35 おせっかい④

 そろそろバイトが終わる時間だな。

 もちろん、俺じゃなくて花柳のことだ。俺は今日シフト入ってないけど、花柳一人でちゃんとできるのか心配になっていつの間にかお店に来てしまった。こんなことまでしなくてもいいと思うけど、どうして俺は———。


 いや、女の子一人でこんな時間に帰るのは危ないから……。

 うん、危ない。


「入らないの? 小冬ちゃん、もう少しで終わるから」

「あっ、店長。いつそこに……」

「いつそこにって、外でずっとスマホいじってたんでしょ? 気づかない方がおかしいよ」

「まあ、それもそうですね。てか、小冬さんに任せっぱなしでタバコ吸ってるんですか?」

「あら、バレたか」

「まったく……」


 邪魔にならないように、こっそり倉庫で店長と話していた。

 それにしても、このバイトけっこう気に入ってるように見えるな。花柳。


「あの子、仕事が早い。それに真面目だし、いい子連れてきて私!」

「よかったですね」

「でも、やっぱり狙われやすいかもしれないね」

「どういうことですか?」

「今日私がちょっと席を外した時、大学生たちにナンパされてね。あの子、そういうのはっきりと断れないから……。この私が! 大人として一言言ってあげたよ! どう!? カッコいいでしょ?」

「へえ、それはいいですね。それでなんって言いましたか?」

「私の女になんの用?って! いや〜、恥ずかしかったよ。そのセリフを言うのは高校卒業以来初めてかも、あははははっ」

「…………」


 うわぁ……。なんだろう、このドラマとかでよく出そうなめっちゃ恥ずかしいセリフは。そういえば店長……仕事をしない時は家でドラマばかり観てるって言ってたよな。やっぱり、あのドラマが問題だったかもしれない。


 てか、今自分のことめっちゃカッコいいって思っている。

 まあ、いいか。花柳のこと助けてくれたし、それに可愛い女の子は狙われやすいからさ。近所に大学があるのが少し気になるけど、俺がいない時は店長がいるからなんとかしてくれると思う。


「ありがとうございます。小冬さんはあんなこと上手く言えないから、店長がいると安心です」

「ふふっ。あの子、千秋くんの彼女でしょ? 前に花子はなこに言われたことあるよ」

「お母さんがそんなことも言いましたか? でも、小冬さんは俺の彼女ではありません」

「へえ、付き合ってない女の子と同居するなんて。やるじゃん」

「どうしてそれを……」

「私のコミュ力が高いからね、仕事を教えながらいろいろ聞いてみたの」

「そうですか、いろいろ事情があって……」

「そうなんだ。じゃあ、千秋くんが明るくなったのはあの子のおかげかな?」

「知りません……」

「あの子は本当に可愛い子だよ。何があったのかは聞かなかったけど、今日……ずっと千秋くんのことばかり話していたからね」

「そうですか……。……そ、そろそろ帰りますから」

「はいはい〜。ねえねえ、恥ずかしい〜?」

「うるさいです!」


 ……


 花柳が出るまで少し外でスマホをいじっていた。

 でも、特にやることないから……じっと待ち受けを見るだけ。

 しょっちゅう連絡をしていた人がいなくなったからさ。当然か。


「あっ! 本当だぁ……。千秋くんがいる! どうして?!」

「まあ……、ちゃんとやっているのか心配になって」

「へえ〜、そうなんだ。ありがとう〜。ねえねえ、私店長にケーキもらっちゃった! 家に帰って一緒に食べよう!」

「はい……」

「…………」


 なぜか、じっと俺の方を見つめる花柳。


「あっ、カバンとケーキ俺が持ちますから」

「ううん……、それじゃない」

「えっ?」

「えっと……」


 何気なく手を握る花柳に、さっきの表情の意味を理解した。

 そうか、今度は花柳の方から手を繋ぎたかったのか。


「行きましょう。小冬さん」

「うん……! あっ、そうだ。私、今日ね!」

「はい」

「店長といろいろ話して仲良くなったの」

「へえ、何話してましたか?」

「千秋くんが幼い頃に……、布団に地図を———」

「はい、そこまで!」


 おい、店長……。コミュ力が高いって、そういう意味だったのかよ!

 なんで人の恥ずかしい過去をさらっと言い出したんだぁ。なんか、恥ずかしくなってきた。


「へへっ、いいじゃん。子供の頃の話だし、可愛いと思う!」

「恥ずかしいです……」

「ひひっ。でもね、まさか千秋くんが迎えに来てくれるとは思わなかったよ。こういうの初めてで、なんか……、なんか……! 分からなくなってきた。へへっ」

「そうですか……」


 手を繋いだまま地下鉄に乗る二人、そして花柳が俺の肩にもたれかかってきた。

 どうやら疲れたみたいだな。

 確かに、レシピとかいろいろ気にすること多いから初めてはすぐ疲れるかもしれない。そして家までまだ時間があるから、そのカバンとケーキは俺が持つことにした。なんか俺らしくないことをしているような気がするけど……、ほっておけないし、こういうのも悪くないと思う。


 そのまま外の景色を眺めながらぼーっとしていた。


「小冬さん……、小冬さん起きてください。次の駅で降りますから」

「ううん……。ごめんね、寝落ちしちゃったみたい……」

「大丈夫です。立てますか?」

「は〜い」


 ちゃんと答えてくれるのはいいけど、目を閉じたままじゃん。


「あくびが止まらない……」

「家に帰ってすぐ寝るしかないですね」

「へへっ、ごめんね。面倒臭い女の子で…………」

「仕事にまだ慣れてないから仕方ありませんね」

「うん。そして私……この時間が好きぃ」


 そのまま花柳と一緒に家に帰る。


 ……


「あっ、そうだ! ケーキ……食べたい!」

「えっ?」

「ケーキ!」


 食欲に負けたのか睡眠欲よ。

 やっぱり、女の子は難しい。

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