8 花柳さんとデート③

 そしていきなり頭を下げる花柳が、ぎゅっと制服のスカートを掴んでいた。

 よく分からないけど、あの人たちと何かあったのかな? 俺は学校で何が起こっているのかそういうの全然興味ないからさ。それにあの時の反応、小林がめっちゃ驚いていたような気がする。


 そこまで驚く必要はないと思うけど、もしかして健斗に言われたあの噂のせいか。

 まあ、そういう話に興味を持つ年だから仕方ないよな。


「あの……、花柳さん。すみま———」

「ごめん……。私と一緒にいるのをあの人たちにバレて……、私望月くんに迷惑をかけてしまった」

「また、泣いてますね」

「だって……、私……学校にいる時はいつもみんなに避けられて。汚いって言われたり、嫌な目で見られたりするから……。私に優しくしてくれる望月くんに迷惑かけたくなかった…………」


 なぜ、そんなに悲しく涙を流しているのか分からなかった。

 それはただの噂だろ……? それに本人も何もやってないって言ってたし。


「花柳さん、俺を見てください」

「…………」

「あの人たちに嫌われるほど、何か悪いことをしましたか?」

「何も……、何もやってない。本当だよ……!」

「なら、いいです。今日は花柳さんと楽しい時間を過ごすためにここに来ているんです。だから、もう泣かないでください。あの二人のせいでパフェが食べられなくなりましたけど———」

「私! どうせ……、望月くんの話通りにするしかないから。帰る場所ないから。そんなに優しくしなくてもいいよ……」

「俺、話しましたよね? 卒業するまでうちにいてもいいですって、それは……花柳さんのことを受け入れたってことです。決して、上下関係ではありません」

「どうして……、私に優しくしてくれるの? 分からない……」

「花柳さんは運がいい人ですよ。俺と出会いましたから」

「…………」


 優しくしてあげる理由……、正直俺にもよく分からない。

 もし、それを知っていたらすぐ答えてあげたはずだ。なぜか、ほっておけない。その場で無視してもいいのに、俺は君に手を差し伸べた……。そこにはきっと俺には知らない理由があるはず。


 でも、今はそんなこと考えたくない。


「ううぅ……、ごめんね。ごめんね…………。こんな人、初めてだから…………。どうすればいいのか分からない。嬉しい……」

「あの……。ここから10分くらい歩くと、美味しいパフェを売るお店があります。花柳さん、パフェ好きですよね?」

「うん……! 好きぃ!」

「はい。行きましょう」

「…………」


 ずっとあの二人のことを気にしていたのか、さっきと違って顔色が悪い。

 そのままじっと俺を見つめるだけ、花柳は動かなかった。怖いからか、あるいは他に理由があるのかは分からないけど、じっと俺と目を合わせる花柳にしばらく悩んでいた。


 でも、俺に嘘をつくような人には見えないからさ。

 だから、落ち込んでいる彼女の手を握ってあげた。


「え、えっ……?」

「ぼーっとして何を考えていたんですか? 花柳さん」

「あっ、な、何も……! い、行く! 行くから!」


 そう言いながらさりげなく俺の手を握る花柳だった。

 そのままパフェを売るお店に向かう。


「あの……、それ重くないの? 私も持つから」

「大丈夫です。今日は楽しい時間を過ごしましょう、二人で。そしてあの二人にはっきり言わなかった俺が悪いんです。すみません」

「…………望月くんが謝る必要はないよ! 大丈夫!」

「そうですか」

「うん……」


 そう言いながら花柳の方から指を絡めてくる。

 そして俺に笑ってくれた。


 ……


「すみません。メロンパフェとショートケーキ、そしてコーヒー二つお願いします」

「はい!」

「い、いいの……? こんなにたくさん」

「はい。たくさん食べてください。今日はたくさん食べる日ですから」

「う、うん……」


 しばらく席で待っていたら、美味しそうなパフェとケーキが出た。

 すると、両手で口を隠しながらじっと甘いものを見つめる花柳だった。目がキラキラしている。


「食べてください」

「も、望月くんは……? 食べないの?」

「俺は甘いものあまり食べないんで、全部食べてください」

「そ、そんな……。コーヒーだけでいいの? 私だけこんな美味しいのを食べるのはちょっと……」

「じゃあ、こうしましょう。今日の夕飯、お願いしてもいいですか? 俺、料理下手ですから」

「あっ、うん! ま、任せて!!!」

「はい。そしてまだ時間ありますから話しながらゆっくり食べましょう。花柳さん」

「うん……」


 コーヒーを一口飲んで、じっと花柳の方を見ていた。

 よく分からない。あの二人がどうしてそんな顔をしていたのか、いまだによく分からない。そして俺と花柳が一緒にいるのがそんなに不思議なのか? あの二人もデートをしているように見えたけど、大袈裟だな。


「ううぅ…………」

「どうしましたか?」

「そんなにジロジロ見ると食べにくいんだけどぉ……、恥ずかしいし」

「あっ、すみません。俺ジロジロ見てたんですか……」

「だ、大丈夫……。望月くんは……、その……カッコいいからね。別に……嫌じゃないけど、なんか……恥ずかしくてね」

「ああ……、はい……」

「あ、あーん!」


 そしてケーキを俺に食べさせようとする花柳にビクッとする。

 そこまで驚く必要はないと思うけどな、俺。


「いいです……」

「美味しいよ? た、食べてみて!」

「はい…………」


 仕方がなく、そのケーキを食べた。美味しい。


「そうだ……! パフェも甘くて美味しいよ! はい! あーん」

「は、はい…………」


 そしてパフェも食べてしまった。

 うん、これも美味しい。


「あっ、すみません。花柳さんのスプーンとフォーク、店員さんにお願いしますから」

「ううん……! 大丈夫、このまま食べるから」

「でも、それ……」

「気にしない……。美味しい! ふふふっ」


 そのまま俺が舐めたスプーンを使う花柳。

 いいのかよ、それ……。


「はい……」


 美味しそうに食べるその顔を見ていた。

 不思議だな……。一緒に甘いものを食べているだけなのに、なんか……癒されるような気がする。


 花柳はいい人だ。


「はい! あーん」

「ありがとうございます……」

「それはこっちのセリフ……! ありがとう、このパフェとケーキすっごく美味しいよ! ずっと……、食べてみたかった!」

「よ、よかったですね……」

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