後輩を誘う

人間には陰と陽で形成されている。

片方が多く無く少なくも無く、極めて均等で成り立つのが陰陽、または両儀である。

その陰陽の何方かに傾けば物質は成り立たなくなる。

陰陽術式〈均整両儀〉は、陰を人体の傷と見立てる事で、陰陽との均等を取る様に調整する術式だ。

例えば、人間の肉体が陰陽を五分五分にする事で成り立っているとすれば。

外部からの干渉、傷を受ける事で陰が増加してしまい、陰陽の均衡を崩してしまう。

傷が増えれば増える程、陰側に偏り、最終的に死亡してしまう。

〈均整両儀〉はその増えた陰を調整し、偏りを無くす。

偏りが無くなれば、陰陽は均衡を保ち、肉体に受ける傷害は癒されると言う理屈で成り立っている。

月知梅瑞稀は数少ない回復系統の術式を扱う祓ヰ師として重宝されているが。

彼の人生は壮絶だ。

その能力故に誰にも必要とされず、それどころか迫害まで受ける程に。

そんな彼を救ったのが、八峡義弥だった。

以来、月知梅瑞稀は、八峡義弥に熱烈な崇拝思想を持つようになる。

月知梅の術式によって肉体を回復させた八峡は、約束通り、後輩たちにジュースを奢るのだった。


「八峡さん、ありがとうございます」


月知梅がそう言って八峡から手渡された缶ジュースを握って頭を下げる。

彼の手にはビニール手袋が嵌められており、八峡から受け取ったジュースを飲もうとはしなかった。


(まさか、八峡さんからお恵みを受けるなんて…今日は二つも収穫がある、素敵な日だ)


そう思いながら缶ジュースを掲げて恍惚な笑みを浮かべる月知梅。

そんな独りよがりな姿を見ては気味悪がる界守は八峡から貰ったジュースを飲んでいた。


「聞いて下さいよ先輩」


「昨日、うちの姉に言われたんすけど」


「あ?どしたよ」


八峡義弥は椅子に座って缶珈琲を飲む。

界守愁の姉とはつまり、界守綴の事だった。


「明日、雇い主と海に行くから荷物を車に詰め込むの手伝えって言ってるんすよ、俺は別に関係ねぇのに、しかも小遣いすらくれないんすよ、完全にタダ働きじゃないすかッ!もう、最悪っすよ、クソッ」


あの下ネタ全開姉貴などと自らの姉の悪口を言いながらジュースを飲む。

八峡義弥は缶珈琲に一口、口を付けると。


「あぁ、海か、それ俺も行くんだよ」


「マジッすか!?うわッ、羨ましいっすね、お土産買って来て下さいよ」


と八峡義弥に懇願する。

しかし八峡義弥は何か考えている様子だった。


「…お前らも来るか?俺からお嬢に言っといてやるよ」


「えッ、マジっすか!本当に良いんすかッ!海ッすよ!海ッ!」


「あぁ、イヌ丸がワン子も連れて行きたいって言ってたし、他の一年も誘おうと思ってたしな」


永犬丸統志郎は妹想いの兄だった。

前から、統志郎は永犬丸士織を連れて行きたいと言っていたので、八峡が事前に贄波璃々に話を付けていた。

別荘地は広く、部屋も無駄に多くある為、クラス単位では無ければ数人程増えても問題無いらしい。


「ワン子、あぁ、永犬丸ッすか、うわッでもマジ嬉しいッす、本当に良いすか?もう帰ったらすぐ準備しますよ、俺」


「任せろ、つっても、別荘まで現地集合だけどな」


「大丈夫ッす、俺、自転車で行きますんでッ!」


ハンドルを握ってペダルを漕ぐ素振りをする界守愁。

流石に長距離を自転車で行くには難しいだろう。


「僕も宜しいんですね?」


「あぁ、来いよ瑞稀、一緒に楽しい夏を凄そうぜ?」


八峡の何気ない一言でも。

月知梅に取っては感嘆に入り浸る神託に等しい。

天を仰ぎ、八峡義弥の言葉を脳裏に反復させて悦に浸る。


「ご、ご一緒させていただきまぁああすッ!(あの八峡さんと、一緒に旅行ッこれは夢か、あぁ、なんて素晴らしい日なんだッ!)」


天を仰ぎ過ぎて海老反りする月知梅を見て界守は八峡義弥に耳打ちする。


「先輩、あの変態は連れていかない方が良いッすよ、あれはガチもんの変態っす」


その言葉が聞こえていたのか。

海老反りからゆっくりと体を戻すと目を細めて笑った。


「界守くん、先輩の印象を悪くさせる様な言い方は止めてくれませんか?僕は、あくまで先輩を尊敬してるだけなのですから」


「ハンカチをジップロックで持ち歩くテメェが言うセリフかコラァッ!」


変態に対して厳しめな界守が月知梅にキレながら突っ込んだ。

そんな二人を見て、八峡義弥は楽しみで楽しみで仕方が無いと思っていると勘違いしたらしい。

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