第2話 攻略者達との出会い
俺は眠らず、ゲームについて思い出せることを片っ端から紙に書いていった。
ハッピーエンドになる為の条件を知っているのは黒騎士様ルートのみ。後は動画で2つのバッドエンドを見た。1人はこの城で王の側近をしている冷静眼鏡。そしてもう1人はナンパな第二王子。
この2人と黒騎士様、そしてシークレットの4人が攻略対象だ。
誰とも結ばれないノーマルエンドも存在するらしいのだが、回収しなければならないイベント数が半端無く、ノーマルエンドルートに入ってから選択ミスをした場合、『親子共々強制労働施設行き』という恐ろしすぎる結末が待っている。
(ノーマルエンドを狙うのは無理だな…。)
となると、俺が狙うのは黒騎士一択!
目の前の紙には、騎士と結ばれる為に必要なイベントの概要や、会話選択がびっしりと書かれている。そして念の為に攻略対象達のプロフィールや、下手であるが似顔絵も描いた。
(こんなに頭使ったの初めてかも…。)
テストの前でも、こんなに真剣に机に向かったことはない。俺は、これから始まる波乱万丈な日々を思い、「よし!」と気合を入れた。
「ここのご飯美味しいね~!」
「うん、そうだね。」
俺と父は朝食を食べに食堂に来ていた。ここで働く者ならば誰でも利用して良いとのことで、使用人のような身なりの人から、剣を腰にぶら下げている騎士まで様々だ。
(味なんかしないよ……。プロローグは昨日で終わって、今日から本格的にストーリーが展開していくんだから。)
俺は来たる攻略者達との出会いに、良くない意味でドキドキと心臓が鳴った。
(正直怖い!……選択間違えるなよ、俺。)
昼食を食べ終わり食堂を出た俺は、1人目の攻略者と出会った。その出会い方というのが……
「わっ、」
「……ッ大丈夫?」
食堂でテイクアウトした紅茶を持った俺に、話しながら歩いてくる長髪の第二王子がぶつかるというものだ。
(王子が何でぶつかってくるんだろ。護衛は何してるんだ……。)
俺は頭でツッコミを入れつつ、「失礼しました!」と謝る。
この第二王子は、城の状況を把握するために極まれに食堂を訪れる設定だ。
「こちらこそすまなかった。怪我はないかい?」
「はい。あっ、殿下の御召し物に紅茶が……。」
俺は服の袖を指差しながら顔を青ざめさせる。
(『セラは顔を真っ青にしながら謝った。』ってゲームにあったけど、まさにその通りだよ。だって相手は王子だぞ?!)
俺は震える手を前に合わせてバッと勢いよく頭を下げる。
「気にしないで。それより、君の名前は?」
「セラ・マニエラです。新しくここで働かせていただくことになっています。」
「こんなに可愛らしい子が入ったなんて知らなかったよ。」
パァっと華が咲くような笑顔……思わず眩しいものを見るように目を細めてしまう。
(これが王子スマイル…凄すぎる。)
「僕はエヴァンだよ。よろしくね。」
「は、はい。」
それから、紅茶の件についてさらに謝る俺に微笑む王子は、「気にしないで。」と言って颯爽と去って行った。
(よし、これで次会うのはずっと先だ。)
王子という立場から、平民出身で文官の手伝いをする俺に会う機会はほとんどない。
(ただ、ルートに入ってしまえば、今まで会えなかったのが嘘みたいに頻繁に顔を合わせるんだよね。)
ゲームに関してツッコみたい部分は多くあるが、とりあえず今は王子とのファーストコンタクト成功に、胸を撫でおろした。
次に出会うのは王の側近である眼鏡の男。
(ここが城で一番大きい庭か。)
父はずっと大工一筋で生きてきたため、城で他にどんな仕事が向いているのか定かではない。今朝、王から遣わされた男に「いろんな業務をしてもらってから、どうするか決める。」と言われ、まずは庭師として働くことになったのだ。
今、俺は仕事を習いに来た父の付き添いでこの庭にやって来ていた。ゲームでは、ここにある大きな木の側で眠る眼鏡側近と出会うのだ。
庭師の仕事を習いに父が離れて行ったのを見計らい、俺は目的の木の側に近寄る。そこには、黒髪を後ろに撫でつけた堅そうな男が、眉間に皺を寄せて眠っていた。
そろーっと近くに寄ってみる。
「おい、お前誰だ。」
気配に気づいた男が、目を開けて俺を睨む。
俺は頭で会話の選択肢を考える。出ている選択は、①「私はセラ・マニエラです。」、そして②「先に名乗るのが礼儀じゃないの?」
(どう考えても①だよね。なんで②が正解なんだろ。)
「あの、先に名乗るのが礼儀じゃない、ですか?」
俺は少しだけ柔らかく言い換えたが、それでも良かったようだ。眼鏡の男はふっと笑って「面白い奴。」と言って笑った。
(なんでそこでそうなる!)
