第3話 初イベントの手応えは……?
今日は、今後の仕事場となる文官棟へ挨拶に行った。仕事自体は二日後からだが、必要な物や制服を取りに来るよう言われていたためだ。
目の前にはここで働いている文官達が集まり、俺の挨拶の言葉を待っている。
「初めまして。これからお世話になります、セラ・マニエラと申します」
俺は深々と礼をし、文官達は友好的に「こちらこそ」と微笑む。ただ一人の男を除いて。
「マニエラ、いつから出勤だ」
「明後日からです」
そう聞いたきり黙る大きな男――この人物こそ、鬼文官シバ・アインラスだ。青がかった髪と瞳。肩まである髪の隙間から、両耳にある青いピアスがチラッと見える。
「では、出勤したらすぐに私の執務室へ来い」
シバはそれだけ言うと、俺の返事も聞かずにさっさと仕事に戻って行った。
(ゲームと同じで、酷い態度だなぁ)
ゲーム内で見慣れているが、対峙してみるとそのぶっきらぼうさは想像以上だ。体格も良く、近くに寄ればかなり威圧的に感じる。
(はぁ、これからこの人が俺の上司か……)
俺は明後日からの仕事が心配になった。
「あの、マニエラさん。私はシュリと申します。制服をお渡しする前に、文官棟内を少し見て行かれませんか?」
挨拶が終わり文官達が解散した後、にこっと笑って話し掛けてきたのは、物腰の柔らかい女性だった。
彼女は主人公の良き友となる人物だ。主人公と俺と同じ十九歳で、ストーリーが進むと恋愛相談にも乗ってくれる心強い味方だ。
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
「ちょっとお待ち下さいね」
シュリは持っていた書類を机に置きに行くと、文官棟内の施設を案内してくれた。
「アインラス様の執務室はこちらです。明後日は出勤後、まっすぐここへ来て下さい」
「分かりました」
目の前にあるシバの執務室は、棟の入り口から近い位置にあるため、明後日は迷わず来れそうだ。
それからシュリは、お昼を一緒にどうかと聞いてきた。俺はもちろんと喜んで頷いた。
「わあ、セラさんは私と同い年だったんですね!」
「はい。なので敬語は不要ですよ」
俺達は文官棟にある食堂で昼ご飯を食べながら話していた。彼女は気さくで、話していると明るい気持ちになる。俺は彼女ともっと親しくなりたいと心から思った。
(主人公もこんな気分だったのかな)
「じゃあセラって呼ぶね。私にも敬語はいらないよ」
「うん。俺もシュリって呼ばせてもらうね」
新しい制服と必要な文房具を貰ってシュリと別れた俺は、そのまま自分の住む宿舎へ戻ろうと文官棟を出た。そして、宿舎のあるエリアへ向かって歩いていたところ、前方から妙に顔の整った騎士が歩いて来るのが見えた。
(まさかシークレットキャラじゃないよね?)
華やかな見た目が気になり俺がチラリと相手を見ると、その視線に気付いた騎士が声を掛けてきた。
「あれ? 見たことない子だね。どこの所属なの?」
「こんにちは。明後日から文官棟で働く予定です」
「へぇ、予定ってことは城に来たばっかりなの? 広くて覚えるの大変でしょ。案内してあげるよ」
俺はどう返事をするべきか考える。
対象となるシークレットキャラが誰であるかまだ分からない今、俺はモブとの何気ない会話にもドキドキしなければならない。
(この人が攻略対象だったらどうしよう)
妙に関心を寄せられてルートに入るのは困るが、逆に攻略対象である黒騎士アックスについて教えてくれるキーパーソンかもしれない。
「ねぇ、君ってすごく可愛いね」
「あ、あの……」
俺がおろおろしながら返事を考えていると、後ろから声がした。
「おい! そこで何してる」
振り向くと、そこにはアックスがいた。
(ア、アックス!? そうか、これはイベントか!)
