第3話 初イベントの手応えは……?

「初めまして。これからお世話になります、セラ・マニエラと申します。」

 今日は、仕事場となる文官棟へ挨拶に行った。仕事自体は2日後からだが、必要な物や制服を取りに来るよう言われていたためだ。

 俺は深々と礼をし、目の前の文官達は友好的に「こちらこそ。」と微笑む。……ただ1人の男を除いて。

「いつから出勤だ。」

「……明後日からです。」

 そう聞いたきり黙る大きな男――この人物こそ、鬼文官シバ・アインラスだ。青がかった黒髪と瞳。肩まで無造作に伸びた髪の隙間から、両耳にある青いピアスがチラッと見える。

「では、明後日私の執務室へ来い。」

 それだけ言うと、俺の返事も聞かずにさっさと仕事に戻って行った。

(相変わらず、酷い態度。)

 ゲーム内で見慣れているが、対峙してみるとそのぶっきらぼうさは想像以上だ。体格も良く、近くに寄ればかなり威圧的に感じる。

(はぁ、これからこの人が俺の上司か…。)

 俺は明後日からの仕事が心配になった。


「あの、気にしない方がいいですよ。アインラス様はお忙しい方ですから。」

 にこっと笑って話し掛けてきたのは、物腰の柔らかい女性シュリだ。

 彼女は主人公の良き友であり、同い年ということで話も合う。ストーリーが進むと恋愛相談にも乗ってくれる心強い味方だ。

「ありがとうございます。」

「ここを案内しますから、ちょっとお待ち下さいね。」

 シュリは持っていた書類を机に置きに行くと、俺に文官棟と各部屋の説明をしてくれた。

「アインラス様の執務室はこちらです。明後日はここへ来て下さい。」

「分かりました。」

 それからシュリは、お昼を一緒にどうかと聞いてきた。俺はもちろんと喜んで頷いた。


「同い年だったんですね!」

「そうみたいですね。なので敬語は不要ですよ。」

 俺達は文官棟にある食堂で昼ご飯を食べながら話していた。彼女は気さくで、話していると明るい気持ちになる。俺は彼女ともっと親しくなりたいと心から思った。

(主人公もこんな気分だったのかな。)

「じゃあ、セラって呼ぶね。私にも敬語はいらないよ。」

「うん。じゃあ俺もシュリって呼ばせてもらうね。」


 その後も盛り上がっていろいろと話していたが、シュリは俺をじーっと見て、見た目について言及してきた。

「セラ、城では気を付けた方がいいよ。」

「気を付けるって?」

「……気に障ったらごめん。セラは可愛い見た目してるから、無防備でいない方がいいと思う。」

 たしかに、ゲームの主人公も攻略キャラ以外にナンパされる描写があった。しかし俺は男だ。攻略キャラは別として、他でそういった心配は無いだろう。

「ははっ、可愛いなんて言われたことないよ!」

「本当だって!……もう、私心配だよ。」

 俺は転生してこの世界に来たが、その容姿は前世の日本人大学生であった頃と同じだ。あちらの世界でも、特に言い寄られた経験などない。

 俺は、本気で心配している目の前のシュリに、「大丈夫だって!」と笑った。


 新しい制服と必要な文房具を貰って部屋へと帰る。文官棟から出て、宿舎へ戻る道すがら、イケメン騎士が前から歩いて来た。俺がチラッと相手を見ると、その視線に気付き声を掛けてくる。

「あれ?見たことない子だね。どこの所属?」

「文官棟で働く予定です。」

「へぇ、予定ってことは来たばっかり?城を案内してあげよっか?」

 俺はどう返事をするべきか考える。

 対象となるシークレットキャラが誰であるかまだ分からない今、俺はモブとの何気ない会話にもドキドキしなければならない。

(この人が攻略対象だったらどうしよう。)

 妙に関心を寄せられてルートに入るのは困るが、逆に攻略者について教えてくれるキーパーソンかもしれない。

「ねぇ、君すっごく可愛いね。」

「あ、あの……、」

 俺がおろおろしながら返事を考えていると、後ろから声がした。

「おい!そこで何してる。」

 振り向くと、そこにはアックスがいた。

(ア、アックス?!そうか、これはイベントか!)

