第2話 先輩って、私のことどう思っているんですか?!

第一章 返事


「先輩って今、彼女いるんですか?!」

 あまりにも突然の出来事で、全身が固まってしまった。この間、二人しかいない放送室に静寂が訪れた。そして先程よりもさらに長い沈黙の末に出てきた僕の言葉は、

「えっ、今なんて?」

 動揺を隠せなさすぎではないか。

「だーかーらー!好きって言ったんです!女の子にそんなこと何度も言わせないで下さいよ!」

「それはすまん。女の子に告白されることなんて滅多にないから驚いちゃって…。」

「ですよね笑」

 彼女は想いを伝えられた安心感か、顔の赤面具合は先程よりも落ち着き、この時には普段どおりの笑顔でかわいい織田の顔に戻っていた。

「私、人生で初めて告白というものをしました。それで…」

 彼女は続けて何かを言おうとしていたが、僕は彼女に疑問を投げかける。

「それにしてもなぜこのタイミングなんだ?それだけ聞かせてくれないか?」

 一度引いた顔の赤さが再びぶり返し、また顔を赤面させながら彼女はやや恥ずかしそうに口を開く。

「さっき皆がお昼を食べる前のことです。実は先輩が部長会に行ってる間に、顧問のお二人から部長決定の連絡を部員全員にしたんです。森田先生が『中村君に部長を任命します』といった瞬間、『私の好きな先輩がもっと遠い存在になってしまう。だから、そんな先輩を私のものにしたい。』という独占欲が先走りすぎてつい勢いで…。」

 とても嬉しかった。こんなことを僕に行ってくれる女子がいるなんて。

「そうか、伝えてくれてありがとうな。その気持ちを抑えるの苦しかったよな。よく頑張った!」

「せんぱい~~~~~!そういうとこが好きです~~~~~~!!!」

 そう言って、彼女は大粒の涙をこぼしながら僕の胸元に向かって抱きついてきた。泣き続ける彼女の頭を僕は優しく撫でながら、僕は彼女に伝える。

「織田のその勇気、本当にすごいと思う。簡単にできるようなことじゃないと思うぞ。ただな、僕がその気持ちに応えることは今はできない。これを伝えることは本当に心苦しいが、部長になってしまった以上、君一人だけを部内で特別扱いすることはできないし、君への恋愛感情を皆で楽しむこの部活動に持ち込むことは僕が許せないんだ。だから、ごめん。」

 そう言った瞬間、彼女は僕の胸元から離れてこう呟いた。

「部長になったから応えられないって…、じゃあ部長になることが決まる前に告白していれば、私の告白は受理されたんですか。そもそも部長になるなんて今日まで決まっていなかったじゃないですか。そんなの納得できません。」

 そう言って、泣きながら彼女は部室の扉を力強く開け、逃げるように放送室を後にした。

「おい、待て!話はまだ終わってない!」

 僕も自分の荷物を抱え、織田の後追う。部室からだと、一年生と二年生とでは昇降口が二年生の方が遠いため、見失うのではないかという心配があった。けれども、今はそのようなことを考えている場合ではない。彼女と話がしたい。向かうべき場所はたった一つのはずだ。そう思い続け、靴を履き替えて全速力で学校の正門を出る。すると、正門を出てすぐ横にある花壇のレンガに、彼女は腰を掛けながら、顔を下に向けて泣いていた。僕はそっと声を掛ける。

「織田、さっきはすまん。君の気持ちも考えずに。」

 織田は顔を下にしたまま小さな声で言った。

「先輩の顔、今は見たくないです。一人にしてください。」

「そうか、ただ君が逃げ出してしまったから、最後まで言いたいことを言えなかったんだ。それを言ったら僕は帰るから、これだけは聞いてくれ。」

 織田はゆっくりと顔を上げ、こちらを見つめる。

「その前にその崩れた顔の涙、このハンカチで拭きな。かわいい顔が台無しだよ。」

 僕は未使用のハンカチを制服のポケットから取り出し、彼女に渡す。

「先輩のにおいがします…。」

「そりゃ僕のだからね。」

「すみません、今の発言、私キモかったですよね。あはは………。」

 彼女は僕のハンカチで涙を拭き、両手で握り閉める。

「それで、さっきの話の続きだが、俺は部長という立場に立ってしまった以上、『今は』君の返事に応えられないと言ったんだ。今は。」

「それがどうだって言うんですか。」

 織田の質問に僕はこう返す。

「だから、僕が部長としての任期を全うするまで、返事を待ってくれないか。僕は部活動も、恋も全力でしたいんだ。織田の告白に誠意をもって返事したい。折角頑張ってくれた、こんなにかわいい後輩の告白を滅茶苦茶にして終わらせたくないんだ。こんな僕のわがままだが、待っててくれないか。」

 織田は急に笑顔になり、微笑みながらこう答える。

「仕方ないですね!なんか、いつも私が休み時間などに校内で見かける真面目な先輩らしいです。そんなとこが好きなんですけどね!」

 彼女の声のトーンは一気に明るくなり、一安心した。これがいつもの織田だ。

「先輩!一緒に帰りましょ!」

 家の方向が同じの僕らは、何事もなかったかのように、お昼に話した趣味の話の続きをしながら、家路につくのであった。時刻は午後三時半。この日の空は、いつもよりも清々しく、明るく感じた。



第二章 なんかいいことあった?


