親友とろくでなし


「あれ、そういや、サルちゃんは?」


基本的に葦北静月の手伝いをしている八峡の友人を探す。

絡繰機巧の残骸を持ち上げる葦北静月、重量があるのか体が小刻みに震えていた。


「え、なぁに?」


「サルナキだよサルナキ」


八峡義弥は彼女が持つ残骸を半ば無理矢理受け取ると、倉庫へと持って行く。


「これ此処で良いのか?」


「あ、うん、適当に置いといて」


「あいよ」


そうして八峡義弥は絡繰機巧の残骸を回収する手伝いをした。

ほとんどは絡繰機巧の残骸、持ち運ぶ事の出来る破片が多かった。

だが絡繰機巧の下半身、蜘蛛型だけは、二人で運ぶには重過ぎる。


一先ず、その部位だけは置いておいて。

他の部品だけを回収する事にした。


「んで、サルナキだよ」


絡繰機巧の部品を持ち運びながら、葦北に友人の所在を伺う。


「あぁ、けいくん?形くんなら、任務で居ないけど」


「あ?マジかよ。骨折り損」


八峡義弥が粗方の絡繰機巧の残骸を回収して手の汚れを叩いて払う。

そして軽く動いた為に発汗していた。手の甲で額を拭う。


「形くんに何か用事でもあったの?」


「あー……顔を見にな」


「電話すれば良かったのに」


「それじゃサプライズにならねぇだろ」


「別にサプライズなんて要らないと思うけど…あ、八峡」


「なんだ?」


葦北静月が八峡義弥へと近づく。

そして額に指を差した。


「ここ、付いてる」


「なにが、汚れ?」


どうやら先程、額を拭った時に付着した様子だ。

恐らくは絡繰機巧の残骸から漏れた液体が付いたのだろう。

手で擦り取ろうとする八峡義弥。


「あ、待って」


そう言って彼女が倉庫内に置かれた机の上から私物であるタオルを持ってくる。


「ほら、座って、取ってあげるから」


「あ、マジ?」


絡繰機巧の部品が収納された箱の上に座ると、八峡義弥は彼女に顔を突き出す。


「眼帯触んなよ、あと優しく拭いて」


「注文が多い、黙って拭かれて」


「へいへい……」


彼女の匂いが染み付いたタオルが八峡の額の汚れを落としていく。

八峡はなるべく動かない様にしているが、自然のその目線は彼女の胸元へと向かっていった。


「ん、しょ、なかなか、取れない…頑固な汚れ…よいしょっ」


一応は八峡の要望に応えているのか、優しく額を拭いてくれる葦北静月は、その払拭運動で胸元が揺れている。


(相変わらずデケぇな…何喰ったらこんなに太るんだよ)


