第4話
ネコのように小さく丸まった満月は、心の中で発しているつもりの言葉が、自分でも気がつかないうちに口から漏れ出ていた。ボマラッティ……。
念仏のような恐ろしく一定のリズムで発せられる大丈夫、大丈夫という、つぶやき声を聞き取ったのは、その場にいる老人たちの中でも耳が良いと評判の田所シンゴロウだった。
田所シンゴロウは、コンパクトな顔の割にはバランスのとれていない耳をピクッと動かすと、満月の左隣にやってきて顔をのぞき込んだ。
「何かブツブツ言ってっけどどうしたんだい、満月さん」
それを聞いた長田も同じようにのぞき込み、神妙そうな顔をしていると思ったら、目を大きく開けて言った。
「あ、そうか、もう満月さんはハッキングの段取りをしてんだっぺよ」
「なんだ、そういうことか。おら素人だから分かんなかったっぺよ」
田所と長田は大口を開けて笑いだし、それにつられて満月を除く全員が笑い出した。
痰の絡んだ、汚い不健康そうな笑いが一段落すると、それぞれがタバコに火をつけた。
満月は、喫煙率99パーセントの中に、祖父が吸っていたタバコの匂いが混じっていることに気がついたが、いまはそんなことを考えている場合ではなく、いつこの話を無かったことにして欲しいと言うべきか、そのタイミングを探して満月はもじもじと座布団の上で安定しない臀部を動かしていた。
満月が不安そうにしていると、ひとりの村人が「あ」と、気の抜けた声を出した。
「しまった、おら母ちゃんに買い物頼まれてたっぺよ。ここでのんびりタバコ吸ってる場合じゃねんだよ。怒られっちまあわ」
室内にはふたたび笑いが起こり、声を上げた男はそそくさと部屋を出て行った。
「あいつの母ちゃん、おっかねえからな」
「んだんだ、おっかねえんだ」
わははわははで室内が揺れる。どうしたらいいものか、満月も一応一緒になって笑ったが、頬は引きつり額にはじっとりと汗をかいていた。
男がひとり出て行くと、それにつられるように他の村人たちも、ひとりまたひとりと部屋を出て行った。
満月は、長田が出て行ってしまわないかと思っていたのだが、タバコをつけたタイミングが悪かったのか、はたまた良かったのか結果的に部屋に残った村人の最後のひとりは長田だった。
ゆっくりとタバコをくゆらし、一際長い白煙を吹き出すと「どれ、満月さんの邪魔になっちゃあいけねえからそろそろ行くかな」と言って、吸い殻だらけの灰皿に自分が吸っていた一本を突っ込んだ。
満月はここだと決心し「あの」と言ったが、それは消え入るような小さな声だった。
それでも長田には聞こえたようで、見た目よりも耳が良いのかもしれない。
「なんだい?」と言って、振り向く長田。
「あの、実はですね……大変申し訳ないのですが」
満月がそう言いかけたとき、表がにわかに騒がしくなった。
何気なく庭のほうに視線を向けると、ひとりの人間が縄でぐるぐる巻きにされて一本の丸太に縛り付けられていた。それを、おかしな仮面をつけた数人が担いでいる。よく見ると、縛り付けられている方も、同じような仮面を着けていた。丸太を担ぐ人たちは、地を這うような声で何かを言っているが全く聞き取れない。
満月が呆気にとられていると、長田が眉間にしわを寄せて言った。
「お、始まったな」
窓の前に立ち、またタバコを吸い始めている。紫煙が日光を受けてよく見え、まるで長田にまとわりついているかのようだった。
「あの……お祭りですか?」
満月も長田の隣に移動してから言った。
表の人々は、丸太を担いだまま敷地内から出ていき見えなくなった。
「あれはな、今から嘘をついた人間を火あぶりにするとこだっぺ。ここじゃ嘘は絶対に御法度なんだ」
「なるほど。嘘つきは火あぶりですか」
「んだ。前の村長も火あぶりになって死んじまった。だから今は俺が村長をやってんだっぺよ」
わっはっは、と笑う長田に合わせて、そうですかわっはっは、と満月も笑った。
膝はもっと笑っていた。
チャーミー・ゴマ・ブルンブルン五世の魂は、何故かあの世には行かず宇宙を漂っている。その方向の遙か先には、地球がある。もしかすると、チャー五(略)の目指す先は地球だったのかもしれないと分かった途端、魂はタピオカのようにブラックホールに吸い込まれた。
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