16 朝と、来客

 それからずっとこんな感じ、毎朝同じベッドで朝を迎えるようになってさ。

 すぐそばでぎゅっと俺の腕を抱きしめる花柳を見ると、その言葉がなかなか出てこない。よく分からないけど、それを言われた時にめっちゃ傷つくかもしれないと思って、そして……俺がそばにいてあげないとずっと不安を感じてるいるような気がしてさ。


 いろいろ……大変だった。


 その話は言えないまま、ぼーっとして晴れた空を眺めていた。

 てか、すぐそばで可愛い寝言を言っている……。ちょっと可愛いかも。

 いや、何を考えているんだ。俺ってやつは……。ここにいるのは花柳だぞ。


「ううん……、お、おはよう。ねえ、今日は土曜日だからもうちょっと寝よう。望月くん……」


 そして休日になるとこんな風になってしまう。

 どうやら、ここの生活にすっかり慣れたみたいだな。それはいいことだと思う。

 でも、一つ気になることがあるんだとしたら、花柳……いつの間にかズボンを着ないようになった。


 もちろん、俺のシャツが大きいのもあるけど、なんでシャツだけなんだ。

 そこがよく分からない。花柳はすぐそばにいる俺に襲われるかもしれないと思わないのかな? あんな無防備な格好をしてさ。


 てか、俺……付き合ってない女子と同じベッドで……。

 今更だけど……、恥ずかしいな。


「髪の毛、ボサボサですね」

「起きたばかりだから仕方ないじゃん……。見ないでぇ……、恥ずかしいから」

「えっと、脚が丸見えになるのは恥ずかしくないんですか? 花柳さん」

「望月くんのシャツが大きいから、それは平気……。見たいの?」

「朝から変なこと言わないでください」

「うん……」


 寝ぼけている。

 そして目を閉じたまま答えている。

 そういえば、昨日……居間で誰かと夜遅くまで電話をしていたような気がするけど……。多分、前に言ってたあの人かもしれない。でも、盗み聞きをするのはよくないから俺はそのまま寝ることにした。


 気になるけど、プライバシーだからさ。


「望月くん…………。朝ご飯、何食べる? 昨日、食材買ってきたから…………。好きなもの作ってあげる」

「まずは歯磨きと洗顔です。てか、花柳さんは先に目を開けてください」

「は〜い」


 そして洗面所の前で仲良く歯磨きをする二人。

 今まであまり気にしていなかったけど、花柳って本当に小さいな。身長差すごい。


「そういえば、望月くん背高いね。何センチ?」

「176です」

「…………」

「花柳さんは?」

「…………」


 なんだろう、この静寂は……。

 そのまま静かに歯磨きをする花柳だった。

 一応、見た目では153くらいに見えるけど……、実際何センチだろうな。ちらっと花柳の方を見ていた。


「150…………」

「150……センチですか? ええ、可愛い」

「えっ?」

「あっ、す、すみません。つい……」

「ううん……。ちっちゃくてごめんなさい……」

「いいえ、俺……小柄な女の子好きですから。あっ、俺の好みを言っても意味ないんですよね」

「…………」


 その時、外から「ドン! ドン! ドン!」と扉を叩く音が聞こえてきた。

 そばで顔を拭いていた花柳がビクッとして、そのままタオルを落としてしまう。


「誰だろう。花柳さん、俺ちょっと行ってきますから」

「ダ、ダメ……! よくないことが起こりそうだから、ここにいて!」

「と言われても、さっきからずっと扉を叩いてるんですけどぉ……」

「ううん……。もしかして! これは夢かもしれないよ? そうだ! 夢だよ!」

「な、何を言ってるんですか? さっきまで顔を洗ってたんですよ、俺たち」

「行かないで! ここにいてぇ!」

「はいはい。何も起こりませんから、朝ご飯をお願いします……。花柳さん」

「…………」


 そう言いながら花柳の頭にそっと手を乗せた。

 このマンションで変なこと起こるわけないし……、そんなことより誰だろう。

 お母さんが来る時はいつも連絡をしてくれるからさ。そして今日は約束もない、誰なのかめっちゃ気になる。


「はいはい……。誰ですか?」


 そのまま扉を開けると、スーツ姿の成人女性が外で息を切らしていた。誰だ?

 それに、どういうこと……?


「はあ……、本当に男と一緒に住んでる……。はあ…………。うわぁ、お水くださーい!」


 はあ?


 ……


「えっと、自己紹介がまだでしたね。私の名前は花柳はなやぎ小春こはるです」

「ああ……! もしかして、花柳さんの……!」

「そうです。うちのバカ妹がご迷惑をおかけしました。申し訳ございません……!」


 この人が花柳の姉……。一瞬、大人バージョンの花柳に見えた。

 てか、今日は休日なのにどうしてスーツを着ているんだろう。


「お姉ちゃん……!」

「小冬は黙ってそこに座ってて、私は今……あの……お名前教えてくれませんか」

「望月千秋です。花柳さんのそばにいる花柳さんと同じ高校3年生です」

「そうなんだ。じゃあ、ため口で話してもいいかな? 千秋くん」

「はい。花柳さん」

「私のことは……、下の名前で呼んでもいいよ。千秋くん」

「はい……? ああ……」


 確かに、苗字一緒だよな。

 それもそうだけど、俺……女子のこと下の名前で呼んだことないから、少し慌てていた。

 いきなり下の名前か。


「うん? どうしたの?」

「そうですね。じゃあ、小春さん。どうして……、うちの住所を……?」


 すると、小春さんを睨む花柳だった。


「小冬が教えてくれたからね。ずっと連絡がつかなくて、心配していたよ……。スマホが壊れたら! 友達にお願いしてもいいじゃん……」

「…………し、知らない!」


 そうか、小春さんがここに来たってことは。

 花柳を連れて行くってことだよな。

 でも、こんなにいい姉がいるのに、どうしてすぐ話してくれなかったんだろう。すごく頭よさそうに見えるし、それに美人だし。


「ねえ、千秋くん」

「はい。小春さん」

「…………」

「小冬、あんたはここでじっとしなさい。私は千秋くんと少し話をするから」

「…………うん」

「ねえ、近所にいいカフェがあるなら紹介して、二人きりで話がしたいから!」

「今すぐですか?」

「うん、今すぐだよ」

「はい。えっと、花柳さん……朝ご飯は先に食べてください。小春さんと少し話をしますから」

「うん…………」


 なんで、落ち込んでいるんだろう。

 でも、今はそんなことより俺も小春さんと話さないといけないことがあるからさ。

 仕方がなく、彼女と近所のカフェに行くことにした。


「行ってくるから、ここでじっとして。小冬」

「うん…………」

「行ってきます。花柳さん」

「はい…………」

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