合掌

八峡義弥は術式を完成させて新たな式神を召喚させた。


「〈考跋こうばつ〉」


四つん這いの蛙の見た目をした式神。

それを牛の畏霊に標準を合わせる。


「イヌ丸ゥ!畏霊を動かすなァ!胴体か首を狙うぞォ!」


八峡が叫ぶ。

永犬丸がその言葉を聞いて頷いた。


「了解した、我が友よ」


牛の畏霊が永犬丸を叩き潰そうと棍棒を強く地面に叩き付ける。

永犬丸統志郎は俊敏さによってその攻撃を回避。


「私に出来る事ある?」


「いや、イヌ丸がやってくれる」


周囲を回る様に移動し、永犬丸が牛の畏霊の両足に爪を奔らせた。

スパリと牛の畏霊の足筋を切り裂くと、牛の畏霊は膝を突いて氷の地面に倒れる。


べ――!」


八峡がそう口走り、永犬丸が其処から離れた。

そして八峡の言葉に感化する様に、式神・考跋が勢い良く飛び出る。

そのまま倒れ込んだ牛の畏霊の頸部及び頭部に被り付くと胴体と首が見事に離れた。


「……うしっ」


胴体から黒い体液が噴出。

ひと一人抱えるのがやっとな大きな首が転がった。

嵐の如く荒れた畏霊は活動を停止してそのまま地面に体を沈める。

畏霊の身体が黒い塵と化す。

物事の結末、死が訪れた。

完全に消失するまで数分。

幽世は崩壊しかけていた。


「仕事は終わった…戻ろうぜ」


八峡義弥はそう言って脱出を試みるが。


「……」


葦北が手を合わせている。


「あ?どした」


八峡義弥がそう伺いながら葦北に近づいた。

葦北は八峡の顔を見るが、すぐに顔を背けて再び手を合わせる。


「八峡ってさ」


「あ?」


「念仏唱えれる?」


「俺、無宗教」


「だよね」


葦北はそう言った。

八峡義弥は何となく理解出来た様子。


「この幽世で死んでしまった人に手を合わせてるの、遺体は回収されず、幽世と共に消えていく」


幽世は畏霊が作り上げた異空間だ。

畏霊が消滅すれば必然的に幽世も消滅する。

その際に、内部に含まれる全ての物質も諸共にだ。


「それが摂理だな、少なくとも、この幽世じゃあよ」


「私が手を合わせた所で…きっと自己満足とか、偽善とか、そう言われるかも知れないけど…遺体は幽世ここに置いて、遺族の人たちは、大切な人の前で手を合わせる事も出来ない…孤独なまま死んでしまった人なら、猶更」


「だから変わりに合掌してんのか」


「うん、だからもう少し…このまま、念じてても良い?」


葦北が八峡を見る。

八峡義弥は首筋に触れる。

式神・悌冰が触れていた箇所は霜焼けが出来ていた。


「お前の悔いが残らない選択をすれば良いさ、胸に残る後悔は、辛いしな」


八峡義弥はそう言って。

葦北と共に、手を合わせる。

そんな八峡義弥の姿を見て、葦北は意外そうな顔を浮かべたが。


「―――」


「―――」


何も言わず、合掌をする。

数十秒ほどの祈りを捧げて。


「良し、帰るか…イヌ丸、帰るぞ」


「あれ、そういえば…トシくんは何処に居るの?」


葦北静月が永犬丸統志郎の所在を気になりだした。


「あぁ、あそこ」


八峡が指差す場所には、牛の畏霊の亡骸があった。

消滅するのに時間が掛かっているのだろう。

未だ牛の畏霊の肉片が残りつつある。

その肉片に、永犬丸統志郎は肉を貪っていた。


「…………」


モグモグと肉片を食べる永犬丸。

そして喉を鳴らしながら肉を丸呑みすると。

八峡義弥に向けて驚きの声をあげる。


「大変だ、我が友…この肉、不味い」


「だろうな」


「だろうな、じゃないって!畏霊なんて食べたら不味いから!早く吐き出してっ!」


こうして、三人の任務が終了した。

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