第6話 介助?

 それ以来、ロミオと栞は幾度となく市民公園を訪れたが、もうあの大型犬と会うことはなかった。恐らく、あの場所に恐怖を覚えているのだろう。ロミオの方も他の犬には知らんぷりで、睨み合うことも無かった。しかし、秋が深まったある日、落葉を踏みながら遊歩道を歩いていると、突然ロミオの足が止まった。


「どしたの?」


 振り向いたロミオの額には黄色いランプが点滅している。


「何かいるのかな? まさか、クマとか?」


 栞は先を睨み、ロミオはじわっと後退している。こんなこと初めてだ…。本当に恐ろしい何かが潜んでいるんだ。ロミオは遂に栞の陰に隠れた。とんだ介助犬だが、栞も急に怖くなった。



「戻ろうか、ロミオ」


 栞がリードを持ち直し、ロミオが反転したその時、少し先からその何かの声が聞こえた。


 ナーォ


 はい? 栞は思わず振り返る。


 そこには…、

 三毛の子ネコが座ってこちらをじっと見ていた。ロミオはリードを必死に引っ張る。


「ちょいとロミオさん」


 栞はロミオを抱き上げた。


「可愛い子ネコちゃんなんですけど」


 ロミオの黄色ランプが高速点滅している。


「あんた、あれが怖いの?」


 ロミオは目を合わさず、何も見えないふりをしている。知識データベースの中でネコとトラが同じように猛獣カテゴライズされているのかも知れない。栞は介助犬を介助しながら、杖をついて遊歩道を戻り始めた。背後では『ニャア』が淋しく響いている。


+++


 栞の足にはトレーニングの成果もあって筋肉がつき、間もなく通院リハビリに切り替えられそうとのことだった。退院したら、ロミオと一緒に大学まで行ってみてもいい。そう、ラッシュの駅とか、人だらけの歩道とか、慣れなきゃいけないことはたくさんあるのだ。しかし、栞は最近一抹の不安を抱くようになった。


 ロミオが歩かないのだ。


 栞の調子が良くなるほど、反対にロミオの足が遅くなる。栞がリードを引っ張って、本物の犬みたいに散歩に連れ出すこともあるのだ。栞は、様子見にやって来た権藤に打ち明けた。


「ふうむ。歩かない。職場放棄ですかね」

「はい? おやつでもあげないと駄目ですか」

「おやつは電気です」


 権藤は面白くもなさそうに答えた。


「歩かない時は私が引っ張るんで、結構重いんですよ、不貞腐れてるロミオって」

「ほう…そうか!」


 権藤は手を打った。


「それがリハビリなんですよ。麻井さんの筋力をつけさせるための訓練」

「え?」


 まあ、そう言われるとその可能性は否定出来ない。何しろ相手はロボットなのだ。栞は一応納得し、更に切り出した。


「もう一つあるんです」

「はい?」

「ロミオって鳴かないじゃないですか。でも時々モゴモゴ言ってるように聞こえるんですよね。意味があるのかどうかは判らないし、何かを伝えようって感じじゃないですけど、『ワン』を思い出そうとしていると言うか、練習していると言うか」

「ほう、モゴモゴ。ま、機械としてのビープ音は実装されているんで、それが何かのコマンドに反応しているのかな。何しろ完全自律型なんで、こちらが仕込まないことでも内部でジェネレイトしちゃうんで、何か迷惑になることになったら教えて頂けますか。音声回路をハード的にカットしますから」


 声をカット…。栞はいたたまれない気持ちになった。栞にはロミオが何かを生み出そうとしているように感じていたからだ。もし、ロミオが何か喋るようになったとしても、権藤さんにはヒミツだな。開発者が帰った後、栞はロミオを抱っこしながら、心に決めた。

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