ。そして花柳の顔を見るとどんな状態なのかすぐ分かってしまうからさ。


 なんか可哀想だった。


「小冬さん。冗談ですよ、あれは……」

「そ、そうなの?」

「やっぱり、小冬ちゃんをからかうのは楽しいね〜」

「もう……! お姉ちゃん!!!」

「はい。あの……、そろそろ夕飯を食べませんか?」

「いいね! あっ、そうだ! せっかくだから、私がお寿司をおごります! 配達頼もう〜!」

「お寿司……! 本当に!?」

「うん」


 すぐいつもの花柳に戻ってきた。

 そうだよね、寿司はいいよね。

 まるで子供みたいに、ベッドで足をバタバタしている花柳。その顔がすごく嬉しそうに見えた。


 ……


 注文した寿司が届いた後、すぐ居間のテーブルを拭いてお茶を用意した。

 今日はこの三人で夕飯を食べるのか……。なんか賑やかでいいと思う。


「いただきます」

「いただきまーす。それで……、お姉ちゃんどうしてここにいるの? 仕事は?」

「妹のことが心配で、私……居ても立っても居られないからね。だから、飛行機乗って小冬ちゃんのところに来ちゃったの……! 私の愛おしい妹よ……」


 持っていたサーモンを落とす花柳の顔が、すごく嫌がっているような気がした。

 花柳のために化粧品を買ってきたから素直に話してもいいと思うけど、また花柳をからかおうとしている。でも、花柳の反応が可愛いからやめられないのも無理ではないな。寿司を食べながらちらっと二人の方を見ていた。


「千秋くん……! 私、マグロ食べたい! 食べさせて!」

「あっ、はい……」


 その時、テーブルに置いていた箸が床に落ちてしまう。

 そういえば、このテーブル……お茶やコーヒーを置くために買ったからそんなに大きくない。二人ならなんとかなりそうだけど、三人はさすがに無理だよな。てか、どうして二人はここで待っていたんだろう。


 食卓の方がもっといいと思うけどぉ。


「箸持ってきます」

「素手でいいよ。あーん」

「えっ?」

「あらあら、ラブラブじゃん〜」

「お姉ちゃん、うるさい!」

「はい……」


 食べる前に手はちゃんと洗ったけど、それでも素手で誰かに寿司を食べさせるのは初めてだから少し緊張していた。

 マグロを取って、醤油を少しつけて、花柳に食べさせる。

 なんでこんなことをしているのか分からないけど、些細なことは気にしないことにした。すぐそばに小春さんもいるからさ———。


 めっちゃ気になるじゃん。


「はむっ」


 なんか餌付けしているような……。

 そしてなぜか俺の指を舐めてるけど……、どうすればいいのか分からなくて、そのままじっとしていた。温かい舌の感触、そして指がべとべとになる……。箸持ってくるの面倒臭いから素手で寿司を食べようとしたけど……、これじゃ無理だよな。


「私! サーモン! いか! いくら!」

「はい……? こ、小春さん?」

「私! サーモン! いか! いくら! 食べたい! 食べさせて!」

「えっ?」

「小冬ちゃんだけ特別扱いするのはずるいよ! 千秋くん!」

「ええ……。はい、分かりました」

「私は……、私は……! えっと……、うなぎ! 私もお腹すいたからね! 千秋くん!!! うなぎ!」

「は、はい……」


 花柳、焦っている。

 てか、なんでいきなり争っているんだろう……。普通に食べてもいいの思うけど。

 この二人は、よく分からない……。


「…………」

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