21 一緒

「あっ。おはようございます……、小冬さん」

「おはよう……、千秋くん。今日はちゃんと私が起きるまで待ってくれたんだ……。嬉しい」

「はい……」


 普段なら今頃学校に着いているはずだけど、昨夜寝る前に「一緒に登校したい」って言われて、仕方がなく彼女が起きるまでそばで待っていた。そして花柳は寝る時にすごく甘えてくるから、これをどうにかしたい。不安だからくっつくってことは分かるけど、さすがに暑いからさ。


 でも、これを言い出したら花柳絶対傷つくよな。


「どうしたの……? 千秋くん」

「もう慣れましたね、下の名前で呼ぶのは」

「う、うん……。慣れちゃった」

「いいことだと思います。そして……、学校に行く前に話したいことがあります。小冬さん」

「うん」

「この部屋を……、一人で使ってください」


 これから気温もだんだん上がるはずだし、この狭いベッドで男女が一緒に寝るのはさすがに無理だ。それにこれは不可抗力だと思うけど、すぐそばに花柳がいるからいろいろ……触れてはいけないところが触れている。


 冷静になりたいけど、冷静になれない。

 花柳が俺にくっつこうとしているから。


「ど、どうして……? 私、なんか悪いことでもしたの? は、早く言ってよ……」


 やっぱり、すごく慌てている。


「いいえ、そういう意味ではありません。もう夏ですし……、俺の部屋で寝るのもいいと思いますけど、六月七月になるとマジで暑くなるんです。ここ……」

「でも……、私……一人で寝たらやばいことが起こるかもしれないから! そばで、そばで……千秋くんが見守ってくれないと…………ダメ!」

「うち、安全です。心配しないでください」

「ううぅ……」


 なんか、すごく不安を感じているような気がするけど、俺のせいかな?

 でも、日本の夏は怖いぞ。先に言っておかないと二人とも熱中症になるかもしれない。だからって、一緒に居間で寝ましょうは絶対言えないし、いきなり床で寝てくださいもできないからさ。


 このままベッドを譲った方がいいと思っていた。

 なのに、どうしてそんなことを言うんだよ。


「どうしてそんなに落ち込んでるんですか?」

「だって、もう私と一緒に寝てくれないって言ってるから……。悲しい。今まで千秋くんがそばにいてくれてぐっすり眠ったのに……」

「でも、俺がそばにいるとすぐ眠れないと思いますけど」

「そういう時は方法があるの」

「その方法って……」

「千秋くんの方を見て、千秋くんの腕を抱きしめて……こうやって、くっつくの!」


 そこまで詳しく説明しなくてもいいと思うけど……、たまたま汗だくになるのは花柳のせいだったんだ……。さりげなく俺の腕を抱きしめて、朝になるまでずっとくっついていたからそうならない方がおかしいよな。


「小冬さん触れてます。離れてください……」


 しかも、無防備だし。


「あっ、ご、ごめん……。と、とにかく……一人は嫌なの!」

「じゃあ、夏になったら居間で一緒に寝ましょう。それはいいですよね? エアコン居間にありますから」

「一緒なら道端でも構わない!」

「それは勘弁してください」

「へへっ」


 ……


 一緒に朝ご飯を食べた後、花柳が作ってくれたお弁当を持って一緒に家を出る。

 今までずっと一人で歩いていたこの道を今日は花柳と一緒に歩いて、少し不思議だなとそう思っていた。


「あの、小冬さんに聞きたいことがありますけど」

「うん? 何?」

「さっきの話なんですけど、そばにいなくても一応同じ家にいるのに……。それでも一緒に寝たい理由はなんですか?」

「私、一人で寝ていた時はいつあの人に踏まれるのか分からなかったから……。それが不安でね。だから……、誰かがそばにいてくれると……」

「すみません。いいです。それでいいです」

「いいの?」

「はい……」


 さらっと深刻な話を言い出すから不意打ちされたような気がする。

 そうか、手を握ったり腕を抱きしめたりするのはそう意味だったのか。つまり……そばに誰かがいてくれると安心するってこと。あの人が自分のことを守ってくれるとそう思っているかもしれないな。


 余計なことを聞いた。


「でもね、私……千秋くんに彼女ができたらこういうのすぐ辞めるから心配しなくてもいいよ。家のことも……、私すぐ出るから! 彼女さんに迷惑だし」

「えっと……、まず彼女を作る気はありません。それに約束はちゃんと守りますからそんなこと言わないでください」

「そ、そうなんだ……。でも、千秋くんは人気者だからね。小林も……、あっ、ごめんね」

「小林……?」


 そういえば、前に俺のこと好きとか言ってたよな。

 まさか、そんなことで花柳を殴ったのか? 変な言い訳を並べて、結局俺のことが好きだからあんなことをしたのか。意味が分からない。小林は健斗と仲がいいと思っていたけど、なんで俺にそんなことを言ったんだろう。


「な、なんでもない! なんでも……」

「はい……」


 余計なことを言い出して不安を感じさせることより、この件はなかったことにしよう。もし、また花柳に手を出したら……その時は同じく半殺しにしてあげればいいからさ。だから、花柳は幸せになってほしい。


 さりげなく彼女の頭に手を乗せた。

 これ、癖になったな。花柳は小さいからか、知らないうちにこうなってしまう。


「…………」


 すると、俺と目を合わせる花柳。


「どうしましたか?」

「なでなでしてくれるの?」

「えっ? いいえ、すみません。癖でつい……」

「やってくれないんだ……」


 なんか言ったような気がするけど、声が小さくて聞き取れなかった。

 そしてさりげなく俺の頬をつねる花柳に、今度はこっちがびっくりする。


「えっ? な、なんですか?」

「やってくれなかったから、これはお仕置き……」

「ええ……」

「ふふっ……」


 女子のことはやっぱりよく分からないな……。

 でも、その笑顔を見るのが俺は好きだった。

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