訓練終わり
「今日は此処までにしよう」
「あ、ぁざッ、したッ……」
夏だと言うのに暑苦しいコートを着込む贄波教師が涼しい顔で言う。
本日の訓練を終えると八峡義弥はボロボロの状態で歩き出した。
贄波璃々の避暑地へ遊びへ行くのは明日。
八峡義弥が待ちに待ったバカンスだった。
「ざ、けんな…クソッ式神総動してんのに傷一つ無いとかウソだろッ〈忠僕〉まで使ったのによッ」
八峡義弥は後ろを振り向く。
グラウンドは亀裂が走り、地割れが起きていた。
あれを元に戻すのは至難だろうが、明日になればどんな状態でも元に戻るのがグラウンドだ。
一体誰がグラウンドを元に戻すのかは分からない。
八十枉津学園七不思議の一つに入る程だった。
「保健室、行くか」
八峡義弥はボロボロの体を引き摺りながら、保健室へと向かう。
丁度その道すがらに、人と出会う。
銀髪の髪を短く切り、その上にタオルを巻いたタンクトップの男だ。
その目線は軽く人を殺してそうな威圧さがある。
「おう、愁か」
八峡義弥と知り合いの様子だ。
名前を呼ばれた男が八峡を睨むと、両腕を後ろで組んで頭を下げる。
「先輩ッ、おはざっす!」
そう言って八峡義弥に挨拶をする。
彼の名前は界守愁。
界守家の長男であり、あの界守綴の弟に当たる人物だ。
「先輩、今日も訓練すか」
界守がそう言って八峡を見る。
その姿から察したのだろう。
「おう、もう満身創痍だわ」
そう言って自虐気味に笑う。
疲労が溜まってるのか八峡が少しよろめいた。
「危ねッす先輩、俺の肩に捕まってて下さいよ、なんなら保健室にまで運びますんで」
見事な忠義ぷりだ。
界守愁は八峡義弥に頭が上がらない存在になっている。
優秀な姉と出来損ないの弟として比べられていた愁は荒んでいた。
学園へ入学しても、界守愁は手の付けられない悪ガキであったが。
八峡義弥が彼をシめた事で改心し、以来八峡義弥の舎弟的存在としてリスペクトしていた。
「大丈夫だって、おら、此処であったのも何かの縁だ、ジュース奢ってやるよ」
「いや、先輩ッ、先に体を見て貰った方が良いっすよ」
「大丈夫だって、おら、行くぞ」
そう言って八峡義弥がふら付きながら界守愁を連れて学校の中にある休憩室へと目指す。
校舎の中に入ると、涼やかな風が熱気をさらっていった。
校舎内は術式なのか、それとも空調が効いているのか、涼しく感じられる。
八峡義弥は外の熱気から解放されて、重苦しい息を吐いた。
「あァ、涼しいわ」
「涼しいっすねェ」
八峡の体から熱と共に汗が流れ出る。
その汗を手の甲で拭こうとした最中。
にゅっと、後ろから手が伸びた。
「どうぞ、八峡さん」
その手にはハンカチが握られている。
八峡がそれを受け取って汗を拭くと。
「悪いな、愁」
「え?俺じゃないっすよ」
界守愁がハンカチを見て首を振る。
「じゃあ誰んだ?」
「僕ですよ」
そして八峡が横を見る。
線の細い、女の様な雰囲気を醸し出す男子生徒が隣を歩いていた。
「お疲れ様です、八峡さん、お怪我をされている様子ですね、僕が治療を施しましょうか?」
と目を細めて柔らかく笑みを浮かべる。
その際に彼の泣き黒子が少し動いた。
「あぁ、瑞稀、これお前のか」
そう言って、八峡義弥は彼の名前を呼ぶ。
現代では珍しい陰陽術式を扱う青年だ。
陰陽術式を使役して、人体の怪我を回復させる〈
「悪いな、ハンカチ」
「洗って返すわ」
八峡がそう言ってハンカチをポケットに入れようとすると。
「いえ、別に構いませんよ、それは僕がいただきます」
「…そうか?本当に悪いな、あ、お前もジュース、奢ってやるよ」
そう言って八峡義弥がハンカチを渡す。
月知梅は何故かビニール手袋をした手でそのハンカチを受け取った。
「ありがとうございます、八峡さん、お言葉に甘えさせてもらいますね」
「おう、甘えろ甘えろ」
先輩風をふかしながら、八峡義弥が休憩室へと向かう最中。
月知梅は、八峡の汗が染み込んだハンカチを、自前のジップロックへと入れる。
「…ふふ、コレクションが増えました…」
微かに笑いながら、月知梅がそのハンカチを愛おしく見つめる。
そしてそんな月知梅の姿を、ドン引きしながら界守愁が見ていた。
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