第3話 先輩って、優しすぎませんか?!

第一章 暗闇の放送室


「部活始めるぞ!まずは発声練習からしようかー。はーい立ってー。」

 九月四日、正式に部長になってからまだ二日目であるが、織田からの告白と器具室での鶴見からの事情聴取とイベントが多すぎやしないか。皆が席から立ち上がるまでの間、二日目で起きるイベントの量じゃないぞとか思っていると、僕に対する質問が聞こえてきた。

「部長さん、どのような流れで練習するんですか?」

 そう尋ねてきたのは田中花音。彼女はアニメや漫画が大好きで、将来は声優を志している為か、普段からおとなしく、家などで発声練習を時々ではあるが自主的にやっていると以前松木から聞いたことがある。後輩の中では比較的真面目ちゃんかもしれない。いやむしろ、他の奴らがどこか変なのかもしれない。

「まあとりあえず、先代からずっとやっている発声練習表でもやるか。僕が先に読んでいくから、後から皆続いて読んでねー。まずはハキハキといこうか!『あ、え、い、う、え、お、あ、お。』」

「あ、え、い、う、え、お、あ、お。」

「か、け、き、く、け、こ、か、こ。」

 案外すんなりと部員たちは発声練習をやってくれた。わ行まで行くと鼻濁音を含むガ行、そしてその他の濁音の行まで、表に載っている分は全部行い、五分もしないうちにウォーミングアップの発声練習が終わった。

「さて、これまでは全体練習するのここまでだったけど、この後どういう練習するか決めようか。」

 そう僕が言った瞬間、谷口と渡辺、今田が息をそろえて俺に言ってくる。

「そんなに練習する必要あるのか?賞狙ってるわけでもないし。」

 それはそうだ。前回の部活で『のんびり部活を楽しみ、学校行事の際は放送係として学校に貢献する。(第一話参照)』と目標を立ててしまった。そのため、今この時点で無理に練習メニューを決める必要もないのだ。

「けど流石にこれだけで終わるのは部活動としてどうなんだ…。」

「そんなの雑談しながら決めればいいじゃないですかー、部長♡」

 織田がそう言ってきた。なんだか嫌な予感がするが、特にこれからやることが決まっていないため、言い返すこともできずにそれを了承してしまった。

「さてと、始めましょうか。恋・バ・ナ♡」

 彼女がそう言った瞬間、僕は最悪すぎる展開になったとか思ったのと同時に、松本と仲本が離席し、部室の照明を落として窓のカーテンを閉める。

「おいお前ら何をする気だ?!」

「先輩、慌てないでください。ただ皆でお話しするだけなので。」

 松本が僕にそう言ってきたが、全然落ち着いていられない。そして後輩女子たち三人はこれを狙ったかのようにこちらを見ながらニヤニヤしているが、僕を含むそれ以外の部員たちは、何が起きているか良く分かっておらず、この状況に対して非常に困惑している様子だった。松本と仲本は準備が出来たのか、元の位置へと戻って着席し、二人が戻ったのを確認すると織田が話し始める。

「じゃあみんな座ってくださーい。これから放送部改め、暗闇の放送室を開催します。司会進行は織田が務めさせていただきますね。」

 僕の頭の中は未だに混乱している。果たして今から何が起ころうとしているのか。そしてまだ部長就任から二日目であるが、ことごとく部活動が上手くいかない。なんだよ、この会の司会って。部長は僕なのに。

「あのー、織田さん?この企画の趣旨というかやる理由を説明してくれませんかね?」

 僕は思わず彼女に聞いてしまった。

「部長さん、少しお静かに。今は私の方が偉いので。さて、この“暗闇の放送室”、始めていましょうか。ここでは皆の恋バナや黒歴史を、この暗闇の部室に合わせてこの際に暴露してしまおうという会です。」

「なんやこれwwwwおもしろそうやんけwwwwwwwwwwwwwww」

 部員用の座席が一席足りないため、椅子の代替としてゴミ箱に座っている谷口が、急に笑いながら言った。その彼の言葉に続いて、後輩男子達からも

「中村と谷口の秘密が暴けるやんけ!」

「他人の黒歴史気になるわー笑笑」

 などと後輩男子で一位二位を争うレベルの問題児たち、渡辺海仁、今田光輝が続いて言い放ち、一部の部員がこの会に乗り気となってしまった。

「さて部長、今好きな人いないんですか?」

 織田がこちらを見つめながら全員の前で俺に尋ねる。こいつ、二日前に僕に告ったよな?!メンタルどうなってんだ??よくそんなこと聞けるな?などと、様々な疑問を抱きながら彼女の精神力に圧倒されてしまい、変な返し方をしてしまった。

「いやーいないけどね。あははははは…。」

「いや怪しすぎますって。先輩絶対いるでしょ好きな人。そう思うよね?美玖?花?」

「これは否定できないよね。」

「否定できない。で、何年何組なんですか?」

「だからホントにいないって。」

 仲本美玖も松本花もなんでこんなに乗り気なのかは分からないが、いないものはいないので、答えようがない。まああたかもいるかのような、不気味な返答をしてしまった僕自身も悪いが、どうにかして話題を変えてやろうと、僕は彼女らの質問の矛先を渡辺へと向けようとした。

