42 他人の気持ち

 花柳と同じ色のブレスレット、これがペアアクセサリーってことか。

 こういうのあまりつけないから慣れてないけど……、俺のために買ってくれたものだから、もらった時からずっとつけていた。寝る時もつけっぱなしで、特に外す理由もないからそのままでいいと思っていた。


「…………」


 そして目が覚めた時、すぐそばにすやすやと寝ている花柳がいた。

 てか、右手のブレスレットが日差しを反射して、キラキラと煌めいている。ずっとつけていたんだ。

 そのまま一緒に朝ご飯を食べて、一緒に登校する。


「なんか気分良さそうに見えますけど、小冬さん」

「そ、そうかな……? 気のせい! だと思う!」

「そうですか」

「うん! ふふふっ」


 テンションが上がったのは多分……、ブレスレットのせいかもしれない。

 さっきからずっと右手を見てくすくすと笑っていたからさ。そして最近よく笑うようになって、いいなと思っていた。些細なことに幸せを感じるのは俺と一緒だったから、そんな花柳を見るとすごく癒される。


「あっ! 来たな! イチャイチャカップル!」

「あははっ〜、待ってたよ〜」


 この人たち……。

 まさか、俺たちをからかうために朝からそこで待っていたのか……?

 クラスの前でドヤ顔をしている二人がこっちを見ていた。


「あらあら〜、お揃いのブレスレットじゃないですかぁ〜。うふふふっ」

「えへへっ、美咲ちゃんのおかげだよ」

「可愛い! また一緒にデートしよう! 小冬ちゃん!」

「うん!」


 てか、朝からイチャイチャしているのは俺じゃなくて佐藤さんだけど、二人ともいつそんなに仲良くなったんだろう。でも、いい友達ができてよかった。そして大智も佐藤さんも花柳に優しくしてくれるし、あの二人なら俺が警戒しなくてもいいと思っていた。


 そのか細い声で二人と話している花柳。

 そんな彼女のそばで俺は黙々と三人の話を聞いていた。


「そうだよ……。前に観た映画がめっちゃ怖くてね…………」

「ああ、それ怖いよね。大智くんもビビってたから」

「ビ、ビビってねぇし!」

「ふふっ、そう〜?」

「へへっ」


 ……


「へえ、あの二人……本当に付き合ってるんだ……」

「ねえ、見て見て! 二人の右手! 同じブレスレットをしている。付き合ったばかりなのに、もうあんなことまで……」


 休み時間、花柳と廊下を歩くと周りの人たちがこそこそ俺たちの話をしていた。

 学校にいる時は恋人。だから、廊下を歩く時はさりげなく花柳と手を繋ぐ。周りの視線などあまり気にしてないし、俺は花柳の方からやめようって言わない限り、ずっとこのままでいるつもりだったからさ。


 そんな曖昧な関係を続けていた。

 でも、悪くはない。


 俺がそばにいると、俺がその手を握ると、花柳がにっこりと笑ってくれるからさ。

 だから、本物か偽物かそんなことはどうでもいいと思っていた。

 今のままでいいからさ。


「そういえば……、千秋くん! 体育授業の時、クラスメイトたちとバスケしていたよね?」

「あれ? どうしてそれを……」

「へへっ、私たちも体育授業だったからね。こっそり見てたよ」

「へえ……」

「なんか、こうやって! こうやって! 得点したよね」


 あの小さい体で俺の真似をしているから、笑いが出てしまいそうだ。

 そうだよな……。確かに、俺……あんな風にシュートしていたかもしれない。

 そして自販機でジュースを買ってきた俺たちは、うちのクラスでしばらく話を続けていた。


「座ってください」

「い、いいよ! 千秋くんの席でしょ?」

「いいです、座ってください」

「はい……」


 すると、前の席に健斗が座る。


「あっ! 千秋の彼女! 初めまして! 澤田健斗です〜」

「は、初めまして…………」

「いや、驚いたよ。まさか、女の子に興味がない千秋がこんなに可愛い女の子と付き合っていたとは」

「まあ……」

「…………」


 気のせいかもしれないけど、健斗が来てから花柳の口数が減ってしまった。

 いや、沈黙している。

 もしかして、男が怖いのか……? いや、もし男が怖いなら大智と楽しく話すのもできなかったはず。それじゃないなら……、よく知らない人と話すのが苦手かもしれない。


「で、花柳は千秋とどこまでやった?」

「…………」

「えっ、恥ずかしいのか!」

「…………」

「どうしてさっきから俺の話には答えてくれないんだよ……。千秋とは楽しそうに話していたのに」

「えっと……、ごめんね」


 花柳の声に力がない。

 健斗には悪いけど、花柳と話をするのはそこまでだ。不安そうに見えるその顔を、俺は無視できないからさ。そういえば、健斗と話すのは初めてだと思うけど、そこまで健斗を警戒しているなんて。

 なぜだろう。


「小冬さん。そういえば……、俺数学の教科書を家に置いてきたんですけど、貸してくれませんか?」

「う、うん……! 行こう」

「ごめん、健斗。ちょっと行ってくるから」

「あ、うん……」


 小冬と手を繋いで教室を出る千秋、その後ろ姿を見ていた健斗が舌打ちをする。


「……なんで、千秋だけ……」


 ……


「これでいいですよね? 小冬さん」

「し、知っていたの? 千秋くん」

「はい……。ちらっと俺の方を見ていたんですよね?」

「ごめんね……。でも、言葉が出てこなくて」

「大丈夫です……」


 その話を聞いてやっと笑ってくれる花柳だった。

 知らない人が苦手なのは仕方がないから、そのまま花柳の教室で教科書を借りる。

 そして彼女が不安を感じないように、そっと頭に手を乗せた。


「ひひっ……」

「じゃあ、授業……頑張ってください。小冬さん」

「はい!」

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