 俺は、ゲーム序盤で起こるはずのイベントを思い出す。

廊下でモブに絡まれ、そこを偶然通りかかったアックスに助けられるのだ。ゲームの中で、モブの顔は基本影がかかり見えないため、彼がそのイベントの引き立て役なのだと気付けなかった。

(しかも、俺から目線を送っちゃったし……。ちょっとこの人が可哀想だな。)

 ゲームでは、突然男が話しかけてきたような描写になっていたが、今回は完全に俺が発端だ。

「俺が迷っていたので、声を掛けて下さったんです。」

「……そうか。俺が案内するから下がっていいぞ。」

 アックスの言葉に、男は「はい!」と礼をして去っていく。

(黒騎士様はこの国の英雄だからな。)

 数年前、他国に奇襲をかけられたこの国を守ったのがアックスだと言われている。そこについてはふんわりとした説明しかなかったが、彼はおそらくとんでもなく強いのだろう。


「さっきはああ言っていたが、強引に誘われていたんじゃないか?」

「いえ、本当にただ道を尋ねただけです。」

「君は優しいな。」

 話の内容が聞こえていたのだろうか。アックスが俺の頭に手を乗せる。それをポカンと見ていると、アックスが慌てて手を退けた。

「すまない。子ども扱いしてるつもりは……ッ」

「ふふ、はい。分かってます。」

 思わず笑いが零れる。皆の憧れの黒騎士様が焦る姿は珍しく、俺はその貴重な表情をじっと見る。

「……なんだ?」

「今のことは本当に気にしないで下さい。では、俺はこれで。」

 頭を下げて去ろうとする俺の腕をアックスが掴む。

(え、引き留められた?!)

 ゲームでは助けられて少し話をしてイベントは終了だ。少しびっくりしたが、何か意図があるのかとアックスを見つめる。

「その……送っていく。また迷うかもしれない。」

「あ、ありがとうございます。」

 俺は、アックスに言われるままに部屋の前まで送られてしまった。


 部屋に帰り、父がまだ帰ってきていないのを確認すると、リビングの椅子に座って机にうつ伏せになる。

 今日はイレギュラーなことが起き、少し頭を整理したかった。

 アックスと廊下で会って、モブから助けてもらったのはゲームの通りだ。しかし、その後に頭を撫でたり、腕を掴んで引き留める描写は無かったと思う。しかし、これが現実であることを考えれば、この位のことで焦っていてはいけない。

(そりゃそうだよ。全部が全部ゲームの通りってわけじゃないよね。)

 用意された台詞を言うだけのキャラクターではなく、彼らは生きている人間なのだ。大方はゲームの運命に従わなければならないが、それ以外の部分にはいろんな可能性がある。

 俺はこれからに備え、臨機応変に対応できるよう作戦を練り直すことにした。


「ただいま~!」

「おかえりなさい。」

 俺は仕事から帰ってきた父を迎える。今週いっぱいは庭師として働き、来週からは別の仕事を試すように言われている父は、早くも庭での仕事が好きになりつつあるようだ。

「仕事どうだった?」

「楽しかったよ。大工しかしたことなかったけど、草木を触るのもいいもんだね!花も綺麗で飽きないよ。」

 仕事に満足感を感じている父に笑顔を向けると、父は「あ、そうそう……」と言ってカバンを漁り、箱のお菓子を広げる。

「これ、ラルクさんから頂いたんだ。」

「お菓子?」

「うん!1つその場で食べたけど、美味しかったよ。」

 親子で食べてくれと、仕事中に差し入れてくれたらしい。

 俺達はそれを摘まみながら、今週の予定を確認した。

「俺、明後日から仕事だよ。」

「いよいよだね。今日聞いたけど、文官の中に怖い人がいるらしいよ。その人がセラの上司じゃないといいけど。」

(父さん、それって俺の上司になるシバ・アインラスのことじゃないかな……。)

 俺は父を心配させまいと、その話題は軽く流し、今日友達になったシュリについて話した。


 次の日、俺は庭で父さんの仕事っぷりを見ながら、明日からの仕事について考えていた。

主人公は文官の下働きでありながら、その仕事内容については全くと言って良いほど描かれていない。シバに冷たく当たられながらも、一生懸命働く姿が文官内でも評判になり、心配になったアックスが俺が無理してないか確認する為に文官棟を訪れるようになるのだ。

(ていうか、まず俺に文官仕事なんて務まるのかな……。)

 アックスが文官棟に来てくれるようになれば、彼が俺に好意を持っていると言って良いだろう。しかし、働く姿がアックスに好印象を与える前に、アルバイトくらいしか経験の無い俺がこんなお堅い仕事をこなせるのか……急に心配になってきた。

(まぁ、シュリもいるし、何とかなるよね。)

 俺はマイナスになっていく思考を止め、今は前向きに考える事にした。

(とにかく、明日からは第二王子エヴァンと王の側近ウォルには会わないように気を付けつつ、アックスには積極的にアプローチしていかなきゃ。)

 これに失敗すれば、どうあがいても親子共々強制労働施設へ送られる。自分自身と、ぽやぽやしている父の為にも、俺は絶対に騎士様と結ばれる必要がある!

 決意を固くし、俺はベッドに横になった。

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