19 朝と、来客④

「すみません……。話が長くなって、帰るのが遅くなりました」

「ううん……! だ、大丈夫! あれ? お姉ちゃんは?」

「あっ、小春さんはそのまま帰りました。そしてカフェでチーズケーキ買ってきたのでよかったら後で食べてください」

「チ、チーズケーキ……! ありがとう! 望月くん」


 少し遅くなったけど、花柳と一緒に朝ご飯を食べることにした。

 やっぱり小春さんと話したことは花柳に言わない方がいいよな。一応、あの約束はちゃんと守るつもりだから、わざわざそれを言い出して花柳を不安にさせる必要はないと思う。花柳はこのまま安全な場所で、高校を卒業する。それだけで十分だ。


 でも、久しぶりに会ったはずなのに、朝ご飯も食べずにすぐ帰るとは……。

 まあ。でも、今はこれでいいと思う。俺のこと……信頼しているみたいだからさ。


「きょ、今日の朝ご飯お、美味しくないの……?」

「えっ?」


 じっとこっちを見ている花柳が何かを心配しているように見えた。

 どうやら、小春さんのことでぼーっとしていたみたいだ。俺……。


「いいえ、すごく美味しいです。どうしましたか?」

「お姉ちゃんと……、何話したの?」

「小春さんですね……。花柳さんのことよろしくって……言われました」

「へえ……、花柳……さんかぁ」

「どうしましたか?」

「ううん……! なんでもない。そ、そうなんだ……。ありがとう、ここにいさせてくれて」

「いいえ」


 こういう時は……、どうすればいいんだろう。

 女子のことよく分からない。俺は小春さんと話をしただけなのに、なぜか花柳が落ち込んでいる。何が問題だろう……、チーズケーキも買ってきたのに———。


 それになんか怒っているような……。違うか……? よく分からない。

 その顔は……、なんだろうな。


「ねえ、お姉ちゃんと楽しかった?」

「楽しかったってどういう意味ですか?」

「だって、お姉ちゃんめっちゃ綺麗だから……。私にはずっと勝てない人だから、お姉ちゃんは私の憧れなの」

「そうですか? 確かに、ちらっと小春さんを見る人が多かった気がします。俺も緊張していました」

「…………」


 そして今はぼーっとしている。

 それより頬についているご飯粒がもっと気になるけど、何が問題なのか本当に分からない……。

 もしかして、俺は知らないうちに嫌われたのか?


「花柳さん」


 その前に頬についているそのご飯粒を取ってあげた。

 そのまま俺が食べる。


「花柳さんの料理はいつ食べても美味しいです。いつもありがとうございます。そして機嫌悪そうに見えますけど、何かあったんですか?」

「私も……! 下の名前がいいの!」

「はい? すみません、えっ? どういう意味ですか?」

「お姉ちゃんのことは小春って呼んでるじゃん。だから———」

「いいえ、それは花柳さんと苗字が一緒だからですよ? 別に深い意味はないと思いますけど……」

「私のことも小冬って呼んで……! それにお姉ちゃん! 望月くんのこと下の名前で呼んでたし、羨ましいよ!」


 そういうことだったのか、凹んでいた理由は「下の名前」か。

 でも、それは別に関係なくない? 俺も先輩のことをずっと先輩って呼んでたし、呼び方とかあまり気にしていなかったからさ。そこまで気にする必要あるのかなと思うけど、花柳はずっとそれを気にしていたみたいだ。


 下の名前か、それで花柳が満足できるなら俺もそれでいい。

 難しいことじゃないから。


「はい。小冬さん」

「…………す、すぐ呼んでくれるの? ちょっと……待ってぇ」

「えっ? でも、さっき下の名前で呼んでほしいって……」

「わ、私も……ちょっと時間をくださーい!」

「は、はい……」


 何がしたいのかよく分からないけど、花柳には時間が必要だったみたいだ。

 そのまま俯いて、何かを考えているように見えた。

 そして俺と目を合わせる。


「ち……、千秋くん! ふぅ……。私男子のこと下の名前で呼ぶの初めてだから、恥ずかしい……」

「そ、そうですか?」

「うん……」


 俺は呼び方とかあまり気にしないけど、花柳にも彼氏がいたよな。

 普通の人たちは付き合うとすぐ下の名前で呼んだりすると思うけど……、なぜ初めてって言うんだろう。でも、これでいつもの花柳に戻ってきたような気がする。ずっと照れてるからちょっと恥ずかしくなってきたけど、我慢することにした。


 そうか、呼び方は大事だよな。


「ねえ、千秋くん……!」

「はい、小冬さん」

「うう———っ! 千秋くん!」

「は、はい……。小冬さん」

「うう———っ! なんか、すごい……!」

「そ、そうですか……。よかったですね」

「うん!」


 花柳と朝ご飯を食べた後、テレビを見ながらソファでゆっくりしていた。

 そしてこういうの気持ち悪いって知っているけど、なぜかやめない。腕と足のところに残っているあざがずっと気になって、いつ治るのかちらっと花柳の方を見てしまう。もはや癖になっていた。


「どうしたの? ち、千秋くん……」

「強いてそう呼ばなくても……、いつもの通りでいいですよ」

「やーだ。私は下の名前で呼ぶのが好きだから……」

「そうでしたか?」

「さっきそうなったの」

「あっ、そうだ。俺……、実は花柳さんが」

「あっ! 千秋くん……!」

「あっ、すみません。小冬さん」

「うん!」


 そこ、大事だったんだ……。注意しておこう。

 それにしても下の名前か、なんか不思議だ。俺があんなことを言うようになるなんて。


「で、何? さっき何か言おうとしたよね?」

「ああ。ずっと誰かと連絡していましたから、変な人と連絡してるんじゃないかなと思ってました。すみません……」

「そんなことしてないよ、お姉ちゃんと連絡できるようになったから今まであったことを話してあげただけなの。ちょっと時間がかかちゃったけどぉ……、ごめんね。なんか心配させちゃったみたいで」

「いいえ。小冬さんにいいお姉さんがいてホッとしました」

「で、でも……! わ、私は……千秋くんと一緒にいたいから。追い出さないで」

「そんなことしませんよ」

「へへっ、うん! そしてまたこうなるかもしれないからね。私が誰と連絡しているのか気になるなら、スマホ見てもいいよ。暗証番号は私たちが出会った日なの。難しくないよね?」

「は、はい」

「私は……、誰かが私のせいで心配するの嫌だからね」

「はい」


 そう言ってからすぐそばで幸せそうにチーズケーキを食べる花柳だった。

 やっぱり、買ってきて正解だったな。


「でも、小冬さんだけスマホを見せるのはずるいと思いますから。俺のも自由に見ていいです。暗証番号はありません」

「な、何!? いいの?」

「はい。と言っても、小冬さんと小春さん、そして友達二人と家族くらいです」

「そうなんだ〜。私も千秋くんとお姉ちゃんだけ!」

「そうですか……」

「ひひっ」


 いきなり小春さんが来て少し慌てていたけど、花柳に俺以外頼れる人ができたのはいいことだと思う。ちょっとイタズラの好きなイメージだけどな。


「ふふっ、美味しい! 本当にありがとう〜。ちぃ、千秋くん!」

「はい」


 まだ慣れてないんだ……。


「また買ってあげますから」

「うん! ありがと〜!」


 この生活はなんだろうな。

 なぜか、上手く説明できない俺だった。

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