親の心



「え、海っすか」


紅粉屋妃紅は八峡義弥の隣に座り、八峡の顔を見る。

テーブルの鉄板で焼かれるお好み焼きをひっくり返そうとしていた彼女は突然の話題に呆然とした。


「あぁ、お嬢…贄波の娘さんがな、別荘持ってるから遊びに来いってよ」


「でも、ウチが言っても大丈夫なんすか?」


「あぁ、一年生だとコイツらも来るし、ワン子も来ると思うぜ?」


「ワン…?あぁ、しおりんすか」


「え、なに、ワン子の事しおりんって呼んでんのかよ、…まあいいや、そんで、来るのか?」


八峡義弥が伺う。

紅粉屋妃紅は首を縦に振った。


「行きたいっす」


「じゃあ決まりだ」


紅粉屋妃紅も別荘へ行く事になったが。

厨房からお好み焼きのタネが入ったボウルを持ちながら飛んで来る中年の姿があった。


「ひ、妃紅ぉ!」


「うわ、汚ねッ!」


勢い余ってボウルからお好み焼きのタネが外側に座る界守愁の服に掛かる。


「お父さんはそんな勝手な事、許しませんからねぇ!!つーか、あれだッ!うちの妃紅は今週野球を観に行く事になってっから」


「そんな約束してねーし、勝手な事言うなし、親父ッウチが何しようが勝手だし!引っ込んでろッ!」


口悪く紅粉屋妃紅がそう言うと、店長はショックのあまりその場に塞ぎ込んでしまう。


「ひ、妃紅が反抗してるぅ…お母さんが見たらきっと怒るぞぅ!」


「ママ…おフクロならきっと行ってこいって言うし、つか、これを機会に子離れしろし、マジで」


紅粉屋妃紅が若干の恥ずかしさと怒りを露わにしながら言う。

その間に、ヘラを器用に使ってお好み焼きをピザの様に切る月知梅が皿に乗せて八峡に渡した。


「どうぞ、八峡さん、食べ時ですよ、ささ、この箸を」


「お、悪いな」


八峡義弥が月知梅瑞稀から手渡されたお好み焼きを箸で食う。


「…おぉ、豚玉うまいわ、やっぱお好み焼きっていやァこの〈べにや〉だわ」


「あ、あざます、先輩、そう言われると嬉しいっす」


(八峡さんが僕が手渡したお好み焼きを食べていらっしゃる…後で八峡さんの割り箸、回収しましょう)


紅粉屋妃紅がお好み焼きを褒められ、照れ隠しの様に帽子を深く被る。

月知梅瑞稀は八峡義弥がお好み焼きを食べる様を見て悦に浸っていた。


「あークソ、このタンクトップお気に入りなのによぉ…」


「あ?なんだよ愁、タンクトップか?俺も持ってるからよ、お古で良かったらやるぞ?」


「え、えぇ!?マジっすか!!」


「あ、あとさ、お前ピアスしてたよな。俺、もう使わねぇし、お前が良かったらやるよ」


「マジっすか、あざますッ!先輩!!」


お好み焼きを食べながら会話が弾む。

憧れの先輩からお古が貰える事に喜々としながらお好み焼きを喰う界守。


「…しぃ」


「あ?んだよげっちば…ぃ」


(八峡さんの御下がり、お恵みを貰えるだなんて…羨ましい、妬ましい…界守くん、これ程まで、君に嫉妬を覚える事なんて、後にも先にも無いでしょう……)


爪を噛みながら憎悪が渦巻く視線を界守にぶつける月知梅。


「怖ェーよ、こっち見んじゃねぇ変態、飯が不味くなるだろうが」


界守が青筋を立てながらそう言う。


「分かった…妃紅」


そして、数分も塞ぎ込んでいた〈べにや〉の店長が立ち上がる。

ふらつきながらも、しっかりとボウルを握りながら。


「何が分かったし…」


「お前の海へ行く事、それは認めよう…だが、その代わりに条件がある…」


そうして店長が親指を立てて、それを自らに指した。


「俺も連れていけェ!」


「連れてかねーしッ!」


「折角の旅行なのに、親同伴とかマジでねーし!!」


ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるお好み焼き店〈べにや〉。

八峡義弥はその喧噪を心地よいと思っていた。

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