24 思い出

 花柳がお風呂に入っている間、俺はしばらく小春さんとラ〇ンをしていた。

 学校にいる時、思い出とかいろいろ話していたからさ。先輩と別れる前にはいろいろやってた気がするけど、今はほとんどの時間を家で過ごしている。つまり暇ってこと、というわけで俺はこの時間を花柳に使いたかった。


 それに誰かと楽しい時間を過ごすのは俺も好きだから———。


(小春さん) 小冬の好きなこと……、私に話したことないからよく分からないね。でも、それは小冬本人も分からないと思う。デートすらやったことない子だからね。小冬は……。

(千秋) そうですか。

(小春さん) なになに? 小冬のために思い出を作ってあげたいの?

(千秋) はい。すみません、今風呂から上がったみたいです。また連絡します。

(小春さん) ふーん、オッケー。


「ああ……、お風呂気持ちいい……。千秋くん、何してるの?」

「えっと……、最近どんな映画がぁ———」

「うん?」


 なんで俺を見て首を傾げるんだろう、今自分がどんな格好をしているのか自覚してないようだ。背が低い花柳には俺のシャツが大きいから……、シャツを着るだけでいいと思ってるかもしれないけど、それもいろいろやばいからちゃんとズボンを着てほしかった。


 そしてそんな俺の気持ちに全然気づいていない花柳が、さりげなくそばに座る。

 シャンプーのいい匂いがした。


「へへっ、毎日お風呂に入れる生活は本当に好き…………。そうだ! すぐ夕飯作るからちょっと待ってね」

「はい。その前に小冬さん……、こっち見てください」

「うん? どうしたの?」

「ボタン……ちゃんとはめないと、見えますから」

「ありがと……、うっかりしてた」

「次はちゃんとはめてください。それに……ズボンはどうしましたか?」

「部屋に置いてきた!」

「そ、そうですか……。持ってきますから、ここで待ってください」

「いいよ。千秋くんのシャツ大きいから見えないと思うけど」

「それでも見えたらどうするんですか?」

「えっと……、千秋くんなら気にしな———いたーい!」


 思わず頬をつねってしまった。

 俺なら何をされても構わないって考え方はやばいのにな。とはいえ、先輩もしょっちゅうあんな格好をしていたから、女子はみんなそうかなと疑問を抱いた。確かに、そのシャツは膝まで届きそうな大きさだからさ。


「ひん……」

「あっ、痛かったんですか? すみません」

「うん……。へへっ。でも、大丈夫」

「まったく……」

「ねえ、千秋くん……。髪……、梳かしてくれない?」


 さりげなくくしを渡す花柳が笑みを浮かべていた。

 まあ、夕飯までまだ時間があるから……床に座る花柳の長い髪の毛をゆっくり梳かしてあげた。やっぱり、この時間は悪くない。静かで、穏やかだ……。


「髪の毛長くて面倒臭いよね? 千秋くん」

「いいえ、俺は黒髪ロング好きですから。面倒臭いとか考えたことありません」

「そ、そうなんだ……。千秋くんが黒髪ロングが好きだったんだ……」

「はい」

「そうなんだ〜」

「はい」

「ふふふっ」


 なんか、気分良さそうに見えるからこのタイミングで話してみようかなとそう思っていた。一緒に映画館、そしてホラー映画。大智と佐藤さんに言われた通り、特別なことをするより二人で過ごすその時間が特別なら……、俺もそれでいいと思う。


 だから、映画を観ることにした。


「今日ね、うちのクラスに来て話をかけてくれてありがとう」

「いいえ」

「私……、すっごく楽しかった。一人じゃなかったから……。休み時間は短いけど、その短い時間を充実に過ごしたような気がする。へへっ、ありがとー」

「よかったですね。あ、そうだ。小冬さんが言ってた思い出のことなんですけど」

「うん? ああ、それなら———」

「一緒に映画観に行きませんか?」

「えっ!?」


 すると、大声を出しながら急に立ち上がる花柳だった。

 ひっくりして……、じっと花柳の方を見つめている俺。どうしていきなり大声を出すんだろうな。


「行きたい……! でも……」

「あ、チケットなら俺が買います。二人で出かけましょう」

「うん! うん! うん! 行こう! 私……、千秋くんがプレゼントしてくれた洋服着るからね! えへへっ」

「はい。その前に……、ズボン持ってきますから」

「は〜い!」


 一緒に出かけるのがそんなに嬉しいのか、花柳が……まるで子供みたいに喜んでいる。今までずっと一人だったから、そのせいかもしれないな。誰かと時間を過ごすのは……。そして「本人も分からない」という小春さんの言葉が、少し悲しかったような気がする。


「…………」


 そしてタンスの中から花柳のズボンを取り出した時、ふとさっきの疑問が気になって小春さんにこっそり聞いてみた。

 女子はみんなそうなのか———。


(小春さん) 私は仕事で疲れると下着姿のまま寝ちゃうからね、気になるなら送ってあげようか?

(千秋) いいえ、大丈夫です。


 何言ってるんだよぉ。


(小春さん) そうだね。私も家にいる時は大きいシャツとショートパンツ着てるから、長いのは不便っていうか。でも、寒いなら着るかも?

(千秋) は、はい……。

(小春さん) どうやら千秋くんとの生活にすっかり慣れちゃったみたいだね。だからっていきなり女の子を襲っちゃダメだよ?

(千秋) んなことしません。そしてありがとうございます。

(小春さん) ふふっ! どんなエッチな質問にも全力で答えてあげるから! いつでも聞いてね! 

(千秋) はい……。


 不便か……、確かに俺のズボンじゃサイズが合わないよな。

 サイズが合わないと不便なのに、俺はその当たり前のことをうっかりしていた。

 まあ、でも注文しておいたやつがもうちょっとで届きそうだから待ってみよう。


「千秋くん? 何してんの? 夕飯できたよ?」

「はい、今行きます」

「あれ? ズボン持ってくるって言ったよね?」

「いいえ、サイズ合わないように見えますから諦めました」

「えへへっ、私も実はサイズが合わなくて、シャツだけ着てるの」

「やっぱり……」

「それに……、千秋くんは私のこと襲ったりしないから……! 安心!」

「はい……。い、いただきます」

「いっぱい食べてね!」

「はい」


 そうやって、また花柳との一日が終わる。

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