幼女な寮母とろくでなし

それに従って八峡義弥も自身の眼帯に触れる。


「これすか?あー、修行の成果すよ、左目一つで術式を得ました」


それ以上の情報は流さなかった。

如何に祓ヰ師の学園、同じ志を持つ者同士であろうとも。

おいそれと術式を開示してはならない。

わざわざ公言している者も居るが。


「そうですか…その、頑張りましたね」


八峡は我が耳を疑った。

あの稲築津貴子が八峡義弥に頑張ったと言ってきたのだ。


「え、なんすか、急に」


「素直に、褒めただけですよ…痛みを伴い、貴方は漸く力を手に入れ、努力が実ったと言っても良いです、一年と半分、その努力が認められた。だから、私も、貴方を認めましょう…八峡さん」


そう言って、彼女が笑みを浮かべる。

その笑みを見て、八峡義弥は胸の奥が熱くなるのを感じた。


(う、っわ、なんだ、これッ……)


目頭を押さえて八峡義弥は涙を我慢する。


「は、はは……ダセェ」


八峡義弥の一年半は壮絶だった。

教師・贄波阿羅との契りから始まり。

殺される度に生き返る力を身に宿し。

其処から贄波教師による殺戮を延々と受け続ける。

逃げれば死、立ち向かえば死。

精神を削られ幽鬼となりながらも、八峡義弥は頑張り続けた。

その成果が、術式として現れ、今、それをよく頑張ったと、認めてくれたのだ。


「胸を張りなさい、八峡さん」


「はい……ぐッ」


鼻を啜りながら八峡義弥は涙ぐむ。

そして、八峡義弥は。


「すんません、少し、胸を借りて良いすか?」


調子に乗った。

この感動の場面、稲築津貴子の胸を借りるくらいは良いだろうと。

彼女の胸で泣くふりをしてドサクサに紛れて胸の感触を、と、そう思っていたが。


「は?」


「あいや冗談です」


無論、稲築津貴子は其処まで八峡義弥に甘いワケでは無かった。

稲築津貴子と別れて、八峡義弥は漸く〈あさがお寮〉に到着した。

築五十年の寂れた古舘だが、寮母の手入れによって清潔に保たれている。

丁度玄関前で竹箒を持ち掃除をしている幼女の姿があった。


「よよっ、八峡さん」


人懐っこい笑みを浮かべて近づいてくる割烹着を着た少女、祝子川夜々。

蜘蛛糸の様に細い黒髪を二房に纏めている彼女は寮生である八峡義弥へと向かって来る。


「よよっ!?や、やかいさん!どうしたのですかっその目っ!!」


八峡義弥の眼帯を見てそう言った。

心配しているのだろう、ひどく慌てた様子だ。


「左目、潰れました」


八峡義弥は隠す事無くそう言った。


「た、大変ですっ!救急車ッ!いえ、保健室にっ!」


そう言って祝子川があさがお寮へと入っていく。

八峡義弥は後を追う様にあさがお寮へと帰還した。

一階に置かれている黒電話の受話器を持って、何処かへと連絡を入れようとする。

ジジッと黒電話に番号を入れていざ電話を掛けようとする最中、八峡義弥は黒電話のフックスイッチを指で押す。


「や、八峡さんっ!」


「一応、治療済みなんで」


八峡義弥は自身の眼帯を指さして言う。


「うー……大丈夫なのですか?」


「大丈夫なんで、心配しないで下さいよ(本当は時折痛むけど、黙ってた方が良いよな)」


八峡義弥は彼女の心配性を良く知っている。

だから、出来るだけ心配させる様な真似はしたく無かった。


「心配ですが、八峡さんが言うのなら……」


「じゃ、俺は長旅で疲れてんで、このまま寝ますよ」


大袈裟に欠伸をしながら八峡義弥は祝子川夜々に別れを告げる。

八峡義弥の自室は三階だった。その隣には永犬丸統志郎の部屋もある。

階段を昇り、部屋の前に立つとポケットから鍵を取り出す。

施錠された扉を開いて部屋に入ろうとする、その前に。


「……まだなんかあるんすか?夜々さん」


八峡義弥の後ろに立つ、祝子川夜々の姿。

何時の間に用意したのか、その手には洗面器とタオルが握られている。


「長旅でお疲れでしょうからお背中でもお流ししようと思いましてっ!」


祝子川夜々は根っからの奉仕気質である。

誰かの為になる事が自分の幸せだと思っている他者主義者でもあった。


「良いっすよそんな」


とでもいえば。


「そんな事を仰らずに!」


と、変な所で頑固な人間だった。

だから八峡義弥は仕方なく「お願いします」と言うほかなかった。




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