3,不生不死
不生不死
街は明るく、人口の明かりはどこまでも続くようだった。
「わぁ……」
背中から思わずといったふうに漏れた声が聞こえる。初めて見る人にとっては、この景色は満天の星空のように見えるだろう。
「この辺に腰を落ち着けたいんですけど……どうしましょうか」
村をああしてからは、継承自体は止まったものの、既に行われた継承は無かったことにならないようで、六花さんの身体機能は損なわれたままだ。
「はい、そうしたいです。——そうしましょう!」
六花さんは乗り気のようだが、具体的にはどうしようか。あの村に居た六花さんに戸籍があるとは思えないし、おそらく行方不明として扱われているであろう俺が出て行くと、いろいろと面倒なことになるのは確かだ。
金については、黒色の影のような能力を使えば宝石を生み出せることが判明したので問題ない。
とりあえずはホテル暮らしでもいいと思うが、いずれはどうにかしないといけない問題だ。
「悪そうな人にでも頼もうか……」
「有矢さん? 何か、よくないこと考えてません?」
「いえ、なんでもないですよ。——それじゃ、とりあえず何か食べましょうか」
街中へと足を踏み入れる。やけに視線を感じるのは、六花さんを背負っているからだろう。
・・・
朝になって、日の光が街を照らし出した。
朝食を六花さんの眠るベッドの脇に置いて、ホテルを後にする。
六月というじめったく、蒸し暑い季節ではあるが、朝の空気は涼しく、心地よい。
大きなビルの脇を歩き、路地裏へと足を踏み入れる。煌びやかな表通りとは違い、ある種安心感もある小汚さだった。
——戸籍をでっちあげるのって、どんな人に頼めばいいんだろう。
手提げ袋の中には黒色で生み出した純金を詰めてある。金は問題ないはずだ。
「何でも屋——」
路地裏に唐突に表れたネオンの明かり。朝っぱらから目に痛い看板にはなんとも胡乱な店の名前が書かれていた。
いくらなんでも、この店はない。
——と、思ったのだが、何を血迷ったのか、俺はその店に足を踏み入れた。
「すみません……」
ドアを開けると、普通の家のような玄関。その先の応接スペースであろう机の上には食器が散らかっている。それは店というよりは部屋に近い印象を受けた。
そして、ソファーの上には布団にくるまった女の人が寝転んでいた。
出て行こうかとも考えたが、それは面倒くさい。
「あの、すいません。何でも屋、ですよね?」
肩をゆすって、女の人を起こす。
「え……へ、あ、はい!」
女の人は慌てた様子で跳び起きると、こちらをまじまじと見つめる。
「あ、……お客さん、ですか?」
女の人は机の上に置いてあった眼鏡をかける。肩まで伸ばした髪には寝癖が付いている。
「はい。いま、大丈夫ですか?」
「えっと、できれば、少し待っててもらえれば……」
暫く玄関で待って、再び部屋の中に入る。
女の人はスーツに身を包み、先程の印象が嘘のようにしっかりとした雰囲気になっている。
「すいません、待たせちゃって」
「いえ、急に来たのはこちらですから」
机を挟んで、向かい合ったソファーに腰を下ろす。
「では、改めて。——何でも屋の、
「——六埼有矢です。戸籍とか、住民票とか、その辺をでっちあげたいんですけど、できます?」
「あー……」
那古野さんは目を伏せて、何やら考え込む。
「かなり頑張れば、できます」
そう言って、視線をこちらへと向ける。その意図は明白だ。俺は手提げ袋を机の上に置き、中の金の延べ棒を取り出す。頑張って丁寧に偽造したものだ。本物と全く差異はない。
「本物です。今の手持ちが五本。成功したらこの十倍は払います。めっちゃ頑張ってください」
交渉事は初めてだが、資金が無限なら楽なものだ。
那古野さんは大きく頷くと、詳しい段取りについて語り始めた。
「大まかな流れとしては以上になります。——私一人じゃ厳しいので、そっち方面の人に頼むことになります。そのあたりの交渉は私が何とかしますが、……急ぎだったりします?」
「いえ、余裕はあります。——あと、男女二人分でお願いします。十代後半の」
「わかりました」
一時間ほど話した後、連絡先を交換し、何でも屋を後にする。
「おはようございます。有矢さん」
玄関を開けると、車いすに乗った六花さんが居た。
「え、おはよう、ございます」
頭が追い付かなかった。六花さんは片腕以外動かないはずなのに、一体どうやってここに来たというのか。
「心配したんですよ。起きたらいなくなっちゃってるので」
「えっと、どうやってここに?」
「なんとなく、ここに居そうだなって」
そう言われると納得するしかない。これも第六感の力だったりするのだろうか。
背後で扉が開き、那古野さんが顔を出す。
「……六埼さん、この方が?」
「はい。六埼六花です」
六花さんが屈託ない笑みを那古野さんに向ける。
「那古野です」
一方、那古野さんは事務的に軽く頭を下げ、路地の奥に歩いていく。
「では、私はこれで」
・・・
「まだ力は一部私に残ってるみたいなので、片手でも十分力が出るんです」
六花さんはそう語っているが、いくら力があったとて、車いすは片手で動かせるものなのだろうか。
