4 噂②

 一応……、花柳を近所のスーパーに連れてきたけど、何を買えばいいのか少し悩んでいた。料理は苦手だから、一人の時は簡単に作れるインスタントしか食べてない。でも、朝から何も食べてない花柳にインスタントを食べさせるわけにはいかないからさ……。まずは買い物かごを持った。


 てか、俺……今までインスタント以外のもの買ったことないよな。

 特に食材とか……、何がいいのか分からない。


 そして後ろでじっとしている花柳、さっきからずっと俺のカバンを掴んでいた。

 こういう時は声をかけてみた方がいいよな。


「花柳さん……」

「うん……」

「食べたいものあります? お金は俺が出しますから」

「どうして……? なんでもいいよ。なんでも食べられるから、気にしないで」


 そう言いながら下を向いていた。


「朝から何も食べてないですよね? そして高校生はちゃんと食べないと大きくなりませんよ?」

「どうして……、私なんかに優しくしてくれるの?」

「ううん……。今まで花柳さんに何があったのか、俺には分かりません。興味もありません。でも、ほっておけないっていうか……。俺は……、花柳さんに何も望んでいません。ただ何が食べたいのか聞いているだけです」

「ど、どうして……? 私と望月くんは赤の他人でしょ?」

「でも、俺のカバンを掴んだのは花柳さんですよね? そしてついてくるって頷いたのも花柳さん」

「そ、それは……。ご、ごめん……。私は…………やっぱり」


 震えている声、そして頬を伝う涙が手の甲に落ちていた。

 一人で生きていくのはそれなりに楽しい。

 でも、よく知らない相手と知らなかった感情を学んでいくのもそれなりに楽しい。それを教えてもらったからさ、先輩に……。俺らしくないな。なぜか、花柳の涙を拭いてあげた……。いいから、俺の前では泣かないでほしい。


 俺は……、笑顔が好きだから。

 笑ってほしかった。


「ただ、一緒にご飯を食べるだけ。それだけです」

「う、うん……」

「そうだ……。花柳さん、料理上手ですか?」

「上手とは言えないけど、できる……」

「夕飯、作ってくれませんか? 俺が作ったら食材がもったいないんで……」

「いいの……?」

「はい。今日は……うちでお腹いっぱい食べましょう」

「うん……」


 ……


「すみません、俺の服大きいですよね?」

「ううん……。ありがとう、また貸してくれて。そして……、マ、マカロンも」

「いいえ」


 買い物を終わらせた後、近所のデザート屋さんでマカロンを買ってあげた。

 すごく疲れているように見えたからさ。

 そして今うちのキッチンで夕飯を作っている花柳。買い物をする時にはすごく悲しそうな顔をしていたけど、料理をしている時は少し楽しそうに見えた。やっぱり、笑う時の顔が可愛い。


 なのに、どうしてずっとあんな悲しそうな顔をしていたんだろう。


「で、できたよ……。望月くん、パスタ……好き?」

「あまり食べたことないんですけど、いただきます」

「パスタ嫌だったら、他の……!」

「美味しいですね! これ……」

「そ、そう……?」

「はい。俺……、誰かが作ってくれた料理は初めてなんで。これ、すごく美味しいです」

「…………あ、ありがとう」

「いいえ、ありがとうは俺の方からぁ……」


 そしてまた……、涙を流す花柳だった。

 こんな些細なことにすぐ涙を流すなんて、何があったらそうなんだろう。俺にはよく分からないことだった。


「どうして泣くんですか? もし、俺が邪魔だったら……居間で———」

「違う……。私が作ったパスタを美味しく食べてくれるのが嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……、涙が止まらない……。私……、本当に嬉しい」

