29 バイトがしたい②

 なぜ急にバイトがしたくなったのかは分からないけど、ちゃんと働いてお金を稼ぐのはいいことだから、俺が働いているカフェを紹介してあげることにした。そして店長には昨夜ちゃんと連絡をしておいたから、今日学校が終わった後、すぐ花柳とそっちへ向かった。


 うちからけっこう遠いけど、伯母がやってるお店だからさ。

 そこは雰囲気もいいし、インテリアもいいからけっこう人気があるお店だった。

 それに先週人手が足りないって言ってたから、ちょうどいいと思っていた。でも、一つ気になることがある。


「店長、連れてきました」

「おっ! 千秋くん来たの?」

「はい。えっと、こっちは……。店長……?」

「…………」


 じっと花柳の方を見ている……。

 まさか———。


「あの、店長……? 話聞いてますか?」

「キャー!!!!! 超可愛い女の子を連れてきたね。千秋くん!!!!! うん! 合格! 合格よ! 今日からうちのカフェで働いてほしい!」


 知っていたけど、やっぱりテンション高いな……。


「えっ?」

「ちっちゃい子、超可愛い!!!」

「ちっちゃい子……」


 いきなり店長に抱きしめられる花柳が、ちらっと俺の方を見た。

 そう、俺が心配していたのはこれだ。うちの店長は可愛い女の子めっちゃ好きっていうか……、変な趣味を持っているから少し心配をしていた。そして花柳……、めっちゃ混乱している。そこは慣れるしかないから……、頑張れと心の底から応援していた。


「名前なんっていうの?」

「は、花柳小冬です!」

「小冬ちゃんって言うんだ〜。へえ、どうしよう……。はあ……、はあ…………、小冬ちゃん可愛すぎじゃない!? 千秋くん!」

「そ、そんなことないです!」


 息が荒い、店長……大丈夫かな?


「通報しましょう、小冬さん」

「えっ、どうしてだよ! 私はただ可愛い女の子を抱きしめて、一日分のエネルギーを充電したいだけなのに! 何が悪い!」

「いや、そのいやらしい言い方はやめましょう……」

「うう———っ! こんなに可愛い女の子を独り占めするなんて……、イケメンギルティー」

「店長、俺今日体調が悪いんで先に帰ってもいいんですか?」

「ダメだよ! 早く小冬ちゃんにエプロンと! いろいろ教えてあげて! 注文は私が取るから!」

「はい……」


 ……


「店長がうるさい人ですみません。でも、いい人ですから」

「う、うん……。千秋くんは店長と仲がいいね」

「はい。伯母さんですから」

「へえ、そうなんだ……」

「ここでは一応お店のTシャツとエプロンを着るんで、これに着替えてください」


 ロッカーの中から新しいTシャツとエプロンを取り出して花柳に渡した。

 でも、これサイズ絶対合わないと思うけど……。


「うん! 可愛いTシャツだね」

「そうですか? 店長……こういうの好きなんで」

「じゃあ、今すぐ着替えるから!」

「えっ?」


 さりげなく俺の前で脱ぎ始める花柳に、すぐ彼女の両手を掴んでしまった。

 そのまま「どん!」と後ろのロッカーにぶつかって、大きい音が出てしまう。

 いくらなんでもあれは無防備すぎじゃないのか? てか、人の前でさりげなく制服を脱ぐ女子高生だなんて……。少しは俺の立場を考えてくれよ……。


「あっ、すみません」

「び、びっくりしたぁ……。どうしたの?」

「それはこっちのセリフです。なんで俺の前で脱ぐんですか?」

「えっ? でも……」

「ゆっくりでいいですから、外で待ちます」

「わ、分かった……!」


 すると、ニヤニヤしている店長が俺の方を見ていた。

 マジですか、店長暇なんですか?とは言えない俺だった。


「あの子、千秋くんの彼女だよね?」

「違います。友達ですよ、友達」

「へえ……、千秋くんに女友達かぁ〜。ふーん、それにさっき大きい音が出ましたけど? 何をしていたの〜? うふふっ」

「なんですか、その顔……。カ、カバンを落としただけです!」

「そうなんだ〜」

「あ、あの……着替えたよ。千秋くん」

「うん!!! 超可愛い!!! 今日から小冬ちゃんは私の物だよ!」

「勝手に店長の物にしないでください……! 俺、すぐ着替えますから待ってください。小冬さん」

「うん!」

「はい〜」

「そして店長は仕事をしてくだい。お願いします……」

「えへっ」

「…………」


 そのまま更衣室に入ってため息をつく。

 やっぱり、大智みたいなテンションの高い人は苦手だ。しかも、あの店長……可愛い花柳を見て暴走している。前には二人で静かに仕事をしていたけど……、店長可愛い女の子には弱いんだからさ。おっさんかよ。


「はあ……、まだ何もやってないのに疲れ———」

「あっ! 千秋くん!」

「…………」

「あら、着替えていたんだ……」


 ちょうどTシャツを着るタイミングで入ってくるんだぁ……。ノックは……?


「店長にこのメモを千秋くんに伝えてって言われて。あっ! でも、後で渡すから! 邪魔してごめんね」

「いいえ、そのメモください」

「…………」


 ああ、そういえば今日在庫管理をする日だったよな……。そして花柳に仕事を教えてあげることと……。

 今日やるべきことか———。


「外にお客様多いですか?」

「…………」

「小冬さん?」

「えっ? あっ? うん?! なんって?」

「外にお客様多いですか?」


 ぼーっとしていたのか。

 あっ、そういえば……俺Tシャツを持ったまま先にメモを読んでいたよな。

 いけない。着るのうっかりしていた。


「あっ、うん! 急に女子高生たちが来てね……」

「そうですか、あっちは店長に任せましょう。今日はカフェの仕事を一つずつ教えてあげますから」

「いいの?」

「うちの店長、仕事めっちゃ早いんですから心配しなくていいですよ」

「そうなんだ……」

「えっと、小冬さん。さっきから顔が赤いんですけど、もしかして暑いんですか?」

「そ、そうかも……」

「話が長くなりました。すぐ着替えるんで、外に出ましょう……」

「うん……」

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