22 一緒②

 一応、休み時間になったけど、俺は健斗に話をかけなかった。

 あいつは小林のことが好きだから……、俺がそばにいると気まずくなるかもしれない。それにあんなことまで言われたから余計に気になる。好きとか、そういう言葉をどうしてそう簡単に言い出すのか俺には理解できなかった。


 だから、さりげなく花柳のクラスに行く。

 そんな約束だったからさ。


「あれ? 望月くんじゃん」

「おはようございます」


 よく分からないけど、花柳のクラスに俺のことを知っている人がいた。

 でも、俺はあの人のこと知らない。

 そしてすぐ花柳を探していた。一番前にある席———。


「ねえ、誰か探してるの? 望月くん!」

「あっ、はい。でも、いいです。見つけましたから」

「…………」


 よく知らない人と話すのはあまり好きじゃないから、すぐ花柳のところに行った。

 クラスメイトたちはみんな友達といろいろ話しているのに……、一人だけ勉強しているからすごく目立つ。でも、今日から俺がいる。花柳が寂しくならないように俺がそばにいてあげることにしたからさ。


 めっちゃ優等生だな。


「小冬さん、勉強楽しいですか?」

「楽しくない……。私……千秋くんのクラスに行こうとしたけど、なんか体が動かないっていうか。あの人がいるから急に怖くなって……」

「そうですね。じゃあ、少し歩きましょうか。ジュースおごりますから」

「いいの!?」

「はい」


 どうして俺が花柳に声をかけただけで周りがざわざわし始めるのかよく分からないけど、周りの視線など俺は気にしない。

 幼い頃からずっとそうだった。

 些細なことを気にする必要はないからさ。


「ええ、なになに? 今の……。望月くんと花柳、もしかして付き合ってるの?」

「なんか、仲良さそうに見えるけど……。別れたって話は本当だったんだ」

「えっ!? 別れたの? あの先輩と」

「ううん、別れたからあんなことしてるんだよね? 多分」

「でも、どうして花柳なの? 見る目ないね」

「花柳が選べるくらいなら私にもチャンスあるかも……! どうかな? 私も、告ってみようかな!」


 ……


 自販機の前で花柳の好きなジュースを買ってあげた。

 そのまましばらくそこでじっとする。


「なんか、私のせいでいろいろ言われているような気がするけど……。千秋くん」

「えっ? そうですか? 別に……、気にしないんで」

「そうなんだ……。ジュースありがとう!」

「はい」


 てか、ここで何を話せばいいんだろう。よく分からなかった。

 一応……、あの教室から連れ出したけど、特に話したいことがない。

 こういう時は……、普通趣味とか聞くよな。なんで今まで何も聞いてなかったんだろう……。俺。


「小冬さんの趣味はなんですか?」

「私……。趣味……、考えたことないけどぉ。ごめんね。今までずっと一人だったから趣味……。ううん……、ないかも」

「すみません。じゃあ、好きなこととか、やりたいこととか、ありますか?」

「好きなこと……、やりたいこと……。あっ!」


 何か思いついたのか、そばにいる花柳がいきなり俺の袖を掴んだ。


「やりたいことなら……、あるけどぉ」

「はい。なんですか?」

「好きな人と……、思い出を作ること。私……、今までずっと一人だったからね。思い出を作るチャンスが全然なかったの」


 思い出……、それに好きな人か。

 確かに、あの状態じゃ思い出とか作れないよな。学校に友達いないし、実家に帰ると変な人が待ってるし、大変そうだ。


「そうですか。でも、俺は気にしませんから。もし好きな人ができて付き合うことになっても俺は小冬さんを追い出したりしません。安心してください」

「……違うよ、千秋くん」

「えっ?」

「えっと……、私は千秋くんと思い出を作りたいから…………。他の人と付き合ったりしないよ」

「…………そ、そうですか」


 ということは、俺と思い出を作りたいってことか。

 すぐそばで俺の袖を掴んでいる花柳は、俯いたまま自分の上履きを見ていた。

 そして真っ赤になっている彼女の耳に気づく。でも、今は見なかったふりをすることにした。


「いいですね。思い出、具体的に何がやりたいんですか?」

「えっと……、ごめん。よく分からない。なんでもいいから、一緒に何かしたい。ごめんね」

「謝る必要はありません。思い出になりそうなこと……、やりたいことがあるならいつでも話しかけてください。俺も考えてみますから」

「へへっ、う、うん……! あ、あ、あの……」

「はい、小冬さん。どうしましたか?」

「えっと……、私さっき……すごく恥ずかしいことを言ったけど、千秋くん全然動揺しないっていうか……」


 恥ずかしいこと? なんだろう、それ。

 思い出という言葉に集中しすぎて、何を言ったのか全然覚えていない。やばっ。

 今更、それを聞くのもあれだし。


「もし、もしかして……。覚えてないの? 千秋くん」

「あっ、す、すみません……。ずっと思い出について考えていました……。恥ずかしいことってなんですか?」

「…………」


 じっと俺を見ている花柳が少し照れているように見えた。

 そんなに恥ずかしいことを言ったのか? 俺、なんで覚えていないんだろう。


「す、好きな人と……思い出を作りたいって言ったけどぉ…………」

「…………」

「ううぅ……」


 ああ、こういう時はどう答えればいいだろう。難しい……。

 まさか、花柳の好きな人が俺ってこと? 本気で言ってるのかな、今の……。

 でも、なぜか嫌じゃなかった。そうか、「好き」かぁ。


「小冬さんは……、俺のこと好きですか?」

「…………」


 すぐ俺から目を逸らして、こくりと頷く花柳。

 そうだったのか。


「理由……、聞いてみてもいいですか? 小冬さん」

「だって、優しいし、ずっとそばにいてくれるし、カッコいいし、私の話をよく聞いてくれるし、私を殴らないし……。えっと……、それに…………」

「へえ……、多いですね」

「それに……! 一緒にいると……、楽しい。こういうの初めてだから」

「そうですか。嬉しいです」


 その時、チャイムが鳴る。


「…………チャ、チャイム鳴ったから。戻ろう! 千秋くん! 戻ろう!」

「はい」


 俺は花柳の話にすぐ答えられなかった。

 好きかぁ……。

 そういえば、あれを言う時の花柳……すごく照れていたよな。可愛い女の子が可愛い顔をしていたから、それを見ている俺も少し恥ずかしくなったような気がする。こういう感情はやっぱり毒だ。


「そんなに急がなくても……、転びますよ?」

「し、知らない! 早く戻ろう! 千秋くん……!」

「は、はい」


 でも、俺には資格がないからさ。

 それ以外のことなら……、何でもやってあげられると思うけど。

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