男装女子とろくでなし
ぶらりと片手を弛緩させながら、もう片方の手が百合千代の肩に回されている。
「それにしたって、今回はやりすぎだ、贄波先生がやったんだろ?あの人も、加減を知らない…」
友人が傷つけられた事に、思川百合千代はぶつぶつと文句を口にしていた。
そんな彼女の姿を見て、八峡義弥は片手をひらひらとさせながら大丈夫だと言った。
「イいんだよ別に…俺が酷い怪我を受けるって事ァそれ程、俺が強くなってる、証拠だ」
そう言って。
(実力がある人間は、なるべく潰すのが、贄波先生のやり方だからな、そういう意味じゃあ、俺は認められてきてるって訳かぁ?)
そう考えて八峡義弥は鼻で笑う。
「別に、認められたいワケじゃねぇよ」
「?……なんの話を?」
「一人言だ、気にすんな」
「それより、保健室まで、補助頼む」
「わ、分かった」
そう言って、思川百合千代が八峡義弥を保健室まで連れて行く。
保健室に到着する八峡義弥と思川百合千代。
室内は清潔に保たれ、ほのかに消毒液の様な匂いが漂っている。
保健室の中には誰も居らず、教諭は不在であるらしい。
「八峡、先生が居ないけど、職員室まで呼んでこようか?」
「いや、別に、いいや、どれを使うかは良く知ってる」
八峡義弥は薬品が取り揃う棚を開けると、薬品を見繕う。
その中で一番平べったい結婚指輪を入れる箱の様な薬箱を取り出すと、八峡義弥は椅子に座って薬箱を開ける。
「あのさ、八峡、勝手に使って良いの?」
「あ?怪我人の為の薬だろうが、怪我人に薬を使って何が悪いってんだよ」
「いや、使用許可とか…まあ、良いか(最悪怒られるのは八峡だろうし)」
そう思いながら八峡が薬を無断使用する様を眺める。
箱の中は白いクリームの様な塗り薬だ。
八峡義弥は中指と薬指を使って薬を掬うと、打撲や擦り傷に薬を塗りたくっていく。
「クソッ、痛ぇな…」
「…ねえ、八峡」
八峡義弥が薬を塗る様を傍から見ていた思川。
ふと一カ月前の八峡には無い眼帯を見てどうしたのか尋ねる。
「その眼帯、どうしたの?」
眼帯を指差す思川百合千代。
「あ?あー俺が京都行ったの知ってるだろ?」
「あ、うん、なんか唐突に決まったって」
頷く八峡義弥。
続けて彼女に言う。
「んで、京都に行っただろ?」
「うん、行ったね」
頷く思川百合千代。
「そして帰って来るだろ?」
「ん?う、うん」
自らの眼帯を指差して、言う。
「そしたらこうなった」
「ボクはその間を聞きたいんだけど」
間髪入れずに、言う。
「京都行ったらこうなった」
「詳細が聞きた、……もういいや」
それ以上は八峡義弥ははぐらかしてくるだろうと悟る。
だから思川はそれ以上の会話をする事は無かった。
その合間に八峡義弥は手の届く範囲で濡れる所は塗り終わった様子だ。
後は後ろの傷だけだが。
「百合千代、背中塗ってくれよ」
「え、ボクが?」
「俺は壁と話してねぇからよ、ほら、痛むから今のうちに」
八峡がそう頼んでくるので、思川百合千代は仕方なく八峡義弥の背中に薬を塗るのだった。
彼女の柔らかな指先に柔らかいクリームを掬って八峡の背中に塗り付ける。
すすす、と指を滑らすと、背中に付着した白色は次第に肌と馴染んで行って白色が薄れていく。
「見える部分だけで良いの?」
「いや全部塗ってくれ」
「全部!?」
背中に全て塗れば、薬が無くなってしまう。
それ程に薬の量は少なかったが、思川は特に反論せず、背中を塗る事に徹した。
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