全裸共とろくでなし


八峡義弥の気分は全裸だった。

輝嶺峠と永犬丸に諭されて着脱する決意を固めたらしい。

手始めに自らの上半身の服を脱ぎ捨てる。


「うわ、さぶっ」


現在の月日は6月中旬、季節で言えば春で、もうじき夏が訪れようとしている。

それでも曇天の空に加えて凍てつく風がささやかに吹いていた。


外で服を脱げば、身体の芯まで凍えるまで時間の問題だった。

逆にこんな寒い日なのに、全裸になれる二人を見て脱帽した様子だ。


(何時もなら変態って言葉だけで済ませるが…本当はこいつら、結構凄いんだな)


冬でも全裸になる程だ。何時もより彼らの姿が輝いてみえた。

まるで後光でも差しているかの様に、いや。

実際、輝嶺峠義勇乃介は光っていた。


(眩しッ)


雷の因子を持つ輝嶺峠は、自分自身の肉体を変換させて雷を放つ事が出来る祓ヰ師だ。

その為、肉体から放たれる光は稲妻の鋭い閃光であり、優しい光とは違った眩さがある。


「あの、眩しいんすけど……」


「愚民よ、よく目に焼き付けておけ…これから、お前が上がるべき場所に居る男の姿よ」


露出狂にレベルやら階級やらある筈が無いが。

それでも八峡義弥はその姿に感動してしまっている。


「俺も何時か、其処に……」


「立てるとも、我が友なら、ボクが付いている」


すぐ近くに居た永犬丸統志郎が背中を叩いた。

八峡義弥はその時、永犬丸統志郎が親友で居てくれて良かったと思う。

こんなにも素晴らしい野郎が傍に居てくれて、自分は幸せ者だと。

思わず涙ぐんでしまったが、上を向いて涙を流さない様にする。


「へへ、良い親友に恵まれちまったぜ…そんで、目指すべき頂点が今、其処に居る待ってな、俺もすぐ行く、一気に向かうからよ」


八峡義弥の手がベルトに触れる。

そして素早くベルトを外してジッパーを下すと、ズボンは重力に流れる様に腰元から落ちていった。


「さあ、来るが良い、お前の全裸道とやらをッ」


輝嶺峠義勇乃介が燦爛な光を放ちながら八峡を出迎える。

その時、八峡はどんな熱狂が渦巻くステージでも味わえない興奮を憶えつつあった。

今、八峡義弥がボクサーパンツに手を伸ばす。


「行くぜッ、俺の本気をッ!」


そして八峡義弥がパンツを下ろそうとした直後。


「なにをしているんですか、あなたたち」


その冷ややかな声に、八峡の興奮は醒める。

ゆっくりと後ろを振り向くと、其処には委員長気質な女性が其処に居た。

稲穂畑を連想させる長髪。鋭い目線を隠す様に眼鏡が付けられ、その額には今にでも噴き出そうな程に血管が浮き出ていた。


「ひぇッ」


八峡義弥がそう叫ぶ。

輝嶺峠義勇乃介は何も言わず雷速の速さで逃げ出し、延永苦去は口から吐血して地面に倒れ込む。

永犬丸統志郎は命の危機だと判断して延永苦去を抱いて保健室へと駆けて行った。

残るのは八峡義弥だけだった。

そして、八峡義弥のパンツ姿を見て、破廉恥だと言いたげに彼女が睨む。


「もう一度、言います…なにをしているのですか?八峡さん」


彼女が指で狐を作ると同時、八峡義弥はすぐに服を羽織る。


「す、すいませんッ!稲築いなづきさんッ!」


随分と慌てた様子で、八峡義弥は稲築津貴子に許しを乞うのだった。


「本当にあなたと言う人は…」


呆れた様子で稲築津貴子は言う。

服を着込んだ八峡義弥は乾いた笑みを浮かべる。


「は、はは…」


沈黙の空間に八峡義弥は蒼褪めている。


(んっ、きまずい)


八峡義弥は稲築津貴子を苦手としていた。

元々、軟派な性格である八峡義弥は色々とルーズな所があり、堅物である彼女からすれば時間厳守もしないクズとして認識されがちなのだ。

八峡義弥の態度が癪に障るのだろう。

その事は八峡義弥自身も分かっており、嫌われている自覚と言うものがあった。


(きっと俺には笑顔なんざ見せてくれないんだろうな)


そんな事を考えながら八峡義弥は彼女の顔を見つめていた。

稲築津貴子は、八峡義弥の視線に気が付いている。しばらく眺めている彼に対して、稲築津貴子は咳払いをした。


「あ、すんません」


彼女の行動に察した八峡義弥はそう言って頭を下げる。

もうこのまま寮へと戻ろう、そう決心して別れの言葉を言おうとして。


「…あの」


「あ、はい」


珍しい事に、稲築津貴子から話し掛けて来た。

八峡義弥は彼女の言葉を漏らす事無く汲み取り返事をする。


「俺が何かしでかしました?」


「何故貴方が悪い事をした前提なんですか…」


稲築津貴子から話し掛けられるとすれば、そんな愚痴や嫌味かのどちらかだろう。

八峡義弥はそう思っている。


「えぇとですね、それ、左目の」


稲築津貴子が自らの左目を指さしていた。

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