第4話 先輩って、勉強できないんですか?!
暗闇の放送室騒動から約二週間、あれ以来特に何も起こらずに練習メニューも確定しないまま時期は二学期中間テスト直前に差し掛かっていた。三和中学校では、テスト開始の1週間前から部活動停止期間となるため、今日が中間テスト前最後の部活動の日なのだ。
「じゃあ、部活動始めるよ。皆早く帰って勉強したいはずだから今日は早く終わろうか。」
僕のこの提案に勉強できる時間が確保できるという喜びで笑顔になる人もいる一方、テスト勉強をしたくないという絶望感で死んだ魚の目をしている人もいる。もちろん、勉強が大して出来ない僕も後者である。
「お前、勉強できないから勉強する必要ないだろ!!!笑笑」
そう僕に突っ込んできたのは谷口。
「お前も僕と大して成績変わんねえけどな!!!ほら、練習すっぞ!!!」
両者ともに勉強が出来ないということを後輩は知らない。それなのに、部室中に響き渡るくらいの大きな声でそのようなやり取りをしてしまったことを後悔すると同時に、勉強が不得意である自分自身に悲しくなってしまった。ちなみに両者共に学業成績は中の下ほど。まあそんなことはどうでもいいので、とっとと練習を始めてはどうかね。
「じゃあ前回確定させた練習メニューで今日も練習していこか。後に続いてー。あえいうえおあお。」
しばらく経ち、発声練習表を終えた。
「じゃあまだ集合して5分くらいしかたってないけど、今日はこれで終わり。次の部活は中間テスト最終日の放課後、来週金曜なー。じゃあ気を付け。礼。」
「ありがとうございました。」
「解散。」
「失礼します!」
僕が解散の挨拶をすると、殆どの部員たちは荷物をまとめてそそくさと帰宅していった。『僕も帰って流石に勉強するか』とか思っていると、織田、松本、仲本の三人が近寄って来て、松本が僕に話しかけてきた。
「部長、勉強が苦手って本当ですか?さっき谷口先輩との会話が聞こえてきたんですけど…。」
僕は苦笑いをする。
「あはは…。数学はそれなりにできるんだけど、それ以外がまあ悲惨的でね。」
「先輩、成績ってどんな感じなんですか?」
三人は僕の成績に興味を示している。織田がそう聞いてきたので、僕はたまたま持っていた1年生1学期期末テストの社会と数学の答案用紙を彼女たちに見せた。世界地理、四十四点。数学、八十六点。その絶妙な数字を見た彼女たちの顔面が一気に真顔になった。
「数学はまだいいのに社会の点数終わってますね。てか、なんで未だに1学期のテスト持ち歩いてるのか不思議なんですけど。」
「そうですよ!しかも一年生って、一年前じゃないですか!先輩、ファイルの中身掃除してくださいよ…。」
織田と松本はやや引き気味で僕にそう言った。
「すまん…。けどこれを持っているのには理由があって、去年世界地理分野の出来が学年全体で悪かったみたいで、今回の中間テストで急遽試験範囲に追加して再テストするんだって。おかげさまでどう勉強したらいいのかもうわからんのよ。」
これを聞いた三人は互いに目を合わせて頷き、僕にこのような提案を持ち掛けてきた。
「じゃあ先輩、私たちが勉強教えますよ!!」
「は…?」
突然の彼女たちの言葉に僕は困惑しながら返答する。
「けどお前らも中間テストあるだろ?勉強しないとまずいんじゃ。」
僕がそう言うと、彼女たちは各々の鞄を開いて、中から何か紙らしきものを取り出して僕に裏返しにした状態で渡してきた。
「なんだこれ?」
「表面を見てみてください。」
織田の言う通りに、僕は一人五枚ずつ、計十五枚渡された紙を一斉に表面に返すと、それは彼女たちの答案用紙だった。
「いやお前らも過去の答案用紙もってるやんけ!人のこと言えないじゃん!!」
三人はてへぺろをしてごまかしていた。かわいい。まあそんなことよりもすごいことに、三人とも国語、数学、理科、社会、英語の全ての点数が九十点を上回っていた。驚いている僕に、織田はさらに話を続ける。
「いいですか先輩。私たち勉強は出来るので、心配しないでください。先輩の成績を上げちゃいましょ!」
「私たちが先輩に勉強を教えたいんです。友梨佳の言う通りです。」
「ですです。友梨佳と花の言う通りです。」
普段あまり喋らない仲本でさえも口を開き、僕に勉強を教えることに賛同している。
「それにこの間、先生から怒られそうになった私たちを庇ってくれたその恩返しもしたいですし。」
「織田、それは僕も悪かったから恩返しとかはいいんだって。」
「けど、先輩にはいい点数取ってもらいたいんです。それに、世界地理なら私たちも1学期にやったばかりなので自信あります!!!!」
後輩に教えてもらうなんて、先輩としての威厳がなくなりそうだが、正直勉強のやり方に行き詰っていたため、かなりありがたい話である。少し考えた末に僕が出した答えは
「じゃあ、よろしくお願いします…。」
三人はものすごい笑顔になって、その場で飛び跳ねる。
「じゃあ早速、始めちゃいましょ!」
そう織田が言うと、僕たち四人は部室のパイプ椅子に腰を下ろし、勉強道具を取り出す。部室は部長権限で完全下校時間まで使用できることになっているので問題ない。今から約三時間、みっちりたたき込まれるのだろう。いやそれとも勉強を教えるという口実で織田と僕を近づかせるための仕業か?どっちなんだ?
