3
突撃、天音さんのお宅。娘さんを連れて。
『そこ、右』
バイクのハンドルを曲げる。天音邸の場所なんて知らないので娘さんに案内してもらうことにした。
「そういえば、名前。なんていうんですか」
『——天野美羽』
はい嘘。誰だよ天野って。
まあ、言いたくないなら聞かない。それが正しい人付き合いの方法だ。とりあえず天音さんって呼べばいいし。
『右』
さっきからずっと右に曲がってるような気がする。あの店、さっきも見た気がするし。新手のスタンド使いか。
「ねえ、これであってます?」
『——』
あー、なるほど。まあ、家出少女ですからね。帰りたくないのも当然か。
早速手詰まりです。仕方なく不本意ながら業腹だけど、あの胡乱なおっさんに頼るしかなさそうだ。——私、おっさんって言えるほどあの人と年が離れているようには見えないな。全く関係ないけど。
「映画、見に行きましょう」
進路変更。映画館へと向かう。
天音さんは特に見たい映画はない、というか、映画館自体が初めてらしい。とりあえず一番上映時間の長い映画のチケットを取っておいた。
二人で並んで座り、映画が始まった瞬間にワープして出口へと向かう。
「はい、もしもし、那古野です」
「はい、九条」
「天音さんの家って、どこですか」
「総雫市の一番デカい山の上」
要件おわり。電話を切る。
一人移動の場合、乗り物は必要ない。ワープをを繰り返した方がよっぽど早いし、乗り物を盗むと後々面倒なのだ。
今回は一人で天音邸に乗り込むわけだけど、これは確認。自分を納得させるための作業。要は自己満足だ。
そんな言い訳を頭の中で述べている間に目的地へと辿り着いた。
山の中にそびえ立つ洋風の屋敷。ここだけ時代が切り取られているような風景。そして、雨音。雨なんて降っていないのに。
もちろんインターフォンは鳴らさない。塀を乗り越えて窓から侵入する。
初めに足を踏み入れたのは、客室であろう部屋。柔らかい絨毯に足が沈み、埃が巻き上がる。この部屋に用はない。
部屋を出て、猛々しく歩く。私、盗人じゃないので。
部屋のドアを片っ端から開けていく。やたらと広い屋敷の癖に人が居ないのだろうか、どの部屋も家具が埃をかぶっていた。
ドアを開く。一瞬ご主人と目が合った気がしたが、即座にワープした。セーフ。
「おや……」
ドアを開くと、石造りの階段が口を開けていた。地下室。雨音が耳に響く。直感で分かった。私が知りたいことはここにある。
地下室に足を踏み入れる。
ざあざあ。雨音が強まる。
階段を抜けて、鍵を突破して扉を開く。そこには光が溢れていた。地下室と言っても、内装は地上階と変化はない。絨毯もふっかふか。
雨空の下。遮られた心地よい太陽光。窓から見える景色はそんなものだった。
「ん……?」
窓って、ここ地下じゃん。外は雨降ってないし。
近づいてみると、その窓が偽物であることはわかった。にしても、すさまじく綺麗な画面だ。魔法使いなんだから風景ぐらい魔法で写せといういちゃもんは冗談だとして、ここでなにが行われているかはなんとなく理解できてきた。
「あー、あー、あー」
よくないよくない。よろしくない。
地下はあまり広くはないようで、廊下は一本道。突き当りの大きな扉を開く。
数人の子供が居た。みんなそれなりに綺麗な身なりをして、人形のように椅子に座っている。子供たちは私に気付かない。
「おはよう」
昼だけど。
快活に部屋に入って行くも、子供たちは一切の反応を見せない。
子供たちの目の前に立って、とっても珍妙な動きをしてみる。反応なし。
まあ、予想どうり。この子たちは目が見えなくて、耳が聞こえない。
「おい、貴様!」
あー、ばれちゃった。
侵入してから三分。ちょっと遅いんじゃないかな。
「すいません。道に迷っちゃって……」
「迷うってな……。なんで、いや、どうやってこの中に」
「あ、申し遅れました。——メルクーアさんに言われてここに来ました。那古野奏です」
目の前に居るのは。三十代ぐらいの男の人。魔法使いの割には普通の格好をしている。
「あ――。そうでしたか。すみません。ちょっと、神経質になっちゃってて」
男の人はメルクーアの名前を聞いた途端に一気に態度を軟化させる。まあ、わからないことも無いが、やっぱり警戒心なさすぎじゃないですかね。この人。
「えっと、ここで話すのもなんですから。お茶でもどうですか」
さりげなく地下室から遠ざけられる。けど、ヒントは十分に揃っちゃった。はい考察タイム。
まず超能力というのは人の認識の異常。いわゆる思い込み、あるいは欠陥によって発生する。私の場合は世界が平面に見えるという欠陥が生まれつき備わっていた。
この家の場合は人為的に思い込まされたタイプの超能力ということになる。
