10 騒ぎ

 月曜日の朝。いつもより三十分早く起きて、花柳より先に家を出ようとした。

 この前、ショッピングモールであの二人と会ったのが気になるから。もし一緒に登校して、またあの二人に一緒にいるのを見られたら、面倒臭いことが起こるかもしれない。この関係は卒業するまで内緒にするつもりだったから、今は花柳が無事に卒業できるように、俺がサポートするだけ。それだけだった。


 そしてあの時の花柳……、すごく怖がっていたような気がする。


「も、望月くん……。もう学校に行く時間なの? アラーム……、まだ鳴いてないのにぃ」

「いつもより早く起きただけです。まだ余裕ありますから」

「そうなんだ……」


 俺のベッドは狭いから一人で寝ても構わないのに……、あれから毎朝同じベッドで朝を迎えるようになった。

 そばから俺の腕を掴んで、体を丸めている。

 こういうの……、嫌いじゃなかったのか? どうして、俺にくっつくんだろうな。


「花柳さんの制服と下着そして靴下は昨日乾かした後、俺のタンスの中に入れておきました。そして起きたらサンドイッチを食べてください。昨夜、寝る前に作っておきました」

「ううん……、ううん…………。分かった……」

「…………」


 寝言を言っているのか、あるいはちゃんと理解したのか、全然分からない。

 でも、すごく疲れているように見えて、それ以上は何も言わなかった。

 そして美味しそうに食べている横髪を耳にかけてあげた後、こっそり家を出た。いつもより少し早い朝が始まる———。


 ……


「千秋〜! いるのか!」


 念の為、学校にいる時は花柳に声をかけないようにした。

 そういう関係じゃないって否定しても、それを素直に受け入れるやつらじゃないからさ。だから……、俺の方から先に何かをする必要はないと思う。花柳がそれを望まない限り———。


 つまり、学校にいる時の俺たちは赤の他人だ。


「どうしたんだよ……。声大きいぞ…………」


 目の前でニコニコしているこいつの名前は加藤かとう大智だいち、俺の中学時代の友達だ。

 そういえば、最近彼女ができたって言ってたよな。

 ちゃんと聞いてないけど、いろいろ俺に相談してたからさ。


「ど、どうした……? 大智」

「俺の……、彼女が可愛すぎてさ……! 今週、一緒にダブルデートしよう!!! どうだ! 千秋」

「いや、断る」

「どうしてだ! お前にも美人の彼女がいるだろ?! 名前が……、そうだ! 井上先輩!」

「振られた」

「…………生きていてすみません、すぐここから飛び降りますのでお許しください」

「ここ四階だから死ぬぞ。大智」

「…………だよな、ごめん」

「いいよ、気にするな」

「いや、まさかそんなことがあったとは……、知らんかった……。俺、ずっと彼女とイチャイチャしてたからさ。あははははっ」

「よかったな、大智。いい人と出会って」

「くっそ! お前、性格良すぎ! やっぱり、学校一の美少女と付き合った恋愛マイスターは言い方が違うな」


 いつもテンションが高いやつだけど、今日はいつもよりもっと高いな。

 やっぱり、恋人ができたからか。


「変なこと言うな。てか、そろそろ彼女のところに行ったら?」

「ああ! そうだな。じゃあ、行ってくるから! そしてさっきは俺が悪かった!」

「いや、気にすんな」


 大智を見ると、あの時の俺を思い出してしまうから少しつらかった。

 思い出すだけで幸せになるからさ、恋人っていうのは……。

 そして二人は同い年だから……、一緒に卒業するんだろうな。


「よっ、千秋。お昼一緒に食べないか? 小林も連れてきたぞ?」

「よっ! 千秋くん!」


 この二人……最近よくくっついているような気がするけど、そしてこの前ショッピングモールで会った時も二人っきりだったよな。それに健斗……ずっと彼女欲しいって言ってたけど、もう相手を見つけたのか。早いな。

 確かに……、小林も可愛いから。応援してるぞ、健斗。


 しかし、気分良さそうに見えるね。二人とも。


「あのね……! 千秋くん……、私聞きたいことがあるけどぉ……」

「望月くん」


 小林が俺に声をかける瞬間、後ろから委員長に声をかけられた。

 タイミング悪いね。


「ちょっと待ってください。小林さん。委員長、どうしましたか?」

「廊下で待っている女の子に、望月くんを呼んでくださいって頼まれたから」

「そうですか、ありがとうございます。委員長」

「うん」

「あっ、小林さん。先に食べてください、ちょっと行ってきますから」

「…………」


 しかし、廊下で待ってるって誰だろう。

 それに委員長……、さっき女の子って言ってたよな。女の子……?


「誰だろう……」


 そのまま廊下に出てきたら、花柳が俺を待っていた。

 しかも、両手に何かを持っている。


「あっ……! も、望月くん! お昼……、食べてないよね?」

「ああ、今食べようとしましたけど……。どうしましたか?」

「えっ!? お弁当作ったの?」

「いいえ、普段は適当にパンを食べますから。そもそもお弁当を作る暇ないんです」

「じゃあ……、お昼一緒に食べない? 望月くんのお弁当も作ってきたからね……。い、嫌だったら食べなくてもいいよ。私一人で食べるから」


 マジか、俺のためにお弁当を作ってくれたのか。優しすぎる…………。

 そんなことしなくてもいいのにな。


「ねえ、千秋くん。何してるの〜?」

「千秋〜」


 すると、あの二人が廊下に出てきた。

 タイミング悪いな……。二度目か。


「あっ、と、友達と一緒に食べていたんだ……。ご、ごめんね。余計なことをして」

「…………」

「じゃあ、私は……すぐクラスに戻るから。あ、あのね! お弁当だけでもいいから……、もらってくれない?」

「ここじゃ目立ちますから、屋上に行きませんか?」

「えっ? 屋上?」

「はい。花柳さんに作ってもらったお弁当ですから。一緒に食べた方がいいと思って」

「でも、友達は……?」


 どうせ、あの二人には二人きりの時間が必要だからさ……。

 だから、邪魔したくなかった。


「健斗! 今日のお昼は小林さんと二人で食べてくれ!」

「えっ? わ、分かった……」

「これで問題ないですよね?」

「早い……! う、うん……! 問題……ない!」

「行きましょう……。それ、俺が持ちます」

「いいよ……! そんなに重くないから、大丈夫!」

「そうですか……」


 そして気のせいかもしれないけど、なぜか人たちの視線が感じられる。

 なぜだろう、よく分からない。

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