9 花柳さんとデート④

 甘いものを食べる花柳の可愛い笑顔を見て満足した。

 その後……、一緒に近所のゲーセンに来ている二人。最初は洋服と下着を買うつもりだったけど、いつの間にか本格的なデートになってしまった。


 やっぱり、誰かと一緒にいるのは楽しいね。

 それだけはちゃんと覚えている。


「嬉しそうに見えますね、花柳さん」


 さっきクレーンゲームで取ったひよこのぬいぐるみ、花柳はずっとそのひよこを抱きしめていた。

 そしてすごく喜んでいる。


「うん……! ありがとう。でも、クレーンゲームをやらせたような気がしてごめんね」

「いいえ。ずっとあのひよこを見ていましたから」

「ごめん……」

「大丈夫です。欲しかったんですよね? それ」

「か、可愛くて……。私ぬいぐるみ好きだけど…………、持ってないから、可愛いぬいぐるみをたくさん持っている女の子がずっと羨ましかったの」

「…………」


 どういうことだ……。

 ぬいぐるみはクレーンゲームじゃなくても普通に買えるはずなのに、どうしてそんなことすら持っていないんだ? 女子高生なら、普通一つくらい持っていると思うけどな。一体、花柳には何があったんだろう。


 あんな些細なことで喜ぶほど、よくない環境で育ったのか。

 でも、俺は聞けなかった。トラウマになっているみたいで……、わざわざ刺激したくなかった。


「そうですか、取ってあげますから。ぬいぐるみ」

「うん……」


 そして家に帰る前に近所のスーパーで買い物をした。

 ずっと一人暮らしをしていたから、うちには食材があまり残ってない。だから、食材や果物、そしてお菓子などをたくさん買って、花柳との暮らしを少しでも豊かにすることにした。


「あのね……! 望月くん!」

「はい」

「私に大切な思い出を作ってくれてありがとう……!」

「別に……、一緒にショッピングをして、甘いものを食べただけです」

「うん……。でも、私一度もやったことないから……、こういうの」

「そうですか、よかったですね。俺も……、楽しかったです。花柳さんと一緒にデートをして」

「うん……!」


 ……


「夕飯を作るまでまだ時間がありますから、少し休みましょう。花柳さん」

「うん……」


 そして部屋着に着替えた花柳が俺のそばに座る。


「ねえ、望月くん」

「はい」

「一つ聞いてもいいかな?」

「はい」

「どうして……、ずっと敬語なの? 私たち同い年なのに……、ため口で話してもいいよ。私もそうやってるし」

「そうですね。でも、これは癖になっちゃって……。すみません」

「そ、そうなんだ……。大丈夫! 人にはいろいろ事情があるからね」

「はい……」


 久しぶりに出かけたからか、ちょっと疲れたような気がする……。

 少し仮寝をします、花柳さん。と言えず、そのままソファで目を閉じた。


「私、好きな人ができたから。別れよう———」

「どうしてですか? 俺……、先輩に会いたくて! ずっと我慢していたのに……」

「…………」

「理由くらい教えてください! 何が……、何が足りなかったんですか! もし、悪いところがあるなら教えてください! 直しますから! 先輩、先輩……!」

「…………」

「どうして何も言ってくれないんですか? 俺……、ずっと先輩のこと好きだったのに、先輩も……! そんな俺を…………」

「…………」

「なんで! 何も言わないんですか……? 先輩は……俺のすべてでした。なのに、どうして……」

「悪く思わないで、千秋はきっといい人と会えるから」

「…………」


 なぜ、俺は何もしなかったんだろう。

 その場ですぐ先輩に聞くべきだったのに、どうして俺は別れた後、こんなくだらないことを考えているんだろう。意味のないことを———。


「せ———、そばにいてください…………。お願いします……」

「…………望月くん?」

「…………」


 その時、花柳の声が聞こえてきた。

 やばい、俺……もしかして先輩の夢を見たのか? ああ……。


「も、望月くん……。あの……、私……そろそろ夕飯を作らないと……。もう九時だよ?」

「…………」

「大丈夫? 望月くん……」


 目を開けた時、俺はなぜか花柳の体を抱きしめていた。

 まずい、どういうことだ……。


「す、すみません……! す、すぐ離しますから! ああ、すみません。花柳さん! 俺……、ちょっと悪い夢を見たようです。本当にすみません」

「ううん……。大丈夫、こっち見て望月くん」

「えっ?」


 テーブルに置いているティッシュで、さりげなく俺の頬を拭いてくれる花柳。

 マジか、俺……。先輩の夢を見て、涙を流していたのか? 情けないな。

 そして花柳も……、こんなことしなくてもいいのに。悪いことをさせたような気がする。本当に……、俺ってやつは。


「あ、ありがとうございます。花柳さん」

「えっと……。わ、私ね……!」

「はい?」

「望月くんのそばにいるから……。えっと……、余計なおせっかいって私も知っているけど、それでもね……! 望月くん、なんか寂しそうに見えて……。わ……、私がそばにいてあげるから! 何かあったら……、すぐ……話しかけてね!」

「…………」


 なんで……、花柳があんな顔をしているんだろう。

 いや、俺のせいか。

 じっと俺を見ているその瞳と頬を触っているその手、先輩も花柳みたいに俺に優しく話してくれたらいいなとそう思っていた。


 てか、花柳……泣きそうな顔をしている。


「ありがとうございます。花柳さん。おかげで少し楽になりました…………」

「ほ、本当に……?」

「はい。そしてすみません、いきなり抱きしめてびっくりしましたよね……」

「ううん……! いいの。夕飯……! 今、作るからね」

「はい。今日もお願いします」

「うん!」


 いけない、もっとしっかりしないと……。望月千秋、しっかりしろ。


「…………」

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