「お前、最近彼女とどうなんだ?確か仙台との遠距離だったよな?」

「中村!なんでこっちに話向けんねん!」

「確かに、それも気になるよ海仁!今彼女とどうなの?!」

 織田も他の女子達も僕よりも渡辺の恋バナへと興味が移ってくれた。そのためか僕は少し安心したと同時に、急に渡辺に矛先が向けられたことで少しだけこの会が面白いと感じてしまった。すると渡辺は意外とすぐに織田の質問に答えた。

「いやまあ、連絡は取ってるよ。ほぼ毎日。いつか向こうに遊びに行きたいとは思ってるなぁ。」

「きゃあー!!!羨ましい!!!!!!!!!」

 三人の後輩女子達は渡辺の発言にキュンキュンしているのか、皆叫びながら渡辺の恋に羨ましがっている。そして目をキラキラと輝かせ、鶴見もこの会に参戦してきた。

「恋人羨ましい!私も欲しいよー!」

「だよねー!陽は好きな人いないの?」

 織田は鶴見に聞くが、

「好きな人………………いるよ。」

「きゃあー!!!!!!!!!!!」

 再び部室に響き渡る後輩女子達の叫び声。

「誰?!誰?!!」

 織田は興味津々だが、鶴見はもちろん答えるつもりはない。

「流石に友梨佳でも今はまだ教えられないかなー。」

「じゃあいつか教えてね!!!!!絶対だよ!」

 そう織田が言うと、今度は田中へと矛先が移る。

「花音は好きな人いるの?!」

「私はいないよー…。私に聞いても、好きな人いないから何も面白くないよ。」

 と少し困惑しながら田中は言うと、彼女は再び聞き専へと戻りつつ、家から持ってきたであろう彼女の好きな漫画を、部室の片隅で窓の隙間からほんの僅かに差し込む光を使って読み始めた。田中からは何も得られないとすぐに悟った織田は、次の矛先をすぐさま野田天へと変える。

「えーじゃあ天は?」

「私はね、英語の山田先生かな!おじいちゃんに似てて好きなんだよね♡」

「あ、うん。ありがとう。けど天。私が求めてるのはそういう好きじゃないんだよ…。」

「え?違うの?」

 織田、自分から聞いておいてその返答は失礼だぞと思ったが、僕は何も言わなかった。ていうか、ここまでの織田の聞いていくスピードが恐ろしすぎる。この会が始まってからまだ五分も経過していないが、この時点で既に四人の犠牲者が出ている。このタイミングでまだ順番が来ていない他の部員たちの表情を見てみると、『答えなくない。次自分に順番来ませんように。』みたいな不安そうな表情をしている人が多いことに気づいた。流石にこれ以上の被害者を出さないためにも、僕は再び織田にこの会を開いた真意を尋ねる。

「なあ織田。流石にこれ以上は一旦やめにしないか。答えたくない人もいるだろうし。それになぜこの会を開いたのか教えてくれないか。」

 少しの間の後、全員の前で彼女が口を開いた。

「一昨日、私先輩に告白したじゃないですか。けど、好きな人とか、今現在進行形で恋人がいないのかを聞けなかったので、それだけ確認したかったんです。あの時聞いた感じだと分からかったので。」

「え……?」

 鶴見からかなり低めのトーンで疑問かのような、何に対する『え……?』なのか分からない声が聞こえてきた。そして部員たちは『織田が部長に告白…?』という驚きの反応をしていたが、それには突っ込まず、それよりも僕は織田の返答にあきれながらさらにこう返す。

「あのさ、まず告白の返事は一年間待てと言ったよな?僕はちゃんと答えるといったはずだ。そして僕はこの会が始まった序盤で恋人も、想い人もいないと言ったよな?僕がそこでこの会を無理矢理にでも終わらせるべきだったな。まずは渡辺。君に矛先を変えさせてしまったこと、すまなかった。そしてそもそも、織田。その程度の確認なら直接僕に聞きに来い。僕だったから良かったけど、人には人に聞かれたくない話とか、隠したいことがあるはず。僕もお前から告白されたことがこのような形で皆にバレるなんて思いもしなかった。それだけは本当に残念だったな。いいか、僕一人へのために関係のない他人を巻き込むな。それに、今は部活の時間。普通に雑談をする程度なら構わないが、部屋を暗くする必要はないだろ。」

 この会の主催者である織田たち三人は目に涙を浮かべ、この会を開いたことを反省し、皆に対して深々と頭を下げて謝罪をした。

「すみませんでした。」

「部長としてこれを止めなかった俺もすまなかった。」

 僕も彼女たちと同様に深々と部員たちに頭を下げて謝罪をする。他の部員たちは僕と彼女らの謝罪に納得したのか、この事を許してくれるという流れになった。部員たちのその反応を得たことを確信した僕は、

「さて、切り替えて練習メニュー決めるぞ!」

 部員達にそう言い、練習に戻るために部室の電気をつけようとした瞬間、部室のドアをノックする音が聞こえてきた。ドアの方を見ると、ドアガラスから顧問の森田先生がこちらを睨みながらのぞき込んでいた。