「それで、なにを頼んでたんですか?」
「戸籍とか……作ろうかなって」
「なるほど。街で暮らすには、必要なんですよね」
「無いと不便ですね」
車椅子を押して、目的地も無く町を歩く。
「ちょっと、疲れちゃいましたね」
「そうですか?」
「街はまだよくわからなくって、一人じゃ大変でした」
あの村には車も無ければ道路も無い。歩くだけでもかなり勝手が違うだろう。
「一旦、帰りましょうか」
進路変更。道は全く分からないが、直感に従えば辿り着けるだろう。
ホテルの部屋に戻り、しばらくぼんやりと過ごしてから、昼食を買うためにホテルの外に出た。
街に来てからは、六花さんが気になっているものを順番に食べて行っているが、今日はハンバーガーを食べてみたいらしい。
近場のハンバーガー屋には制服を着た高校生の姿がちらほらみられる。今日は平日のはずだけど、学校は昼までなのだろうか。
「ん……?」
列に並んで順番を待っていると、席に座ってポテトを食べている高校生グループの内の一人と目が合う。その男は目を丸くして、じっとこちらを見つめる。知り合いだろうか。確かに、見たことあるような顔ではあるけど。
「おーい、有矢!」
記憶が堰を切って溢れてくる。確か、彼の名前は――。
「
制服を着た男女二人がこちらに近づいて来る。
胃の中からこみあげてきたものを消す。あの村に居た二人は、多分、そういう事だったのだろう。
「お前、行方不明だって聞いたけど、大丈夫か?」
「まあ……ちょっと、家出みたいな」
適当な言葉で誤魔化す。黒色を使って表情を作るのも慣れたものだ。
「へぇ……何かあったの?」
「まあ、いろいろと」
「……もう、連絡も帰ってこないから、心配したんだから」
光葵は上目遣いでこちらを見て、叱るような口調で話す。
「あ……連絡先、変わったから。スマホ駄目になっちゃって」
ポケットから携帯を取り出して、二人の方へ向ける。
「うん。……六埼?」
二人は目を合わせる。
ああ、俺はあの村に来る前は確か……。なんだっけ。なんだか、思い出さなくていいことのような気がする。
「いや、ごめん、なんでもない」
どうやら気を使われたようだ。
「あ、一応聞いとくけど、
増見里桜、同じ中学校に居た、宗二と仲の良い女子だったはずだ。
「どうかしたの?」
「それが、昨日から連絡がつかなくてな……」
「ごめん、見てない」
「そっか、すまん」
あの人は本当に家出でもしたんじゃないだろうか。俗世離れした雰囲気の人だったし、突拍子のない行動をしそうな人ではある。
「今日、あいつの家に行ってみようと思ってる」
◇
有矢が帰ってくるまでやることも無いので、ぼんやりと窓の外を眺めている。街の景色は新鮮で、いくら見ていても飽きることはない。
「あれ……?」
建物の隙間で炎が上がる。
街に来て少ししかたっていないが、あの光景が異常なのは知っている。
炎の明かりがスポットライトのように周囲を照らす。揺れるように動く炎の中心に、狂ったように動き回る影。
ああ、あれは村で見たことがある。燃えているのは人間だ。
片手で跳ねるようにして体を起こす。継承が中断されたおかげで私の中に残った力も、いつの間にか使えるようになっていた。といっても、すごく力が出るだけだけど。
唯一動く右手で車椅子に飛び乗って、ホテルの外へと移動を始める。
「ここだ――」
その路地は、多分、煙のにおいがする。人の焼ける嫌な臭いも、きっとする。私は嗅覚が無くなっちゃったけど、今だけはそれでよかったと思う。
狭い道幅を埋め尽くすのは、灰色の粒。宙を舞って、視界のすべてを灰いろに染める。
「——骨がない」
一度、生きたまま焼かれた人間の処理をしたことがある。そもそも、人をそのまま燃やしても綺麗に骨にならない。油をかけたり、藁を撒いたりしてから燃やす。それでも、完全に骨だけになるには一時間ほど燃やし続けないといけない。これは、あまりにも短すぎる。
それに、この灰の量も多すぎる。骨がないのもおかしい。いったい何が――。
何か――来る――!
咄嗟に車いすごと体を横に倒す。頭を何かが掠める。
振り返って、そこに居たのは人のような何かだった。形は人ではあるが、爛れた手足、空洞の瞳。とても生きている人間とは思えない。
さっき燃えてた人? だったら爛れた手足にも納得がいく。
「ちょっと……落ち着いて――!」
その人間はやけどで大けがしたにしては有り得ないほど機敏に動き、こちらに迫る。
耳がない。髪も見あたらない。性別は判別できない。口元には、牙——。
「伏せて!」
真上から声がすると同時に、突風が吹く。
肉の裂ける音。裂けたのは目の前の人の首。目を逸らすことなくその一部始終を見ていた私の瞳に映った乱入者の姿は、一人の少女だった。
「大丈夫⁉」
後ろで括った髪を揺らしながら、少女はこちらに駆けよってくる。
「はい……大丈夫です」
「そっか、よかった」
心底安心したというふうに笑う少女。彼女は地面に倒れた私に手を差し伸べながら言った。
「私、増見里桜って言います」
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