28 バイトがしたい
今日もいつもの通りバイトをして、花柳がいる家に帰る。
てか、一人暮らしをしていた時は全然気にしていなかったけど、花柳と同居を始めてから家の雰囲気が変わったような気がする。今まで薄暗い家で寂しく夕飯を食べていたけど、最近は花柳といろいろ話しながら夕飯を食べる。凄まじい変化だ。
それに「今日の夕飯はこれだよ」と写真も送ってくれるし。
「ただいま……」
「お帰り! 千秋くん!」
なぜか、花柳に「お帰り」を言われると疲れが取れるような気がする。
そんなことないと思うけど、そんな気がした。
「あの……、すみません。夕飯の時間に合わせようとしましたけど……。電車を逃してしまって」
「ううん……! 大丈夫。あっ、そうだ! 千秋くんがいない間にね、郵便が届いたの」
「あっ、それ。小冬さんのです。ずっと俺の部屋着じゃ不便ですし、ネットで良さそうな部屋着を買いました」
「そうなの!? 嬉しい……。ひひっ。すぐ着替えてくるから見てくれない?」
「はい」
床にカバンを下ろして、花柳が着替えるまでゆっくり水を飲む。
バイトの仕事はそんなに難しくないけど、距離のせいで疲れてしまうのは仕方がないことか。思わずあくびが出てしまう、今日は何もしたくない日だ……。なんとなくそう思った。
「ジャーン! どーかな? 可愛い?」
そして部屋着に着替えた花柳が俺の前でドヤ顔をする。
「…………」
一応、小春さんの話を参考して買った部屋着だけど……、何を言えばいいのか分からなくなってきた。サイズはいい、制服のサイズを参考して注文したからさ。でも、なぜか花柳から目を逸らす俺だった。小春さんはキャミソールとか、ショートパンツとか、いろいろ花柳に似合いそうな服をおすすめしてくれたけど、ちょっとエロいっていうか———。恥ずかしいな。
いや、何を考えているんだ……。俺は……。
「似合わない?」
「似合います……」
「へえ。でも、千秋くんどうして私のサイズ知ってるの? もしかして、私が寝ている間に……メジャーであんなことやこんなこと———」
「んなことするわけないじゃないですか。制服のサイズを参考しただけです。それに小冬さんは細いからエスでいけると思いました」
「へえ、そうなんだ……。でも、どうしてさっきから台所の方を見てるの? こっち見てよ! プレゼントしてくれたのは千秋くんでしょ!?」
「いいです。早く着替えてください!」
「こ、これ……部屋着だよ?」
「洗濯!」
「ああ〜!」
着替えるのはいいけど、どうしてキャミソールとショートパンツだけなんだ?
その中にちゃんと入ってると思うけど……、Tシャツとかがさ。まさか……、わざと……?
そんなことないよな。
「ねえねえ、千秋くん……」
そして耳打ちをする花柳にビクッとする俺だった。
いつ後ろに来たんだろう。
「エッチなこと考えてたよね? そうだよね?」
「ちょっとくっつきすぎです」
「ひん……。でも、私この部屋着好き! 気に入ったよ。ありがとう、千秋くん。いつもいつもありがとう……。へへっ」
「はい……」
そして花柳と目を合わせた時、やっぱりダメだなと思ってしまう。
これじゃまるで俺のためにそれを買ってあげたような気がするからさ。布の面積が少ない。
「じゃあ、これは洗濯しておこう〜。着替えてくるからね」
「はい。じゃあ、俺はお風呂入りますから」
「うん!」
……
てか、ちゃんと着ていたんだ……。俺が買ってあげた下着。
キャミソールを着た時にちらっと見えてきたからさ……。
そしてなんか悪いことをしたような気がする。俺の部屋着じゃ不便そうに見えるから、女子の部屋着を買ってあげようとしたけど……、さすがにあれはやりすぎだと思う。
でも、本人が気に入ったって言ったから気にしなくてもいいよな。
「…………」
そして全然気にしていなかったけど、花柳……背は低いくせに意外とある。
さりげなくくっつく時に気づいた……。
「千秋くん! 夕飯食べる?」
「はい……」
やっぱり、俺のシャツを着ている時が一番だと思う。
「どうしたの?」
「いいえ、美味しいなと……」
「そう? ひひっ、よかった」
「こんなに美味しいご飯が食べられる人生いいですね。いつも感謝しています」
「ううぅ……。いきなりそう言われると恥ずかしいよぉ。また……! またたくさん作ってあげるからね! 私料理好きだし!」
「はい……」
夕飯を食べた後、ソファでしばらくスマホをいじっていた。
そしてテーブルに置いている教科書に気づく。どうやら夕飯を食べる前までずっと勉強をしていたみたいだ。可愛い人が成績も優秀だなんて……、花柳みたいな人滅多にいないよな。俺も成績を上げないといけないからさ、知らないことがあった時はさりげなく花柳に聞いてみよう。
「ココア! 飲む?」
「あ、ありがとうございます……」
「はあ〜、美味しい〜」
そばに座る花柳が幸せそうな顔でココアを飲んでいた。
そして肩が触れそうな距離、花柳がこっちを見て笑ってくれた。そのまましばらくその静寂を楽しむ。
「あのね、千秋くん」
すると、膝を抱えている花柳が小さい声で俺を呼んだ。
「はい」
「私、バイトがしたい……! 私にできるバイトあるかな?」
「バイトですか……? いきなり……?」
「お姉ちゃんが送ってくれるお小遣いもあるけど、足りないっていうか…………」
「どこに使うんですか? お金。そんなにいらないと思いますけど」
負担をかけるつもりはなかったけど、どうやら負担を感じているみたいだ。
小春さんのお小遣いで十分だと思っていたのに———。無理だったのかな。
「そ、それは秘密……。今はダメ…………」
「そうですか。じゃあ、カフェのバイトはどうですか?」
「カフェ?」
「はい。仕事もそんなに難しくないし、小冬さんに似合いかもしれません」
「じゃあ、アプリで探してみるからね!」
「あっ、それなら俺に任せてください。いいところ紹介してあげます」
「本当に……!?」
「はい」
満面の笑みを浮かべる花柳はすごく喜んでいた。
そんなにバイトがしたかったのか? よく分からない。
「…………」
そしてさっきから俺の指をいじってるんだけど、これをどうすればいいんだろう。
なぜか、めっちゃ俺の指先触ってるし……。
「…………」
その後、そっと自分の手を重ねてくる花柳だった。
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