 九月四日。織田から中村への告白から二日が経ち、いよいよ今日から新体制での部活動が本格スタートする日である。あの件があったせいか、部室に行くのはなんだか気まずい感じがするが、最初の時点で部長が居ない状態など、部員達から『やっぱ部長するの嫌だったんだな、あのヘタレ中村。』とか思われるに違いない。そんなことを考えていると、部室の前に到着した。部室の扉を開けると、そこには既に織田と鶴見、仲本の三人だけが揃っていた。この三人と松本は同じクラスということもあり、部活の日は四人いつも一緒にやってくるのだが、今日は松本がいない。

「おつかれー。今日松本は?」

 部室のドア横にある棚に、上履きと荷物を置きながら三人に尋ねた。

「日直なので日誌書いてると思います。それが終わったら来ると思いますよー!」

 そう返してくれたのは、部室の机で黙々と数学の課題をしている鶴見だった。

「そうか、連絡ありがとう。ただ鶴見、せめて連絡に限らず、人と会話するときは人の目を見て話そうか。」

 僕はそう返事をしたが、鶴見からの返事は何もなく、彼女はただひたすら手を止めることなく課題に取り組む。荷物を置き、僕は部室のパイプ椅子に腰を掛けるのだが、やはりいつもと違って落ち着かない。特にやることもなかったので、他二人の様子を伺うと、部室の奥の席で仲本は小説を読んでいるのだが、織田は少し変だった。仲本の隣の椅子に座ってはいるのだが、にんまりと不自然な笑顔をしながらぼーっとどこかを見つめているように座っており、その姿はやや不気味にも思えた。

 それから少し経つと、鶴見が数学の課題を終わらせて席を立ち、部室の奥の放送器具室へと僕を呼び出す。放送器具室とは、校内放送をしするための機械が置かれていたり、マイクやスタンド、体育祭などで使うスピーカーなどが置かれていたりする部屋のことだ。器具室に入り、部室との間のドアを閉めると、鶴見が言った。

「中村先輩、ちょっといいですか。」

「なんだ?」

「今日の友梨佳、なんかおかしくないですか?朝からやる気がないというか、ずっとぼーっとしているというか、なんか変なんです。」

「あぁ……そうだな……。」

 僕は昨日あったことをそのまま鶴見に話すべきか考えたが、織田のことを考えずに起こったことをべらべら話すのは人としてどうかと思われる。眉間にしわを寄せ、真剣な表情でそのことを考えていると、鶴見から突っ込みをされた。

「もしかして先輩、友梨佳と何かありました?」

 これだから勘のいいガキは嫌いだよ。僕は頑なに否定する。

「いやぁ特にー?」

「本当ですかぁ~?今日、先輩もなんか違和感を感じるんですよね。部室来た時からそわそわしてますけど。もしかして、友梨佳に告白でもされました?」

 こいつは名探偵か何かなのか?今すぐ部活辞めてそういう道に進むべきではないかとも思った。僕は再び否定をする。

「僕に限ってそんなこと起こるわけないだろ!」

「ですよね笑笑、友梨佳は学年一の美少女で、先輩は超が付くほどド陰キャで童貞ですもんね!そんなこと起きないかー!」

「ぐっ……。その言葉は全世界の男子中学生が傷つくぞ。もう少し言葉選んでくれ…。流石に泣くぞ……。」

「すみません笑!けど、友梨佳に告られたのはどうなんですか?マジなんですか?」

 こいつに言うべきかはかなり思考したが、誰かにこのことを相談したいという思いがあり、このまま誰にも言わずに秘密にしておくことは自分自身無理だと昨日から思っていた。そしてなにより、部長になる前からこんな感じで俺に対して良く絡んできていたし、友梨佳の親友でもある鶴見なら信用しても大丈夫であろうという謎の安心感で、昨日起きたことをありのまま伝えた。

「実はな、お前の推察の通り、昨日の部活解散後に織田に告白されたんだ。」

 そう言った瞬間、鶴見は顔面蒼白となり、小さな言葉でこう呟いた。

「え………。マジですか…。」

 知ってて言ったんじゃないかと突っ込みたくなったが、それよりも鶴見の顔面について突っ込んでしまった。

「お前、顔の色ヤバいぞ。俺が美人な後輩に告白されたことがそんなにヤバいか?」

「い、いえ。冗談じゃなくてマジだったことに驚いてます…。友梨佳考え直した方がいいって。ちなみに返事はしたんですか?」

 鶴見が僕にそう尋ねてきたが、器具室のドアをノックされ、ドアの外から

「先輩、人集まったので部活始めてください。」

 と、後輩の中で最も真面目っ子な赤坂君に言われる。

「じゃあそろそろ部活行きましょ…。この話はまた今度……。」

 そう鶴見は言い残して部室へと戻った。後に続いて俺も部室に戻ると、仕事の影響で出席できない松木を除いて全員揃っていた。そして後輩男子の中で最もうるさい渡辺に、部室に響くような声でこう言われた。

「器具室で何してたんだよぉ!中村ぁ!」

「うるせえよ!お前は黙っとけ!!部活始めるぞ!まずは発声練習から…。」

 開幕2話で、中村拓斗にとってあまりも多くのことが起きすぎた訳だが、既に3話に突入しようとしている中、こうしてようやく新部長中村拓斗としての三和中学校放送部の部活動がスタートするのであった。


第3話へ続く

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