「そ、そう……ですか?」


 隣に置いているティッシュでまた涙を拭いてあげた。

 すると、涙まみれになった顔で俺を見つめる花柳。

 ふと健斗に言われたことを思い出してしまう。どう見ても……、大学生たちに媚びを売るような人には見えないけど。でも、可愛い女の子はあんな噂に巻き込まれやすいからさ。きっと誤解だと俺はそう思っていた。


 そして不安そうに見える花柳の頭にそっと手を乗せる。


「えっ……?」

「大丈夫です。花柳さんに何があったのか分かりませんけど、俺と一緒にいる時は忘れてください」

「…………」


 ちゃんと涙を拭いてあげたのに、その話を聞いてまた泣き出す花柳だった。

 すごく悲しく……、声を上げて泣いていた。

 こういう時は……、何も言わず頭を撫でてあげるしかない。花柳が落ち着くまで、彼女のそばでじっとしていた。


 ……


「ごちそうさまでした。こんな美味しい料理が食べられるなんて、花柳さんに任せてよかったと思います。あ、洗い物は俺がしますから、ソファで休んでください」

「…………」


 そして洗い物をしながら花柳のことをどうすればいいのか考えていた。

 帰る場所がない人を帰らせたら……、また変な人に声をかけられるかもしれない。

 花柳は可愛いし、狙われやすいからさ。だとしても、友達に相談できるようなことじゃないから———。


 そのままお茶を淹れる俺だった。

 いい方法が思いつかない。


「も、望月くん…………」

「はい……?」


 トイレでも行ってきたのかな?

 いや、その前にズボンは? なぜ履いてないんだ? うん?


「あの……」


 そのままソファでゆっくりお茶を飲んでいたら……、いきなり俺の前でシャツを脱ぐ花柳だった。

 やばい、何を考えているんだ。この人は……。

 いきなり裸……? 下着は着ていたけど、俺にとってそれは裸と同じだった。


「な、何をしているんですか!? ど、どうして!」

「私……、望月くんなら……いい。何をされても構わない……。だから、ここにいさせて…………。本当に……、帰る場所がないの」

「…………」

「私のこと……好きにしてもいいよ。何をされても我慢するから……。ここにいさせて、いさせてぇ……」


 俺に抱きつく花柳に、少し考えをまとめていた。

 そして花柳と目を合わせる。


「…………」


 耳も顔も真っ赤になって、涙を流しながら俺の方を見ていた。

 怖いくせに、何が好きにしてもいいよだ……。

 そんなことより……服を着ている時は知らなかったけど、見えないところにもたくさんのあざができている。


 なんだよ……、あざだらけじゃん。


「…………」


 思わず、腹にできたあざを触ってしまった。

 すると、じっと目を閉じる花柳。


「ここ……、痛いですか?」


 こくりこくりと頷く花柳を見て、床に置いているシャツを着せてあげた。


「何もしないから目を開けてください」

「…………」

「花柳さんはここにいたいですか?」

「うん……」

「知らない男と一緒にいたいですか? 変なことをされても平気ってことですか?」


 そのまま花柳をソファに倒した。


「…………」

「本当ですか?」

「…………」


 怖くて、声すら出てこないくせに……。


「まず、俺の前でそんな格好しないでください。そして自分のことをもっと大切にしてください。分かりましたか? 簡単なことですから」

「…………」

「声が出てこないなら首を縦に振ってください」


 すると、すぐ首を縦に振る花柳だった。


「はい。起こしてあげますから、すみません。変なことをするつもりはなかったんですけど、ちょっとムカついて」

「ご、ごめん……。そうしないと……、いさせてくれないような……気がして」

「だから、昨日もあんなこと言ったんですか?」

「うん……」


 考え方がバカみたいで、思わずデコピンをする俺だった。


「い、痛い……」

「変なことを言いましたから、それくらい我慢してください」

「…………うぅ」

「そしてまだ聞きたいことが残ってますから、ここでじっとしてください。まず、甘いもの持ってきます」

「う、うん……」


 やっぱり、あれは聞いておいた方がいいかもしれない。

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