この家でどこに居ても聞こえる雨音。地下室の窓から見える景色。生まれた瞬間から、あの女の子は雨の中で育てられたのだろう。
そして、あの視覚と聴覚の欠けた子供たち。あの娘ちゃんのテレパシーのような能力。そこから導き出される答えは一つ。
娘ちゃんは、あの子供たちと生まれた時から一緒に生活していた。だけど、あの子供達には欠けている部分があり、生活するには不便だ。だが、娘ちゃんの思考と視界を子供たちの頭の中に直接流すことができた。これは、初めのうちは魔法を使って繋げていたのだろう。それが当たり前にできると思い込むまで。
そうして作られた、異常な世界を共有できるようになった超能力者。それがあの娘ちゃんの正体だ。
「アレは最高傑作ですからね……なんとしても連れ戻さなければいけません」
「最近は、ずっとあの子を?」
「最近なんてものじゃないですよ。先代から、ずっと。ようやく成功したのが実の娘とは、いやはや、幸運ですね」
魔法使いの癖に、普通に子供とか作るんだ。
なんというか、なんというか、よくないな。
私としては親には親をやってほしいしそうあるべきだしそれが普通じゃないといけなくてそうじゃないとアレの異常さが説明できなくて夢が見れなくてとても不快で不快でよくなくて。
なんというか、なんというか。
「ちょっと、暑いですね――」
おもむろに上着を脱ぐ。
「あ、エアコンの温度、下げましょうか」
「いえ、大丈夫です……」
席移動。男の人の隣に座る。
「————」
・・・
はいカット。写せませーん。
非常に過激な描写なので、健全な青少年には見せられません。
今はシャワータイム。どろどろとしたものがいっぱいついてしまったから。
新しい服をお借りして、客間へと戻る。
「——」
目が合った。奥さんだろうか。若くてきれいな人。
ここまで来たならやってしまおう。第二ラウンドだ。
「っ……」
口を塞いで、奥さんを押し倒す。
・・・
ダメー! 見せられないよ。
だって、すごくぐちゃぐちゃでべちゃべちゃでどろどろなんだもん。
キャー! 過激すぎる。
いや、冗談じゃないけど。
まあ、なんだかんだあって、そろそろ映画館に戻らなきゃいけない時間帯なのです。ですです。
ワープで空を飛んで映画館へと帰る。スクリーンでは宇宙人とサメが戦っている。すっごく内容が気になってきた。今度一人で見にこよう。
そうと決まればネタバレを避けるため、瞼を閉じる。音を遮断して、世界から自分を切り離す。まどろんで、溶ける。
目を閉じて、暗闇の中。暗闇はいやだ、暗いのはいやだ。そんなのはただのトラウマだ。怖いだけだ。お×さんが近づいてくることもないし、お×さんが声を張り上げることもない。
だって、私はもう大人だし、そこらの人間じゃ絶対に敵わないぐらいに強くなったから。なにも怖くないはずなのに。
袖を引っ張られる。結局眠れなかった。なんでだろなぁ。
天音さんとこの娘ちゃんは席に座ったまま、上目遣いでこちらを見つめていた。映画はすでに終わっている。
「えっと……、どうでしたか?」
『——おもしろかった』
この子の境遇を考えると、おそらく初めての映画だろう。そう考えると、もうちょっといいのを見せてやればよかったとも思ったが、本人が満足そうなのでよし。
「どこか、行きたいところとかあります?」
さっきやったことを考えると、なんというか、この子に合わせる顔が無いって感じ。
娘ちゃんは首を横に振る。
ちょうどいい。それなら、逃げてしまおう。この子は大丈夫なはずだ。何一つ解決していないけど、人間は思っているよりも強いから、きっとうまくやれる。
だって、私が――。
大きく、大きく息を吐く。肺の中身を全部吐き出して、娘ちゃんと向き合う。
「ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント、です」
眼鏡をはずして、娘ちゃんにかける。
うん、似合ってる。
これできっと、青い空が見えるはずだ。
「じゃあ、いい子にしててね」
親みたいなことを言って、娘ちゃんに背中を向ける。
眼鏡を通していない世界は平らで、どうしようもなくずれている。本当、私にふさわしい、ずれた世界。
私は朝起きれないし、学校を卒業したことがないし、衝動で人を殺す。
天音夫妻は私が殺した。
だけど、それでも人並みに生きていける。その幸福が、少しでも誰かの役に立てばいいなって、善人みたいに思うわけです。
眼鏡をかけた娘ちゃんは、小さな口を動かして、何か言葉を口にした。
「——」
/眼上雨界・了
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