20 距離感

 そして日曜日、特に予定がない俺たちは一緒にお昼を食べた後、ソファでゆっくり休んでいた。眩しい日差し……、天気のいい今日みたいな日はさすがに出かけたくなるけど、なぜかこうやって花柳と過ごす時間も悪くないと思ってしまう。


 そのままソファで寝ている花柳をじっと見つめていた。


 最近、ずっと美味しい料理ばかり作ってくれるからすごく幸せだ。

 一人の時はこんな贅沢な暮らし方は無理だからさ。それに俺との生活にもだんだん慣れていて、今はセールしている食材や調味料などにすごく詳しい花柳だった。毎日美味しい彼女の料理が食べられるこの日常は、俺を慰めてくれるような気がした。


 そばにいてくれてありがとう、と……言いたくなる。

 でも、なぜか口に出せない。


「ううん……。いちごおいひいねぇ…………」


 寝言……、そういえば花柳はよく寝言を言うよな。

 でも、その内容が少しずつ変わっていくような気がする。前には不安を感じているように「怖いよぉ」とか言っていたけど、今は何気なく甘いものを言っている。不安を感じるより、そっちの方がいいと思う。可愛いし。


 そして当たり前のように寝ている花柳の腕を確認する。

 あざはまだ残っているけど……、もう少しで消えるはずだからこっそりその頭を撫でてあげた。


「ち、千秋くん……?」

「はい。小冬さん」

「な、何してるの……?」

「すみません、あざを確認していました」

「そ、そうなんだ……。私……、脱いだ方がいいかな?」

「いいえ、確認は終わりましたから気にしなくてもいいですよ。そして……、そこまでする必要はないと思います」

「うん……」


 あくびをして、じっと俺の方を見つめる花柳。


「千秋くんのエ、エッチ…………」

「あっ、不愉快だったらすみません。小冬さんのあざが気になって……」

「じょ、冗談だから……!」

「えっ、そうですか? でも、不愉快だったらやめます」

「ううん。一度言ってみたかっただけ……。そして千秋くんなら……、私何をされても構わない……」

「なぜ、俺なら大丈夫なんですか?」

「千秋くんは……その、私のことを大切にしてくれるから……。私ね、ずっと私のことを大切にしてくれる人と一緒にいたかったよ。バカみたいな夢だと思うけど、運命の人といつかきっと会えると思っていたの」

「そ、そうですか」

「うん。そしてその人が今目の前にいるから夢が叶った。ふふっ」

「…………」


 運命の人……。

 その時、ふと小春さんの話を思い出してしまう。花柳に何を言ってあげればいいのか分からなくなってきた。きっと今まで寂しかったはずだよな。そしてたまに寂しそうな顔をしていたからさ。少なくとも俺と一緒にいる時はそれを忘れてほしかった。


 それができるかどうかは分からないけど……。


「はい。よかったですね」

「私は……、千秋くんと一緒にいると楽しい! すっごく楽しい!」

「それはよかったです。俺も小冬さんと一緒に過ごすこの時間が楽しいです」

「そ、そしてね! えっと、学校にいる時……」

「はい?」

「私……。その……、学校にいる時もこんな風にね! 千秋くんと一緒にいたいっていうか。私ね! クラスに友達が全然いないからいつも一人で勉強とか読書とかしているから…………。だから、休み時間とか昼休みとか……、一緒にいてほしい……」

「ああ……」

「で、でも……! 千秋くんには友達が多いから。たまに! たまに……、十分くらいでもいいから、一緒にいたいっていうか。ダ、ダメかな……?」


 そうだよな。今までずっと一人であの教室で…………。


「いいですよ。休み時間ごとにそっち行きますから、心配しないでください」

「あ、ありがとう……。えっ!? 休み時間ごとに!?」

「そうですよ」

「そ、そうなんだ……」


 その話を聞いて、すぐ口角が上がる花柳だった。


「そして小冬さん」

「うん?」

「もし今みたいに俺にやってほしいことがあるなら気軽に話しかけてください。俺にできることならなんでもやりますから」

「…………うぅ」

「どうしましたか?」

「なんか、嬉しすぎて涙が出ちゃいそう……。お姉ちゃん以外、私の話を聞いてくれる人は千秋くんが初めてだよ……。ありがとう、本当に……!!!」

「そ、そうですか……」


 なぜそんなことを言ったのかよく分からないけど、そっと花柳の頭に手を乗せた。

 てか、この後は何をすればいいんだ? よく分からない。そして俺の方をじっと見ている。


「なでなで……、してくれるの?」

「あ、ああ……。はい……」

「ありがと……」


 なんか、花柳……俺が思ったことより可愛いかも。


「えっ」

「どうしましたか?」

「えっと……、えっと…………。や、や、やっぱりなんでもない。なんでもないから気にしなくてもいいよ! 私……、千秋くんの部屋で寝ますから! あ、あ、後で起こしてください!」

「そうですか? 分かりました」

「千秋くんも……来る?」

「いいえ、俺は眠くないんで」

「うん、分かった!」


 俺に何か言いたいことでもあったのかな? ただの気のせいか。

 まあ、大事な話なら後で話してくれるだろう。

 今はそんなことより……、花柳が着ている俺の部屋着が気になって仕方がない。この前に俺の部屋着でいいって言われたけど、さすがに俺のは大きすぎるからたまにオフショルみたいになってしまうよな。


 ブラの紐とかが見えてくるからさ。

 本人は全然気にしていないように見えるけど、俺は男だから……いちいちあんなことに動揺してしまうのが嫌だった。そして最近はズボンも履かないようになったし、やっぱりちゃんとした部屋着を買ってあげないとな。


 なんか、俺たちの距離感がだんだん縮まっているような気がする。

 それはいいことだと思う。


「…………」


 そしてなぜかそばに座る花柳。


「えっ? 小冬さん、さっき寝るって……」

「き、気が変わった……! 千秋くんと……、その……夕飯を食べるまで一緒にいたい」

「はい……」


 こっそりネットで調べるつもりだったけど……、仕方がなく今は花柳のそばにいることにした。

 それに部屋着はいつでも買えるし。


「明日からまた学校だね」

「そうですね」

「私、最近学校に行くのが楽しい」

「そうですか? よかったですね」

「千秋くんがいるから、私ね。全然寂しくないの。へへっ」

「はい。寂しくならないように俺がずっとそばにいてあげますから……、心配しないでください」

「本当に? 約束だよ?」

「はい」

「ありがと〜、へへっ」


 そう言いながら俺のシャツを掴む花柳だった。

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