3 噂

 なんか、寝た気がしない。

 それは多分……、先輩のせいかもしれないな。そしてもう少し花柳と話をしたかったけど、初めて会った女子とどんな風に話せばいいのか分からないし、俺は面白くない人だから……そのまま諦めることにした。


 気になるところもいろいろあったけど、余計なお世話だから聞かなかった。

 そのまま朝を迎える。そしてテーブルには「ありがとう」と書かれているメモが置いていた。

 どうやら、先に学校に行ったみたいだな。


「さて……、俺も行こうか」


 あ、その前にやるべきことがあった。

 うっかりしてはいけないこと。


 ……


 先輩の連絡先、イ〇スタ、そして一緒に撮った写真を全部削除した。

 もうそんなのいらないし、未練もないからさ。早く忘れたい。

 だから、先輩にもらったプレゼントも全部ゴミ捨て場に捨てた。できれば、先輩と過ごした時間も捨てたい。それは俺が頑張って忘れることだと思うけど、それでも上手くできないからさ。


 もう俺には何も言ってくれない。

 そして俺はブロックされたから。


「よぉ〜、先輩とのデートは楽しかったのか? 千秋」

「ああ、うん。振られた」

「そっか、やっぱりたのしぃ———。えっ? 振られたのか!? ええ!!!?!」

「おい、健斗けんと……。声大きい」

「あっ、ごめん」


 友達の澤田さわだ健斗けんとと廊下を歩きながら先輩の話をしていた。

 井上いのうえ先輩のことは健斗もよく知っている。同じ部活だったからさ。それにこんな話ができる人、健斗以外いないし。こうやって友達に話すと少しは楽になるような気がして、思わず弱音を吐いてしまった。


 まあ、俺の話を聞いてくれるだけで、十分だったから———。

 それ以上のことは望んでいない。


「マジかよ? なんで、別れたんだ……? 理由、聞いてもいいか?」

「好きな人ができたって言われた」

「マ、マジかよ……。素直に話してくれてありがたいとは言えないよな。うわぁ、いろんな意味ですごい先輩だな。まあ、でも……あの先輩美人だから仕方ないか。むしろ、お前にあの先輩と付き合うようになったって言われた時、俺びっくりしたぞ」

「確かに、俺もそうなると思わなかったからさ。まあ、いいよ。もう、気にしないから。話を聞いてくれてありがとう」

「頑張れよ」


 その時、向こうから花柳が歩いてきた。

 そういえば、隣クラスだったのか? 全然知らなかった。

 そして風邪は完全に治ったみたいだな。


「おいおい、見たか? 千秋!」

「何を?」

「花柳小冬のこと!」

「えっ? 知り合いか?」

「お前……、本当に知らないのか? うちの学校で超有名な〇ッチだぞ。俺もクラスの女子たちに聞いたけど、花柳……大学生たちに媚を売ってそれを相手の彼女にバレてめっちゃ殴られたらしい……。それに〇〇活もやってるってさ」

「そうか」


 体にできたたくさんのあざは、あの人たちに殴られたからか。

 あっ、思い出した。花柳小冬は……成績順位一位の人だった。


「顔はいいけどな〜」


 まあ、確かに……可愛い女の子ってことは否定できない。興味はないけど……。

 そして先輩と同じ黒髪ロング……、小さくて細い体。大きい瞳。思わず、花柳の方を見てしまった。やっぱり……、俺どうかしている。


 昔は……恋とか、女子とか、そういうの興味なかったのにな。

 バカみたいだ。

 

「千秋? お〜い、千秋?」

「あっ、うん……。ごめん、ちょっとぼーっとしてた」

「狙うなら俺も花柳みたいな女の子がいいと思うけど……、やっぱり〇ッチはあれだよな。顔はめっちゃ可愛いけど、惜しい〜」

「お前も彼女作りたいのか?」

「当たり前だろ? まあ、俺は千秋と違ってカッコよくないからさ。頑張らないといけないんだよ〜」

「お前も十分カッコいいから、頑張れ。健斗」

「それは嬉しいな。おう!」


 当たり前のことだけど、廊下で花柳と目が合っても俺は声をかけたりしない。

 でも、〇ッチとか、俺にはそう見えなかった。

 俺の前であの話をする時も、泣きそうな顔をしていたし。どっちかって言うと、やりたくないけど、やるしかないって感じだったからさ。なんか全部諦めたような表情をしていた。


 ……


 そして放課後……、先輩と別れた俺は何をすればいいのか悩んでいた。

 前にはカフェでいろいろ話して暇つぶしをしてたけど、今の俺にできるのは勉強やバイトくらいだった。

 急に人生がつまらなくなった気がする。


「だから、一緒に遊ぼうよ〜。帰る場所ないならうちで寝てもいいぞ? 俺の部屋広いからさ」

「…………」

「それってオッケーってことかな?」

「離して……」

「ええ〜? いいじゃん。一緒に行こう。うち広いからさ、きっと楽しいはずだからさ!」

「は、離して!」


 帰り道、なぜか目の前に花柳がいた。


「行こうよ〜」


 てか、なんで花柳があんなところでナンパされてるんだ……?

 あ、そっか。ここ、あの公園だったか……。あんなところでじっとしていたら、誤解されるのも無理ではないよな。

 そんなことより、帰る場所がないってことは本当だったのか?


「行こう」

「離して……! 嫌だ!」


 あいつ……花柳の手首を掴んで、無理やりどっかに連れて行こうとしている。

 やっぱり、助けるしかないか……。


「おい、人の女に手を出すんじゃねぇよ。何してるんだ、お前……。いい年して、高校生に手出すのか? 気持ち悪いんだけど?」

「はあ? 彼氏いたのかよ……」

「そうだけど、問題あんのか? そしてその汚い手で人の女を勝手に触んなよ。クズが……」


 そう言いながらあいつの手首を掴んだ。


「くっそが……、分かった! 分かったよ!」


 騒ぎを起こしたくなかったのは向こうも一緒だったのか。そしてここは見る目が多いからさ。てか、成人男性が制服を着ている女子高生に声をかけるなんて。やっぱりここは危険だな。


 舌打ちしてすぐ花柳のことを諦めたけど、なぜかため息が出る。

 また、余計なことをしてしまった……。


「ありがとう……」

「いいです。どうしてここにいるのか分かりませんけど……、ここは変な人多いからすぐ家に帰ってください」


 そしてカバンを掴む花柳が、俺を行かせてくれなかった。


「どうしたんですか?」

「…………」

「話したいことでもありますか? 二分待ちます」


 すると、花柳の腹から恥ずかしい音が聞こえてきた。


「あっ……」

「そういえば、今日……お昼食べましたか?」


 頭を横に振る花柳に俺は今朝のことを思い出す。

 確かに、すぐ学校に行っちゃったし……。帰る場所がないってことは多分……お金もないってことだよな。


 こんなところで一体何をしていたんだ……?

 まさか———。

 いや、今はあんなことどうでもいい。俺のカバンを掴んでいる花柳をどうすればいいのか、先に解決するべきことはこれだ……。


 でも、やっぱり……連れていくしかないよな。


「…………」


 ちらっと花柳のあざを見た。

 やっぱり、見間違いじゃなかったんだ……。あれ。


「じゃあ、うち……行きますか?」


 そして花柳はその話を待っていたようにこくりこくりと頷いた。

 でも、どうして俺の前で泣き出しそうな顔をしているんだろう。


「はい。えっと……、まずは買い物をしましょう。うちの冷蔵庫に何も入ってないんで」

「うん……」

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