八峡義弥が呆然と葦北静月の胸を見ていると、ふと彼女の胸の動きが止まる。

何かあったのかと、八峡が目線を上げると、葦北静月が頬を赤めながら睨んでいた。


「…なに見てんの?」


「あ?胸」


「見るなッ!見ても堂々と言うな、このっ馬鹿ッ!」


「がッ、イデデッ!お前、強く拭くなッ、痛ェッ!」


八峡の頭を強く掴んで、葦北静月がタオルをゴシゴシと拭いていく。

摩擦によって八峡義弥の額は火が付きそうな勢いで磨かれていった。


「良いのか、あのデカブツ」


八峡義弥は後ろに放置された蜘蛛型を親指で差した。

無償で手伝ってくれた八峡に対して葦北は十分だと言いたげに頷く。


「本当は手伝ってほしいけど…八峡に迷惑掛けるわけにもいかないし」


「そうか、正直、俺も疲れた、風呂入って寝たいわ」


気怠そうに欠伸をしながら、八峡義弥は髪を掻き揚げる。

その際に眼帯に当り、少しズレたので修正を行う。


「でもよ、お前ェ一人で大丈夫か?」


残された絡繰機巧の蜘蛛型を見る。

重量は軽く二百をオーバーしてそうだ。


「うん、大丈夫…いざとなったら、私の絡繰機巧を使うから」


葦北はジャージの中に仕舞った指輪を取り出す。

それは絡繰機巧を動かすのに必要な〈指弦〉と呼ばれる指環だ。

残りの残骸を絡繰機巧で動かすのならば心配は無いだろう。

八峡もそれを理解して頷き、自室への道へと向かう事にする


「じゃあ、またな」


八峡義弥はそう言って手を振った。

葦北もそれに倣う様に、もう振り返らない八峡に向けて手を振るのだった。


――――。


八峡義弥は学園のグラウンドを通る。

この道が自室への近道だからだ。


その道中、反対方面から一人の男が歩いて来た。

八峡より背の高い男性は、何故か上半身裸だった。

そして八峡義弥を認識すると、人懐っこい笑みを浮かべて近づいてくる。


「やあ、我が友」


「おう、イヌ丸」


そう挨拶を交わす二人。

八峡義弥の知り合いである男性は、永犬丸えいのまる統志郎とうしろうだった。


学年内では一位二位を争う美男子であると同時に全裸主義であり服を拒む変態だ。

誰かに注意でもされたのだろうか、本来は全裸である筈の永犬丸にはズボンが着用されている。


「一か月振りだ、その間、我が友は随分と変わったな」


永犬丸が八峡の眼帯を見て言った。

八峡義弥は眼帯に触れながら笑みを浮かべて言う。


「洒落てるだろ?」


「あぁ、男心を擽らせてくれる」


永犬丸統志郎には八峡義弥の気持ちを理解出来ていた。

深く頷き八峡義弥の眼帯を見ている。


「用事か?」


「いや、散歩さ…我が友は?」


「京都からの帰り、もう眠りてぇわ」


目を細めながら八峡義弥が言う。

永犬丸統志郎は「そうかい」と言って頷いた。


「では、ボクも寮に戻ろうか、我が友の土産話も聞いてみたい」


「だから寝るって言ってるだろ…まあ、歩きながらなら、話してやるよ」


そう言って八峡が歩き出す。

永犬丸も八峡と肩を並べて歩き出した。

正面から黒艶のある長髪を靡かせる男性が歩いている。

ドレスシャツを着込んでいる男は歩き方も優雅であり、ファッションショーのキャットウォークの様に歩行していた。


その隣には着物服を着込み、帯に刀を差している男性も居り、痩せ気味な男は体調が悪いのか表情は蒼褪めている。

ドレスシャツを着込んでいた男が八峡義弥に気が付くと、指を額に当てて大袈裟なリアクションをとった。


「其処に居るのは愚民か」


勢いよく髪の毛が宙を舞う。それ程に勢いが強過ぎた。


「あ、ナルシ先輩、チーッス」


八峡義弥は生意気にもそう言った。

彼らは八峡義弥より一年上の先輩である。


ドレスシャツを着込む男の名前は輝嶺峠きれいとうげ義勇乃介ぎゅうのすけ

もう一人、咳き込んでいる侍の名前が延永のぶなが苦去くさりである。


「ケホッ……、どうしたのさ、その目」


「潰れたんですよ、眼帯、恰好良くねぇすか?」


「うん、でも太刀の鍔とか洒落気が高くなるんじゃない」


「あー、それも考えたんすけどね」


延永苦去と話が弾む八峡義弥。

その隣に居た永犬丸統志郎は、輝嶺峠義勇乃介と対面で見つめ合っていた。


それはまるで決闘をするかの様に、相手の出方を待ち構えている。

相手が早いか自分が早いか、先に手をだすのはどちらかと言った具合である。


其処だけが、臨戦態勢であった。


「なにしてんだよ」


八峡義弥がその二人の空気に無遠慮で突っ込んで一歩踏み出すと同時。


輝嶺峠義勇乃介が稲妻と共に服を四散。

永犬丸統志郎は跳躍すると同時にズボンのベルトを外して一気に脱ぎ捨てる。


一秒にも満たない行動。

二人は全裸となった。


そして。


「……フッ」


全裸のまま、二人は手を繋ぐ。

二人は裸の付き合いがあった。


「中々、良い肉付きではないか」


「雷帝殿も、神々しい筋肉をお持ちで」


互いが互いを褒め合っている。

その光景を見て八峡義弥は少し遠ざかる。

延永苦去も遠慮する様に二人から遠ざかった。


「愚民ども、何故避ける?」


「それはあんたらが変態だからですよ」


「勘違いしないでくれ、我が友…ボクは脱ぐのが好きなのではない、服を着るのが嫌いなだけだ」


「それを変態って言ってんだよ露出狂」


「俺は服など無くとも完成している、むしろ服があるから俺は不完全なのだ…それが分からぬからお前は愚民だと言うに」


「服を着ない事が賢者なら俺は愚者で良いッすよ」


「………」


少し考えて、延永苦去が自らの着物に手を伸ばす。

どうやら着物を脱ごうとしている様子だった。


「ちょいちょい、何してんですか常識人」


「いや、彼らの言う事も一理あるかなと」


「万理すらねぇですよ、体弱いんですからやめて下さい」


「まあまあ、我が友…いっその事、一度脱いでみれば良い、我が友も全裸の素晴らしさを知る事が出来るのでは?」


「ねぇよ」


「一度も経験した事も無く批判するのは愚の骨頂、お前に俺を貶す道理など無いぞ」


「…むっ(なんか説得力あるな)」


そう思ってしまった所で、八峡義弥の負けは確定した。


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