第6話
その晩のうちに、本物のハッカーが来たという話題は村中に広まってしまい、村人が代わる代わる満月のもとに訪れた。数珠を擦りながら拝む者いれば、都会で買ったら高そうな酒を持ってくる者もいた。そして皆一様に、この村を助けてくれと懇願するのだった。
しかし、どの村人も特段お金に困っている様子は無く、田舎臭い服装をよく見れば、金歯に金時計に金の指輪に金の時計などと全身のどこかを探せば金が見つかる始末だった。
この村のどこを助ければ良いのか、満月は全く分からなかった。
村人の訪問が一段落すると、えびす顔の長田と田原がやってきて、分厚い茶封筒を差し出した。
「本来ならば、仕事が済んだ後にお支払いするはずでしたが、村の者たちが是非にと言いますし、私たちもその方が良いと思いまして」
先ほどとは全く口調が違っていることに驚きつつも中を確認すると、一万円札の束が見えた。おそらく一〇〇万円だった。
「先生には早速頑張って頂きたく、という気持ちも込められております」
長田も田原も、土下座とまでは行かないが正座をしながら頭を下げた。タバコは一本も吸っていない。
「では、今夜はお休み頂いて、早速明日から先生にはハッキングを頑張ってもらいたいと思います。あ、お休みの道具などはこちらがご用意致しますので、ご安心ください」
満月が、どうも、と頭を下げると、長田と田原は慌ててさらに頭を下げ「いやいや、そんなそんな。先生、こちらこそありがとうございます」と言った。
ふたりが部屋を出て行ったと思うと、「よろしいですか」という女の声がした。はい、と答えると、襖が少しだけすーっと開き、その日初めて見る女の顔が半分だけ見えた。肌の白い黒髪の女で、この村の住民と言われたら違和感を覚えるような気がした。
黒方愛子という名前で、長田の家で手伝いをしているらしい。黒方は、満月に風呂の案内をすると、また、すーっと襖を締めて音もなく去って行った。
長田家の風呂は、ヒノキ風呂というやつでいつか行った温泉を思い出すような全体的に木目調の風呂だった。入浴剤を入れたのだろうか、お湯は白く濁り、なんの香りだか分からないがとにかく良い匂いがした。
お湯は熱めで、満月の好みだった。
「ういー」と、風呂に入ると声が出てしまう。風呂から上がると、浴衣が用意されていた。着替えてから自室に戻ると、まるで旅館にでも来たような晩ご飯が並べられていたら凄かったが、これはいたって普通の晩ご飯だった。
座布団の上に座り込み、箸を持つ。汁物に口をつけようとして、視線に気づいた。ガラス戸の向こうに視線を向けると、暗闇の中にふたつの目がぼんやりと浮かんでいる。
目は見間違いだった。
料理は普通で美味く、あっという間に平らげた。
隣の部屋には布団一式が敷いてあり、その日は長距離移動の疲れもありそのまま朝までぐっすり寝てしまった。
夢の中で満月は、ハローワーク山の足にいた。超良心的な伝説的職員として有名な五条丸雅俊はふんどし姿で、デスクの上に仁王立ちをしている。満月は五条丸と対峙している形で、やはりふんどし姿だった。ふたりの間には行事がおり、はっけいよいが今か今かと睨んでいる。
時刻は午後四時五五分、国民的事務員の小山内かおり嬢による、就業五分前の大あくびが合図となっていよいよはっけよいが切って落とされた。
満月と五条丸はロケットのように飛び出すと、二人の頭と頭がぶつかった。「ごつ」という漬物石の上に漬物石を落としたときのような音がハローワーク内に響いた。
くす玉が割れ「いってらっしゃい!さかもっちゃん」という文字がパラリ。紙吹雪がヒラリ。
小山内かおり嬢の「お疲れ様でした」が午後五時のチャイムを鳴らした。
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