そんなことを思っていると、松本が僕に質問してきた。
「まず先輩にお聞きしますが、何が分からないんですか?」
「えーっと、お恥ずかしながら基礎から何も分からず、どのように暗記したらいいのかも分かりません。」
さっき自分の心の中で彼女たちを疑っていたのにも関わらず、真面目に勉強を教えようとしてくれていること、そして自分の勉強の出来なさに思わず顔が真っ赤になってしまった。
「じゃあまずは気候から取り組んだ方がいいかもですね。そこから判断して解ける問題も多いですし。そしてそのあとは…。」
松本に言われた通りに勉強を始めてみる。ていうか、普段部活でふざけているような後輩たちとは思えないくらい真面目に教えてくれている。いつもとのギャップが凄すぎてこっちが惚れそうになるわ。
三人からの特別指導開始からあっという間に三時間が経過し、まもなく完全下校の時間となる。家でも塾でも勉強に集中できない僕だったが、この三時間はこれまでで最も集中でき、あっという間に感じた。しかも驚くべきことに、基礎勉強の進め方を伝授してもらったおかげか、教科書の章末問題もスラスラと解けた。これまでまともに解けたことなかったのに。
「お前たちのおかげで凄い理解できたわ!!ホントにありがとうな!」
三人は僕の言葉が嬉しかったのか、互いにハイタッチをしてものすごく笑顔になりながら息を揃えて言った。
「先輩の喜ぶ顔、私たち大好きです。お役に立てて良かったです。」
「また今度、勉強で困ったら助けてくれよな!」
三人はため息をついて織田が返答する。
「先輩、次からは流石に自分で勉強してくださいよ…。基礎固めの方法は教えたはずですから……。」
「流石にカッコ悪いですよ。」
まさかの仲本にもこう言われてしまったので、僕は少し落ち込んだが、この調子なら中間テストは乗り切れそうだと確信したのであった。
「じゃあ先輩、家に帰ったらさっき見せてくださった悲惨的結果の世界地理の問題もう一回解いてくださいね。やり直しも大事ですよ。ではまた次の部活で!」
「ありがとうな。織田の言うとおりにやってみるよ。またなー。」
そう僕は言い残し、彼女たちのアドバイス通りに勉強を進めていきながら一週間を過ごした。
「これでテストは問題無いな!」
〜約二週間後〜
中間テストも全日程終わり、いよいよ十月に突入した。中間テストの結果が返却された今日、たまたま部活動があったため、結果を報告するために部活動終了後に三人を部室に残した。
「先輩、テストどうでした??」
三人で息を揃えて言ってきた。
「そんなに気になっているのかぁ〜?!聞いて驚くなよ!」
僕は返却された今回の社会の答案用紙を部室の机上に叩きつけ、点数を見せびらかす。
「八十一点…!よくやりましたね、先輩!努力した成果が実りましたね!」
織田は満面の笑みと僕へと拍手をしながらそう言ってきた。
「先輩、やればできるんですね!見直しました!」
松本の言葉はどこか失礼な感じに聞こえてくるがまあ気のせいだろう。
「おめでとうございます。」
仲本は素直に喜んでくれた。普通に嬉しかった。
「ほんとにお前らのおかげだよ。ありがとな。」
「いえいえ!私たちが出来ることをやっただけですし。花と美玖が一緒に教えてくれた成果もあると思いますよ。」
「三人にほんと感謝だわ。これで今期の社会の成績は良さそうだな〜!」
「だといいですね!ところで、他の科目はどうだったんですか?」
織田の発言に僕は笑顔が消失していく。
「え?それは別にいいだろ?」
「いやー折角ですし見たいじゃないですか。だよね?花?美玖?」
「私も気になります!」
「ですです」
三人から要望が出たので、僕は渋々数学の答案用紙を机上に出す。八十七点。
「なんだ、全然いいじゃないですか。なんで嫌がるんですか?他のも見せてくださいよ。」
織田、お前は鬼すぎないか?と思ったが、現在進行形で三人の後輩からの『気になる!!』という意味の熱い眼差しを受けている。この彼女たちからの要望を却下するわけにもいかないので、僕は顔面蒼白となりながら残りの国語、理科、英語の答案用紙も机上へと出す。
国語五十四点、理科五十九点、英語四十八点。
「すまん!テスト前の1週間、社会に時間かけ過ぎて他の科目ノー勉で行ったわ!」
全くと言っていいほどに勉強配分が考えられていない僕に対して唖然とする三人。少しの静寂のあとに織田が口を開く。
「先輩、やっぱりおバカですね…………。」
第5話へ続く
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