お嬢の荷物持ち


(一ヵ月程)

(京都で畏霊を調伏したが)

(それでも)

(俺の術式は未完成)

(五つしか式神が居ない)

(空きは三つ)

(仁・智・信)

(未完成であるが故に)

(他の畏霊を調伏する事が出来る)

(つまりは)

(これから先は俺次第)

(この術式を強くするも弱くするも)

(俺の手が掛かっている)

(さて)

(どうなるかね)


八峡義弥は自らの左目に触れる。

彼の紫色の宝珠は。

式神を操る為に必要な代物。

または、式神を召喚する際に必要な触媒。

これが無ければ、八峡義弥は術式を使う事が出来ない。


(………あ、やべ)

(考えてたら、眠たくなって来た)

(……いいや、別に)

(寝よ……)


そうして八峡義弥は二度寝する。

次に起きた時には昼前だった。






6月が終わり。

季節は夏。

蒸し暑い日が続く7月の上旬となった。

この日は、八峡義弥は贄波璃々と共に外へ繰り出している。

デート……ではなく、これはバイトだ。

金欠となった八峡義弥が、贄波璃々の荷物持ちをするバイト。

一日中贄波璃々の荷物持ちをするだけで一万円が支給される。

昼食は贄波璃々が払ってくれるので、実質、贄波璃々が金銭面に関して受け持つデートの様なものだ。


「ほら、急ぎなさいな、荷物持ちとして雇ったのだから、荷物持ちとしての役割をして貰わないと」


贄波が財布を持ちながら八峡に言う。

八峡義弥の体にはブランド品の紙袋がぶら下がり、両手に持つ靴箱は軽く塔の様に築いている。

一つだけならば其処まで重たくは無いのだろうが。

塵も積もれば山となる様に、ブランドの山が八峡に圧し掛かっている。


「ゼェッ、ゼッ!」


「もうバテたのかしら?仕方が無いわね……喫茶店、もう少しだから其処で休みましょうか」


そうして、八峡義弥と贄波璃々は喫茶店〈雨の日の午後〉にて休憩するのだった。


「だらしないわね、八峡」


贄波璃々が荷物を椅子に置く八峡に言う。

八峡義弥は椅子に座ると荷物持ちにしてはあり得ない事を言う。


「こんな暑い日に荷物持ちやらせるとかねーわ!汗ダラダラだしよォ、熱中症で死ぬわ!」


「荷物持ちとして失格ね、貴方」


二人が会話をしている合間。

フリフリなゴスロリ服を模した給仕服を着用した店員がメニューを伺いに来る。


「あ、お兄ちゃん!」


投刀塚なたづか家の次男坊である璋が、八峡を見てそう言った。

投刀塚あさひは女装癖があった。

それは風習として女装していた名残である。


「おう、旭」


「あ、お兄ちゃん、どうしたの、その目」


「あ?あぁ、お前と御揃いだな」


「ん?あ!そうだね!えへへ、お兄ちゃんと御揃いだぁ!」


彼もまた眼帯をしている。

しかし八峡義弥の様に目が潰れている訳では無い。


「あ、はいどーぞ!お冷でーす!」


そう言って投刀塚旭が八峡と贄波の前に冷えた水を出す。


「お、悪いな」


「どうも」


八峡はガラスコップを一気に飲み干す。

カラン、とコップの中にある角ばった氷が積み重なる。

贄波璃々は八峡の様に一気には飲まず、数量の水を口の中に含んで飲んでいく。


「あれ?お兄ちゃん、今日はデートなの?」


投刀塚旭は純粋な思いでそう聞いた。

その直後、贄波璃々が口元に手を抑える。


「くッふっ」


「あ、おい、大丈夫かよ、お嬢」


噎せ返る様に咳き込む贄波璃々は。

その無様な姿を見せない様に手で口を覆っている。


「あ、貴方っ私が、この男とデートだなんてっ」


そう慌てふためきながら投刀塚旭に食って掛かる贄波璃々。

その表情は、何処か頬が赤くなっている。


「照れんなよお嬢」


「て、照れてないのだけれど!と言うか、貴方と付き合ってるなんて他の人に聞かれたら、贄波家の沽券に関わるわ!」


そう言って、贄波璃々はハッとした表情をする。

それは八峡義弥が一般家系からの排出であるが故に。

祓ヰ師としての家系差別の様なものだった。

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