「中村君、これはどういうことか説明してもらっていいですか?」

 先生は声のトーンから察するに、かなりお怒りの様子。そりゃそうだ。普段の練習中にわざわざ部室の照明を落として活動することなどまずない。

「すみません…。」

 僕は軽く謝罪をしたが、先生からの返事は無く、完全に無視をされた。続けて先生は部員に対して

「ちょーっと部長と職員室でお話してくるので、部員の皆さんは練習しててくださいね。」

 と言い残し、部室のドアをやや強めに閉めてから僕を職員室へと連れていく。あーあ、部長就任二日目でクビ覚悟かなとか思いながら、僕は先生に付いていくのであった。



第二章 こんなかっこいい先輩に恋して良かったです。


 僕が職員室へと連行されてすぐ、部室では後輩女子たちによる話し合いが行われていた。

「どうしよう、私たちのせいだ。先輩は何も悪くないのに。」

織田が心配そうにそう話を切り出すが、それに田中が反論をする。

「友梨佳がこんな会を開いていなければこんな展開にならなかったでしょ。そもそも、さっき私にも好きな人いるか聞いてきたけど、あまりいい気しなかったんだけど。」

「それは……ホントにごめん。」

 普段皆仲のいい放送部とは思えないほどの重い空気が部室に流れ、会話をするにはあまりにも気まずい雰囲気となっている。

「とりあえず、今から三人で職員室行って、本当のことを森田先生に伝えることが最優先じゃないの?」

「だね、部長が怒られる前に私たちがやったという本当のことを先生に伝えないと。」

 そう織田が言い残し、織田と松本、仲本の三人は職員室へと向かう。職員室に到着すると、職員室横の職員会議室から、部長と森田先生が話し合っているのが聞こえてきた。織田たち三人は会議室に入る様子を伺う。

「どのタイミングで入ろうか…。」

 織田が松本と仲本に尋ねた。その直後、会議室から森田先生の声が聞こえてきた。

「つまり、中村本人が部室を暗くしたという事実で間違いないか?」

 三人は驚き、弁明をしようと会議室に入ろうとした瞬間、部長が森田先生の質問に返答した。

「はい、間違いありません。」

「どうしてあんなことをやったんだ。部室を暗くして皆で秘密ごとを共有しようだなんて。そんなこと、部活中にやることじゃないだろ。それに部室の前を通りかかった人は中に人がいるのにカーテンは完全に閉められ、照明が落とされた真っ暗な状態を不思議に思うだろ。」

「すみません、けど僕は新体制で始まった今、部員同士の仲を深めることも大事だと思うんです。」

「だからと言ってあれはおかしいだろ。手段が間違っているし、ハッキリ言って度が過ぎてる。それに、秘密を答えたくない人もいるはずだ。他人への配慮も出来る人になりなさい。そんなんじゃこの先、部長務まりませんよ。」

「ごもっともです。申し訳ありませんでした。」

 なんと部長は彼女らの罪を被ったのだ。三人は会議室のドアにもたれ掛かって泣き崩れた。

「部長が優しすぎるよ…。こんなの……。」

 松本がそう言い、織田と仲本はそれに頷きただひたすら泣き続ける。最後に森田先生が中村に言葉を掛ける。

「けどまあ、皆を楽しませたいというその考えはグッジョブだ。今回は方法を君が間違えただけ。次は無いからね。ほら、部員たちが待っているはずだ。部室に戻りな。私も仕事に戻るかな。」

 中村は最後に席から立ち上がり、先生に頭を下げながら

「以後、気を付けます。」

 と誓った。先生は了解の合図か、僕に手を軽く振ってから、会議室から職員室へと繋がるドアを介して仕事へと戻っていった。

「さて、僕も部室に戻るかな。」

 そう呟いて、会議室のドアを開けると、三人が泣きながら抱き着いてきてこう言ってきた。

「せんぱい!!!好きです~~~~~~~~!!!!優しすぎますって!!!!」

 僕は最初困惑したが、彼女たちにこう言葉を掛ける。

「まあ後輩のミスは先輩のミスよ。僕があの時ちゃんと止めなかったから今回のような事態になったというのもあるしね。ほら部室戻るぞ。」

「せんぱーい!!!一生ついていきます!!!!!」

 三人は息を揃えてそういったが、それは最早告白ではないかとも感じたが、それは黙っておこう。

「てか、お前らいい加減離れろよ。動けないって。」

「絶対に放しません。このまま死ぬまで抱きしめておきます。こんなかっこいい先輩に恋して良かったです。」

 織田がそう言うと、他二人も強く頷きながら先程よりもさらに強く抱きしめるのであった。『ん?なんで織田以外の奴ら頷いたんだ?』と疑問に感じたが、この時はまだ触れないことにした。そしてその後部室へと戻るのだが、結局皆でくだらない雑談をして今日の部活を終えた。

『あれ?結局練習メニュー確定してなくね?』

 中村がそう気づいたのは家でお風呂に入っている時だった。いや遅すぎだろ!


第4話へ続く

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