15 陰②

 すぐ家に帰ると花柳に疑われるかもしれないから、しばらく外で暇つぶしをした。

 ぼーっとして花柳の自撮りを見る。そして頬がだいぶ治ったような気がして、ホッとする。てか、治るんだったら体にあるあのあざも早く消えてほしいんだけど、そっちは時間がけっこうかかりそうだ。


 夏服だから、腕にあるあざがはっきりと見えてくる。

 でも、それは仕方がないこと……。


「ただいま……」

「わぁ! 望月くんだ……! お帰り! お風呂と夕飯! どっち?」


 エプロン……。さっきまで何かを作っていたみたいだ……。

 にっこりと笑う花柳を見て、少し慌てている俺。「お帰り」って言われるのは初めてかもしれない。


「えっ? じゃあ、お風呂にします」

「はい!」


 いきなりお風呂と夕飯を聞く花柳に……、すぐお風呂って答えてしまった。

 そして居間のテーブルに置いている教科書と筆箱。

 さすが成績順位一位の花柳、普段からちゃんと勉強をしている。俺ももっと頑張らないと……。


「……ふぅ」


 一人暮らしをしていた時はゆっくりお風呂に入る暇などなかったけど、花柳がお湯を張っておいたからさ。なんか、これ……仕事帰りの夫みたいな感じだな。よく分からないけど……、花柳のエプロン姿を見て、なんとなくそう思ってしまった。


 でも、めっちゃ似合う。可愛かった。


「そうだ。花柳さん、あの人とは連絡しましたか? スマホが壊れてずっと連絡できなかったって言いましたよね?」

「ああ、うん! やっと連絡ができてね。そしてお小遣いをもらったの。だから、お肉を買った! まだまだたくさんあるよ! へへっ」


 お小遣いを……? 誰に?


「…………」

「食べないの? 望月くん」

「いいえ。いただきます」

「ふふっ」


 でもさ、家に帰れないのに……、誰にそんなお金を。

 やっぱり気になる。

 帰る場所がない人にお小遣いをあげる人は一体どんな人だろう。でも、花柳があんなことに手を出すわけないからさ、ずっと疑問が増えるだけだった。とはいえ、誰にお小遣いをもらったのかストレートで聞けないから……、夕飯を食べながらそればかり考えていた。


「えっと……。じゃあ、あの人のところに戻るんですか?」

「…………そ、それは……」


 それはダメなのか? 顔に出ている。

 その前に……、親戚とかじゃなかったのか……? 難しいな。誰だろう。


「いきなりお小遣いをもらったって言いましたから……、少し気になっただけです」

「や、やっぱりそうだよね。お金がなくて、あんなところでぼーっとしてたから」

「…………」

「あの人には……、お小遣いをもらっただけだからね! だとしても、帰る場所がないのは変わらない……」

「そ、そうですか?」

「も、もしかして……、私お、追い出されるの?」

「い、いいえ……」


 なんか……、俺に何かを隠しているような気がする。

 鈍感な俺でもすぐ分かるほど……、花柳は話しながらずっと緊張しているように見えたからさ。


「…………ケーキも! か、買っておいたけど、た、食べる……? 望月くん」

「あっ、は、はい……。ありがとうございます……」


 花柳との食事が終わった後、居間でケーキを食べていた。

 すぐそばでもぐもぐとケーキを食べる花柳はいつもの通り幸せそうに見える。

 でも、さっきからずっとスマホばっかりいじっていて、なぜか不安を感じる俺だった。世の中にはいろいろあるからさ……。ネットでいろいろ……、よくないこと。さすがにそんなことはしないよな。


 しないよな……。花柳。


「ど、どうしたの? 望月くん。私の顔に何かついてるのかな?」


 しまった、花柳のことジロジロ見過ぎ……。

 ここは上手く誤魔化さないと。


「ちょっと頬を……、見せてくれませんか?」

「あっ、うん……! いいよ!」

「…………うん。だいぶ治りましたね。痛くないですか?」

「うん……! あっ、そうだ……。ねえ、望月くん……。私、望月くんに頼みたいことがあるの」

「はい」

「私の体……、あちこち醜いあざがたくさん残っているからね……」

「は、はい……」

「背中にあるあざ……、消えたのか見てくれない? 私じゃダメだから」

「あっ、そうですね」

「ありがと〜」


 そう言いながらすぐシャツを脱ぐ花柳だった。

 なぜか、ビクッとする俺……。なんで、ビクッとしたんだろう。


「えっ……? いきなり…………」

「えっ? でも、脱がないと……見えないんでしょ?」

「それもそうですね……」


 薄桃色のブラ、そして綺麗な背中に消えかけのあざがいくつか残っていた。

 花柳の半裸を見るのはこれで二度目だけど、見るたびに俺がつらくなる。

 こんな弱い女の子の体に……、想像すらできないたくさんのあざがあったからさ。


「どうかな?」

「まだ、少し残ってますね。でも、もうちょっとで消えるかもしれません。気にしないでください」

「そうなんだ……! ありがとう! そ、そして……この下着ね! 望月くんが買ってくれた下着だよ? ちゃんと着てるから!」

「そ、それ言う必要あります……?」

「ごめんね……。やっぱり、私はこういう可愛い色……似合わないのかな……?」

「いいえ、恥ずかしい話をさらっと言い出して……、ちょっと恥ずかしくなっただけです」

「そ、そうなんだ……。ごめんね、困らせちゃって……。似合うかどうか聞いてみたかったから……」


 それ、聞く必要あるのか……。


「いいえ……」


 じっと花柳の背中を見ていた。

 そして何気なくそのあざを触ってしまう。


「ひっ……!」

「あっ、すみません。痛かったんですか?」

「う、ううん……! な、なんでもない! ちょっとびっくりしただけ! そ、そこにあざができたの?」

「いいえ……、もういいです! 服、着ましょう」

「う、うん……! 汚いのを見せてごめんね」

「汚くないですよ、そんなこと言わないでください……」

「ねえ。どうして……、私に優しくしてくれるの……? それに私のことを好きにしてもいいよって言ったのもすぐ断ったし……、不思議な人だよ。望月くんは」


 そうだな……。その理由は……、俺にも上手く説明できないから諦めた。

 ただ———。


「運がいい人ですよ。花柳さんは」

「またそれ……」

「すみません、俺にもよく分からないんです。なぜ、こんなことをしているのか」

「でもね、私……望月くんなら…………。えっと……、えっと……、その……やっぱり恥ずかしい! そ、そろそろ寝よう! 望月くん!」

「は、はい……」


 そのまま俺の手首を掴んで、さりげなく部屋に連れて行く花柳だった。

 結局、あれは聞けなかったな。

 まあ、いっか。

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