2 失恋と出会い②

 少し仮寝をするつもりだったけど、いつの間にか夜の九時半になってしまった。

 びっくりして体を起こした時、すぐそばにいる彼女に気づく。

 真っ暗な家、彼女は膝を抱えたままその場でじっとしていた。そして雨は止まず、ずっと降っている。この雨はいつまで降るんだろう。静かな家で聞こえてくるのは窓を叩く雨の音だけ、俺たちの間には静寂が流れていた。


 てか、なんとか言わないと。

 その前に……、起きているのかどうかよく分からない。


「あの……」


 そう言いながら肩を叩く時、すごく震えている彼女の体に気づいた。

 そして息も荒い。


「はあ……、はあ…………」

「だ、大丈夫……、ですか?」

「…………」


 急いで電気をつけたら……、真っ赤になった顔ですごく震えている彼女がソファに寄りかかっていた。お風呂入って、その後ココアも飲んだのに……ダメだったのか。そういえば大雨の中で傘も差さずにじっとしていたからさ、着ている制服もびしょ濡れになったし。風邪にひくのも当然だよな。


「うぅ……」


 声が出てこないように見える。

 これはまずい。


「すみません、ちょっとだけ……ひたいを触ります」

「…………」


 やっぱり、熱がある。これはやばい。

 いや、熱があるなら普通に声をかけてもいいのに……、ずっと我慢していたのか。

 その後、彼女はすぐ床に倒れてしまった。


「大丈夫ですか?」

「帰る……から、カバン……と制服…………」

「いや、熱あるから今はゆっくりしてください。それに雨もまだ降ってますし」

「はあ……、気にしないで。どうせ、私なんか……どうなっても…………いいから」


 彼女の話通り……、俺は彼女がどうなっても構わない。

 最初から知らない人だったから、ここで乾かした制服とカバンを渡してそのままバイバイするのもできる。前の俺だったら、きっとそうしたはずだ。でも、自分のことをどうなってもいいって言っている人を、熱で床に倒れている人を、そのまま行かせるのは無理だった。


 面倒を見るのは得意じゃないけど……、まず倒れている彼女を持ち上げた。

 すごく軽い。軽すぎてびっくりした。


「やめてぇ……。離してぇ……、離し…………。帰るから…………」


 力のない声で精一杯抵抗している彼女を無視して、俺のベッドに連れて行く。

 そして布団をかけてあげた。


 なんか、すごく怖がっているような気がするけど……。気のせいかな。

 一応来る前に何もしないって言っておいたけど、いきなり体を持ち上げたからひっくりしたかもしれない。

 とはいえ、熱がすごかったからさ。


「…………」

「うち来る前に言ったと思いますけど、変なことはしないって。それに熱出てる人をそのまま行かせて、もし外で倒れたら……責任を取るのは俺ですよ?」

「…………」

「そこでゆっくりしてください」


 そのまま部屋の電気を消して、夕飯を作ることにした。

 おかゆとかあまり作ったことないけど……、一応作ることにした。

 てか、俺が女子のためにおかゆのレシピを調べているなんて……不思議だな。先輩と付き合っていた時も作ったことないおかゆを。でも、普通のおかゆじゃ足りないって気がして、なるべく美味しそうなやつを作ることにした。


 面倒とか、得意じゃないけど……。

 彼女の面倒を見て……、少し楽になりたかったかもしれない。一人だったら、きっといろいろよくないことを思い出したはずだからさ。

 うん、きっとそうなったはず———。


 今更だけど、振られた理由がバカすぎて忘れられないな。

 好きな人ができた……か。


「あつっ!」


 時間は夜の十時二十二分、そろそろ彼女を起こしておかゆを食べさせないと……。


「…………えっと。あ、名前をまだ聞いてないな。起きてください……。夕飯を食べましょう」

「…………あ、ありがとう……」

「そして風邪薬もあります」

「…………」


 それから黙々とおかゆを食べ始めて、俺はしばらく床でスマホをいじっていた。

 すると、後ろから泣き声が聞こえてきてビクッとする。


「ど、どうしましたか?」

「美味しい……、温かい…………」

「そうですか? よかったですね。泣くほどじゃないと思いますけど……」


 さりげなく彼女の涙を拭いてあげた。

 詳しい事情はよく知らないけど、きっといろいろあったはずだから……。

 そして食べ終わった茶碗とカップを片付けた後、しばらく彼女のそばでじっとしていた。やっぱり……、この状態で帰らせるのは無理だよな。それに帰る場所がないって言ったけど、それはなんだろう。


 家出ってこと……?


花柳はなやぎ小冬こふゆ……」

「はい?」

「わ、私の名前……。花柳小冬…………だから」


 花柳小冬……。俺、この名前……聞いたことあるかも。


「ああ、そうですか。俺は望月千秋です」

「風呂も、服も、夕飯も……全部ありがとう……。そして帰るから…………。本当にありがとう」

「いいです。今日はうちでゆっくりしてください」

「いい……の?」

「はい、雨もまだ降ってますし……。一日くらいなら…………」

「私……、何すればいいの? なんでもするから……」

「はい……? どういう意味ですか? それ」

「望月くんは男子だから……、男子の好きなことをするの…………。ここまで言ったら普通分かるよね?」

「はい……?」


 何を言っているんだろう、花柳は……。

 いきなりそんなことを言う理由が分からない。


「私のこと、好きにしてもいいってこと…………。どうせ、行く場所ないから……」


 また、それを言った。行く場所がないって、やっぱり家出したのか。

 そしておかゆと風邪薬のおかげである程度回復したみたいだ。


「好きにしてもいいってどういう意味ですか?」

「えっ……?」

「もし、さっき話したのが猥褻行為ならそういうの興味ないです。なんで俺がよく知らない人とあんなことをしないといけないのか分かりません。そして自分のことを大切にしてください。部屋に連れてくる前に言いましたよね? 俺は変なことしないって」

「うん……」

「今日はうちでゆっくりしてください。そして風邪ひいた人を追い出したくなかっただけです。気にしないでください」

「うん……」


 そのままじっと俺を見つめる花柳に、俺は何も言わず電気を消した。

 そして花柳に何があったのか少し気になってしまう。俺もあまり見たくなかったけど、どうして首と腕のところに紫色のあざがたくさん残っているんだ……? 全然気づいていなかった。


 まるで、誰かに殴られたような……。

 それにどうして泣きそうな顔をしているんだろう。よく分からない。


「俺は居間で寝ますから……、おやすみなさい」

「うん……」


 でも、その理由は聞かなかった。

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彼女に捨てられた俺は、雨降る道端で君を拾う 棺あいこ @hitsugi_san

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