5 噂③

 自分が何をしているのかちゃんと知っているのに……、どうしてこんなことをしているのか自分に言い返していた。マカロンとともに買ってきたチーズケーキ。俺は甘いものあまり好きじゃないけど……、女子は普通こういうのが好きってあの先輩にそう言われたからさ。


 てか、やかましい———。

 もしかして、初恋だからか? 本当に面倒臭いな、この感情。


「いつ……、買ったの?」

「ああ、これはマカロン買う時に買っておきました。女子はこういうの好きって、よく言われたので」

「か、彼女かな? 彼女がいるなら、やっぱり私……ここにいられないよね」

「彼女はいません。そこは気にしなくてもいいです。これから俺は花柳さんにいくつか質問をします。よく分からない人をそう簡単にうちにいさせるわけにはいかないので」

「うん……」

「ケーキを食べながらゆっくり答えてもいいです。お茶もあります」

「うん……」


 そばでケーキを食べる花柳を見て、しばらく考えをまとめていた。

 どんな事情だろう。


「そろそろ聞いてもいいですか?」

「うん……」

「まず、帰る場所がないってどういう意味ですか? 名前を聞いて思い出しました。花柳さんは成績がいい人で、いつもクラスで勉強しているのを何回見たことがあります。少なくとも俺にはそんなことで困っているようには見えませんでした」

「うん。あの時は彼氏の家で住んでいたから……、そこで同居したの。でも、今はそこに戻れない」

「どうしてですか?」


 てか、今……彼氏の家って。


「あの人……、無理やりやらせようとしたから。そういうの嫌いなのに、やらないと追い出すって言われたから別れたの。む、矛盾だよね? さっきまで私のこと好きにしてもいいって言ったのに……。でも、実はそういうの無理だよ……」

「その前に、どうして彼氏の家ですか? 実家という選択肢はなかったんですか?」

「さっき私がシャツを脱いだ時……、見たよね? 言わなくても……、分かってくれると思う……」


 要するに、家庭内暴力から逃げて、信頼できる彼氏と同居を始めたけど、あの人の目的は体だったから帰る場所がいないってことか……。ジロジロ女の子の体を見るつもりはなかったけど、あのあざは本当にひどかった。どれだけ殴られたのか分からないほど、たくさんのあざが残っていたからさ。


 そして頼れる親も、彼氏も、友達もいないってことか。それはつらいな。


「今朝は……やっぱりダメだなと思ってメモを残して……。先に学校に行っちゃったけど、ずっと心配でね」

「…………」

「でも、心配なんかしても帰る場所がないから……。私にできるのはあの公園で私のことを大切にしてくれる人を見つけるだけ。お金もないし……」

「そんなところで花柳さんのことを大切にしてくれる人が現れるわけないじゃないですか」

「でも、現れたよ? 今、私の目の前にいる……」

「……大体のことは分かりました」

「わ、私……! ここにいてもいいの? 本当に…………。家事とか! 料理とか! できるから…………」

「はい。まあ……、仕方ないですね。花柳さん、悪い人には見えないし……。その代わりに一つ条件があります」

「うん」

「卒業する時までです。卒業した後は……、この家を出てください。悪い条件ではないと思います」

「わ、分かった……! そうする……! そうする…………」


 そうやって女子との同居が始まったけど、また泣いている……。

 苦手だな、こういうの。

 そして……、俺は本当に何がしたかったのか分からない。なんで……、素直に同居するって決めたんだろうな。


「だから、泣かないでください。そして何もしませんから、ここにいる時は緊張しなくてもいいです」

「やっぱり……、いたんだ……」

「何がですか?」

「運命の相手…………」

「…………」


 そう言いながら俺の袖を掴む花柳だった。


「まあ、そうかも……しれませんね。世の中……、広いし」

「うん……。そしてケーキありがとう。すごく美味しかった……」

「はい。そろそろ寝ましょう。ベッドは花柳さんに譲りますから、遠慮せずそこで寝てください。俺どこで寝ても構わないんで」

「そ、それはダメ! えっと……」

「いいですよ。昨日もそうだったし……、そういえば体調はどうですか?」

「お、おけげでだいぶ良くなった。あの……! 望月くん」

「はい?」

「一緒に……、寝てもいいけど…………」

「そういうの嫌いじゃなかったんですか? どうして?」

「望月くんは……、あんなことしないんでしょ? 無理やり……。そして今は誰かがそばにいてほしいっていうか……、ダメかな……?」


 ぎゅっと袖を掴む花柳の体がすごく震えていた。

 そしてその気持ちを分からないとは言えない。寂しいよな、俺も分かるからさ。


「はい。分かりました。寂しそうに見えますので、そうします」

「ありがとう……」

「そういえば、ずっと俺の服を着るのは不便ですよね? えっと……、花柳さん他の服は持ってないんですか?」

「今は制服だけ……」

「制服だけ……。じゃあ、明日は休日ですから、一緒に買いに行きましょう。部屋着を。そして私服も必要かもしれませんね」

「いいよ……! 今はお金ないから……、そして友達もいないから今のままでいい」

「じゃあ、卒業した後、しっかりと働いて返してください。そこに帰るのは嫌ですよね?」

「それはそうだけど……、ごめん……。そしてありがとう」

「はい。先に寝てください。俺は少し本を読みますから」

「えっと……、寝る時はこっち来てくれるよね?」


 知らないうちに手首を掴まれた。

 そんなに不安なのか……。

 

「はい。安心してください。読んでいた本の次の内容が気になるだけです」

「うん、分かった……!」


 さりげなく花柳に嘘をついて、ソファでスマホをいじっていた。


(健斗) お〜い、寝てんのか? 千秋。

(千秋) いや、まだ。どうした?

(健斗) いい女の子紹介してあげようか? お前、寂しいだろ? ふふっ。


 相変わらず、女子の話ばかりだな。健斗は……。


(千秋) いらない。早く寝ろ。


 でも、健斗が言ってた花柳と少し違うような気がした。

 しょせんそんなもんか、くだらない噂だ。

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