俺は、ゲーム序盤で起こるはずのイベントを思い出す。
主人公は廊下でモブに絡まれ、そこを偶然通りかかったアックスに助けられるのだ。ゲームの中で、モブの顔は基本影がかかり見えないため、妙に華やかなこの男が、今回のイベントの引き立て役なのだと気付けなかった。
(しかもこの人、俺が目線を送っちゃったから話しかけてきたんだよね)
ゲームでは、突然男が話しかけてきたような描写になっていたが、今回は完全に俺が話しかけるきっかけを作ってしまった。
「俺が迷っていたので、声を掛けて下さったんです」
「……そうか。では俺が案内するから、君は下がっていいぞ」
アックスの言葉に、男は大きな声で「はい!」と返事をし、頭を下げて去っていく。
(さすがこの国の英雄)
ゲームのナレーションによると、数年前、他国に奇襲をかけられたこの国を守ったのがアックスらしい。そこについてはふんわりとした説明しかなかったが、ゲーム内では、アックスが騎士達から慕われている描写が何度もあった。
「さっきはああ言っていたが、強引に誘われていたんじゃないか?」
「いえ、本当にただ道を尋ねただけです」
「君は優しいな」
話の内容が聞こえていたのだろうか。アックスが俺の頭に手を乗せる。それをポカンと見ていると、アックスが慌てて手を退けた。
「すまない。子ども扱いしてるつもりは、」
「ふふ、はい。分かってます」
思わず笑いが零れる。皆の憧れの黒騎士様が焦る姿は珍しく、俺はその貴重な表情をじっと見る。
「……なんだ?」
「今のことは本当に気にしないで下さい。では、俺はこれで」
頭を下げて去ろうとする俺の腕をアックスが掴む。
(え、引き留められた!?)
ゲームでは、助けられて少し話をしてイベントは終了だ。少しびっくりしたが、何か意図があるのかとアックスを見つめる。
「部屋まで送っていく。さっきの者にもそう宣言したしな」
「ふふ、ありがとうございます。」
律儀な言葉に思わず笑ってしまった俺は、アックスとの雑談を楽しみながら部屋の前まで送ってもらった。
部屋に帰り、父がまだ帰ってきていないのを確認すると、リビングの椅子に座って机にうつ伏せになる。
今日はイレギュラーなことが起き、少し頭を整理したかった。
アックスと廊下で会って、モブから助けてもらったのはゲームの通りだ。しかし、その後に頭を撫でたり、腕を掴んで引き留める描写は無かったと思う。しかし、これが現実であることを考えれば、この位のことで焦っていてはいけない。
(そりゃそうだよ。全部が全部、ゲームの通りってわけじゃないよね)
用意された台詞を言うだけのキャラクターではなく、彼らは生きている人間なのだ。大方はゲームの運命に従わなければならないが、それ以外の部分にはいろんな可能性がある。
俺はこれからに備え、臨機応変に対応できるよう作戦を練り直すことにした。
「セラ、ただいま~!」
「おかえりなさい父さん」
俺は仕事から帰ってきた父を迎える。今週いっぱいは庭師として働き、来週からは別の仕事を試すように言われている父は、早くも庭での仕事が好きになりつつあるようだ。
「仕事はどうだった?」
「今日も楽しかったよ! 大工しかしたことなかったけど、草木を触るのもいいもんだね~!」
仕事に満足感を感じている父に笑顔を向けると、父は「あ、そうそう」と言ってカバンを漁り、菓子の箱を机に置いた。
「これ、ラルクさんから頂いたんだ」
「お菓子貰ったの?」
「うん! 一つその場で食べたけど、すっごく美味しかったよ」
親子で食べてくれと、仕事中に差し入れてくれたらしい。
俺達はそれを摘まみながら、今週の予定を確認した。
「俺は明後日から仕事が始まるよ」
「いよいよだね。今日ラルクさんに聞いたけど、文官の中に怖い人がいるらしいよ。その人がセラの上司じゃないといいけど」
(父さん、それって俺の上司になるシバ・アインラスのことじゃないかな)
俺は父を心配させまいと、その話題は軽く流し、今日友達になったシュリについて明るい声で話をした。
次の日、俺は庭で父さんの仕事っぷりを見ながら、明日からの仕事について考えていた。
主人公も文官の下働きであったが、その仕事内容については全く描かれていない。シバに冷たく当たられながらも、一生懸命働く姿が文官棟内でも評判になり、噂を聞いて心配になったアックスが、主人公が無理をしてないか確認する為に文官棟を訪れるようになるのだ。
(まず第一に、俺に文官仕事なんて務まるのかなぁ)
アックスが文官棟に来てくれるようになれば、彼が俺に好意を持っていると言って良いだろう。しかし、働く姿がアックスに好印象を与える前に、アルバイトくらいしか経験の無い俺がこんなお堅い仕事をこなせるのか――急に心配になってきた。
(まぁ、何とかなるよね。いや、何とかしないと!)
俺はマイナスになっていく思考を止め、今は全てを前向きに考えることにした。
「とにかく、明日からは第二王子エヴァンと王の側近ウォルには会わないように気を付けつつ、アックスには積極的にアプローチしていかなきゃ!」
これに失敗すれば、どうあがいても親子共々強制労働施設へ送られる。自分自身と、ぽやぽやしている父の為にも、俺は絶対にアックスと結ばれる必要がある!
決意を固くし、俺はベッドに横になった。
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