返り討ちにあうろくでなし


「げ、ぇ、く、はっ」


深く息をする八峡義弥。

その首筋に突き刺さっていたナイフの傷はきれいさっぱり無くなっていた。


「さて、続きを始めようか」


そう言って贄波教師がナイフを構える。

八峡義弥は振り向いて両手をあげた。


「いや、もう無理です!負けましたッ!今日はこのくらいでッ!」


「おい、たかが一度死んだだけだ…たかが一度、それくらいで心が折れる程、お前は弱くないだろう?」


「弱いですっ!勘弁して下さい!」


八峡義弥はそう言って立ち上がると同時に逃げ出した。

贄波教師は面倒臭そうにスキットルを飲むと、ポケットにしまって縮地で近づく。


「だから、お前は逃げられると、思っているのか?」


八峡義弥は術式を強化しても、贄波教師に敵わなかった。


「今日は此処までか」


そう言って贄波教師は空になったスキットルを逆さにしながら言った。

八峡義弥は満身創痍だった。

如何に致死に繋がる傷は契りによって修復されるが、それでも体中は怪我に溢れている。

「あ、ぁりが、ございま……した」


八峡義弥は恒例の挨拶を終えて三十分ほど気絶する。

そして目が覚めた頃には、八峡義弥は何とか動けるくらいには回復していた。

身体を起こして体を引き摺る。

体内に蓄積されたダメージが延々と響いていた。


(しくったぁ…アレでもまだ、勝てねぇのかよ)


八峡義弥はそう呟きながら歩く。

向かう先は保健室だった。

保健室には様々な薬品が揃っている。

その中でも、九重花家が調合した塗り薬があり、その効能は日頃お世話になっている八峡自身が体験済みだった。

八峡義弥がグラウンドを抜けて本校舎へと向かうが、道中で足に負担が回り地面へと倒れてしまう。


「いって……」


そう痛みを口に出して言うが、それは反射から出た言葉でしかない。

何故ならば八峡義弥の肉体の全てが疲労と怪我によって痛みを伴っているからだった。

立ち上がろうと腕に力を籠めるがなかなか立ち上がる事が出来ない。

無理に焦らず、ゆっくりと立ち上がろうとする最中に、八峡義弥の前に誰かが通りがかった。

それは男モノの学生服を着た人物だった。


「や、八峡、大丈夫かい?」


黒のズボンに白のシャツの上にには藍色のベスト。

細長い髪は一房に纏めて垂らされて、その容姿は男性よりかは女性の曲線を描いている。


「よ、ォ」


「ゆり、ちよ」


八峡義弥は顔を上げて彼女の顔を見た。

心配そうな顔で八峡を見ている顔。

男装の麗人、思川おめごう百合千代ゆりちよだった。

八峡の怪我を見て酷く驚いている様子だ。


「八峡、それ、この傷ッ」


「訓練だッ、慌てるような、モンじゃねぇ……」


立ち上がろうとする八峡義弥は思川百合千代の手で支えられる事で何とか立ち上がる事が出来た。

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