第5話
「火あぶり……」
ひとりちゃぶ台の前に座り、満月はそうつぶやいた。
火あぶりなんて、学校の歴史の授業で習った以来だった。しかしそれは過去のもので、まさかこの日本に存在していることに驚いたが、もっと驚いたのは自分が働くことになってしまった場所でピンポイントに存在していることだった、いや、むしろここにしか存在していないだろう。魔女狩りといえば中世ヨーロッパで、他人に対して超自然的な力をつかって悪さをしたとかしてないとかの、噂の域を出ない者をとにかくまあ、火あぶりにして処刑してしまおうという恐ろしいものだが、この村でもそんなことをしているのか。
長田は「嘘は絶対に御法度」と言ったが、いったいどの程度嘘が御法度なのか。嘘と言っても色々あるわけで、陽気な八百屋のオヤジが「はい、おつりは五百万円〜」というのもあれば「君の瞳に乾杯」などという、本当は下心に乾杯しているものもある。しかし、火あぶりになってしまうほどである。余程の嘘をついたのかもしれない。いやしかし、田舎者の冗談ということもある。そう考えたほうがしっくりくる。「この現代に火あぶりなんて」あるわけないよな、と満月は思った。
秋も中頃になると、陽はすっかり短くなり、外はもう暗くなっていた。都会とは明らかに夜の濃さが違う。部屋からの明かりに照らされた場所以外は真っ暗だった。耳を澄まさなくとも、よく分からない虫の鳴き声がチーチー聞こえてくる。
ふと空を見ると、村の広場があるという方向がにわかに赤く染まっていた。もしかして、本当に……。満月は頭を左右に振って、考えるのを途中で止めた。
至急されたパソコンは、まだ画面に保護フィルムが貼り付けてあった。電源を入れるとセットアップ画面が表示された。購入して箱から出しただけで、何もしていないらしい。何もできかなったのかもしれない。
満月はパソコンが得意では無いとはいえ、これくらいは簡単に済ませた。もしかすると、この家にはネット環境が無いのではないかと不安になったのだが、パソコンを購入したときに一緒に契約でもしたのだろう、部屋の隅をみるとLANケーブルが一塊目についた。
セットアップを済ませ「嘘 火あぶり」と検索をしてみると、以外にも現代で火あぶりによる殺人は起こっているらしい。
もしかすると、自分に馴染みが無いだけで火あぶりは割と身近なところで行われているのかもしれない、などと思っていると長田と田原が突然やってきた。
慌ててブラウザを閉じる。
先ほどの和やかな雰囲気とは違って、ふたりとも渋皮を顔面に貼り付けたような表情をしている。タバコは吸っていないのに、タバコの匂いだけが後から漂ってきた。
二人は満月の前に座り込むと、視線を下に落としたまま長田が口を開いた。
「満月さん。悪いけどな、あんたの腕を確かめさせてもらう」
「え」と言ったきり、頭の中がまっ白になった。
「すまねえな」と言って、田原は上目遣いで満月を見た。「俺たちはそんなことねえんだけどよ。中にはあんたの腕を疑う奴も居てよ、大丈夫だって言ったんだけど、どうしても信じられねえって聞かなくてよ」
やっぱり駄目だ。何も出来ない人間だということを見抜かれたんだ。こうなったら素直に謝るしかない。嘘は御法度、嘘つきは火あぶり、なんてことはきっと悪い冗談に決まっている。誠心誠意謝れば許してくれるさ。……許してくれるよな。
「あんたを疑ってる連中が用意した、この村のホームページっちゅうものがあるそうだ。そこにハッキングで侵入できれば、連中はあんたを信じるそうだ」
そんなこと出来るわけが無い。無理だ。ハッキングのハの字も知らない男が、知らない村のホームページに侵入することなど不可能だ。そうか、このときのために村の名前を伏せていたというわけか。やはり全てを白状して謝るしか無い。しかし、そうなれば火あぶりが……、いやしかし、火あぶりは本当にあるのか……、本当だったらどうしよう。全身から、嫌な汗が噴き出していた。
どうすることもできずに、キーボードに手を置いた。
長田の方をチラリと見ると、胸元に「横川村役場」と刺繍が入っていた。
試しにその名称で検索してみると、検索一覧の一番上に、
「横川村ハッキング用ホームページ」というサイトが表示された。まさかと思いながらクリックすると、フォントがチカチカしながら左右に揺れている、古くさい雰囲気の横川村ホームページが現れた。
中央には「ログイン」がある。クリックすると、さすがにIDとパスワードが必要らしかった。
ラッキーもここまでか、そう思ったとき、ノートパソコンとキーボードの間にあるスペースに油性マジックでメモが書かれていた。
ログインアイデー yokokawa
パスワード 12345
まさか、まさかな。
思いながらも、それらを入力すると画面が変わり「横川村ホームページハッキング成功」という文字がでかでかと表示された。と同時に長田が大きな声で叫んだ。
「本物じゃあ、本物のハッカーじゃ」
田原がタバコに火をつけながら言った。
その田原の行為はバタフライエフェクトを生み、地球を偵察にきていたエイリアンがUFOのタッチパネルに触れすぎて低温火傷をしたところだった。船内にチッという、舌打ちが響いたが、それはテレパシーを受信できる者にしか分からず、地球人がいたらただただ静かな船内だったはずである。
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