18 朝と、来客③

「うう———っ! おいひい〜♪ ねえ、千秋くんも食べる? これめっちゃ美味しいから」

「い、いいえ。俺は大丈夫です」


 まさか、甘いものを食べる時のリアクションまで似ているとは……。さすが姉妹。

 小春さんがチーズケーキを食べている間、俺は彼女の前でゆっくりコーヒーを飲んでいた。そしてじっとそのチーズケーキを見つめる。やっぱり、花柳にケーキを買ってあげた方がいいかもしれない。テンション下がっているような気がして、少し気になるからさ。


 甘いものを食べるとすぐテンションが上がるから、さっきのは忘れるだろ。


「はい。あーん」

「いいえ……。大丈夫です、甘いものあまり食べないんで」

「ええ、これ美味しいよ? それに朝から何も食べてないからお腹空いてるはず! あーん」

「はい……」


 仕方がなく食べさせてもらった。


「えへへっ、美味しいでしょ〜?」

「はい……」

「よしよし〜」


 なぜか、頭を撫でてくれる小春さん。

 なんか、俺……からかわれているような気がするけど、気のせい? そしてそれより気になるのは俺を見る時の目っていうか、なぜか「危ない」と思ってしまう。小春さんは美人だからさ……。それに成人女性とあまり話したことないから分からないけど、この人……本気を出すと誰でもすぐ落とせると思う。危険だ。


 彼女の振る舞いがそう言っているような気がした。

 そして……、あの人のことを思い出してしまう。


「ごめんね、私……朝から何も食べてないから。さて、そろそろ話をしようか……」

「はい」

「どこまで話したっけ。そうだ、卒業まで一緒にいてくれないって話してたよね」

「そうです」

「えっと……。まず……私たちはね、お母さんに捨てられたの。捨てられたっていうか、ある日お母さんが逃げちゃったから……。今は連絡がつかない。どこで何をしているのかも分からない。そのまま……私は大学を卒業して、就職をして、あの家を出ちゃったの……」

「はい……」

「千秋くんは……、小冬の体を見たのかな? あのあざだらけの体を……」

「は、はい……。すみません。でも、何もしてないんで、誤解しないでください」

「知ってるから、いいよ。あの小さい女の子の体に……、たくさんのあざを残したのが親だなんて信じられないよね?」

「そうですね……」


 俺もそうだと思っていたけど、自分の親に殴られるなんて……。

 最悪だな、あいつ。

 だから、そこから逃げて元カレと同居していたのか。元カレと一緒に暮らせば親に殴られないから……。でも、元カレはずっと花柳にあれを要求して、また逃げるしかなかった。


 なぜか、つらくなる。


「そうだよね。そしてあの子、しつこく私に付き纏った人と同居してね。やめてって言ってあげても、小冬には帰る場所がなかったから……。それに私……お金を稼がないといけない立場だったから小冬のそばにいてあげられなかった。要するに、何もできなかったってこと」

「はい……」

「私にできるのは小冬にお小遣いを送るだけで、そばにいてあげたいけど……。九州に行くようになって、仕方がなかったの」

「それは難しい問題ですね」

「そう、そして……急に連絡がつかなくなってね。ずっと電話出ないから…………。めっちゃ心配してたの。倒れたらどうしようと……」

「ああ……」

「そして小冬から電話が来た時、私は一緒に暮らそうって話したけど……。小冬はここで、千秋くんのそばで……、卒業するまで一緒にいたいって言ってたよ……。そこで私は捨てられたらどうする?って聞いたの。その時、小冬がどう答えたのか分かる?」

「いいえ」

「千秋くんは絶対あんなことをしないって。やっと運命の人と出会ったってね。さすがに少女漫画読みすぎだよね。小冬は」

「…………」


 俺……、花柳に信頼されていたのか?

 それに運命の人って、言い過ぎだと思う……。


「でも、小冬はずっと自分のことを救ってくれる王子様を待っていたから…………」

「そうですか」

「だから、私も千秋くんに会いたくなってここに来ちゃった。関東めっちゃ遠くて死ぬかと思ったよ〜」

「はい……」

「いい子だね、千秋くんは……。そして小冬のことを卒業する時までお願いしてもいいかな? お金のことは心配しないで、私がちゃんと払うから。こう見えても私は〇チューブでけっこう稼いでる! それに仕事もやってるし」


 にっこりと笑う小春さん。

 ずっと花柳のことを心配していたんだ。


「お金ならいらないです。そして卒業するまでうちにいてもいいって言ったのは俺です。その約束を今更破る気はありません。そうですね……、ここから九州はさすがに無理だと思います。だから、花柳さんは俺が責任を持って……卒業する時までその面倒を見ます。心配しないでください」

「へえ。責任を持つか、なのに小冬に興味ないなんて……。不思議だね」

「分かりません」

「いいよ。ごめんね、うちの妹を任せちゃって……。でも、たまに遊びに行くから! 私もお盆休みとか、お正月になると帰る場所ないし、一人じゃ寂しいから」

「はい。花柳さんもきっと喜ぶと思います」

「それに……、小冬は可愛くて純粋な女の子だからね」

「はい」

「あの子といろいろ楽しい思い出を作ってほしいけど、こんなことまで頼むのは無理だよね?」

「いいえ。上手くできるかどうか分かりませんけど、やってみます」

「いいね! ふふっ。じゃあ、千秋くんとたくさん話したし、私はこのまま帰る!」

「はい」

「あああ、そうだ。連絡先交換しよ! ふふっ。その内連絡するからね」

「はい」


 連絡先を交換した後、すぐカフェを出る二人。

 そして小春さんは今日初めて会った人だけど……、それでも駅まで送ってあげることにした。もはや癖だな。


「えへへっ、駅まで送ってくれてありがと〜。千秋くん」

「いいえ。では、気をつけて帰ってください」

「そうだ。千秋くん」


 チーズケーキ買うのをうっかりして、すぐカフェに戻ろうとしたけど……。

 その時、後ろから俺を呼び止める小春さんだった。


「はい?」

「年上の彼女はどう? 興味ある?」

「…………冗談はやめてください」

「えへっ、バレちゃったか〜。じゃあ、またね〜。千秋くん、次は美味しいの持って行くからね〜。そして二人っきりの時間を邪魔してごめんね〜」

「い、いいえ……」

「うちの妹、よろしくね。バイバイ〜」

「はい……」


 手を振ってくれる小春さんに、俺も手を振ってあげた。

 いい人だな、小春さんも。


「あれ、千秋じゃん」


 そしてまた後ろから俺の名前が聞こえてくる。


「健斗?」

「さっきのお姉さんは誰? 知り合い?」

「ああ、親戚の人。久しぶりに会いに来たからちょっと話をした」

「そうなんだ」


 なんか、すみません……。小春さん。


「じゃあ、俺は帰るから……」

「そうだ。俺暇だからさ、今そっち行っていい?」

「いや、今日は俺にもいろいろ予定があるからまた今度にしよう……」

「そうか、仕方ないな」

「ごめん。じゃあ、俺は行くから……」


 家には花柳がいるから健斗を連れて行くのは無理だ。

 てか、どうしてこんなタイミングで……。

 まあ、適当に誤魔化したからいいけど、ゾッとした。


 ……


「へえ……、親戚の人かぁ…………」


 千秋の後ろ姿を見つめながら独り言を言う健斗だった。

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