「私はウォル・レイブンだ。」
俺は目的通り彼に気に入られたようで、「ここは俺の秘密の場所で~」と説明を始めだした。
ここが彼のお気に入りの場所であり、疲れた時にはここで仮眠を取ることを知っている俺は、それを話半分に聞いた。
(そしてある日、猫と寝てる姿にキュンと来た主人公がウォルを触ろうとしたら、手を掴まれて「いたずらするなんて、悪い子猫だな。」って笑うんでしょうが。)
俺はそのイベントの日だけは、外を出歩かないと決めた。
「セラ~!このまま仕事を習うことになったから、先に帰ってて~。」
「うん、分かった。」
軽く返事をしてその場を去る。……しかし俺は今、かつてない程に緊張していた。
(今から本命の黒騎士様と出会うんだ!)
俺は部屋に帰る道すがら馬小屋の近くを通った。そして馬に話しかける。
「君、かっこいいね。」
それはゲームで主人公が言った台詞であるが、俺の本心でもあった。
俺は動物が好きで、特に馬には強い憧れがある。小学校の遠足で行った牧場で初めて馬に乗り、そのかっこよさに魅了された。それから何度も母親に牧場に連れて行ってくれと頼んだが、酔った母は鬱陶しそうに「無理だ」と強く言い放ち、俺はいつの間にか諦めてしまっていた。
(この黒い馬、毛並みが凄く綺麗。)
俺はその身体にソッと触れ、馬も気持ちよさそうにしている。ずっと撫でていたくなるような触り心地に、俺がさらに手を伸ばした時――…
「誰だ……?」
「あ……ッ。」
俺は遂に黒騎士と出会った。
こちらを怪しげに見ている男は、艶のある黒髪にかっちりとした黒い騎士服。瞳は金色で全体の黒によく映える。
「セラ・マニエラです。城で働くことになっている者です。」
俺は慌てて名前を名乗り、通りかかったから触ったのだということも伝えた。
「俺の馬だ。」
「あ、勝手に触ってごめんなさい。」
俺はパッと手を引き、それに馬が不機嫌そうにブルル……と鳴いた。
「……俺はアックス・トロントだ。騎士をしている。触っていたことは、気にしなくていい。」
アックスは、愛馬が知らない者に懐いていたことに驚いただけだと言う。
「エマは俺以外に触らせようとしないからな。」
「エマって言うんだ。かっこいいって言って失礼だったかな。美人さんだったんだね。」
俺は、目の前で触ってくれと言いたげにブルルと鳴く黒馬に向けて笑った。
「アックスさん、またこの子を見に来ていいですか?」
「ああ、もちろんだ。」
黒騎士は俺に「アックスと呼べ。」と言い、しばらく一緒に馬を撫でていた。
「そろそろ帰ります。ありがとうございました。」
「ああ、俺は大半夕方ここに寄る。もし来たら声を掛けてくれ。」
最初は緊張していたが、アックスがフランクに話してくれたおかげで会話が弾んだ。そして彼の馬についての説明は面白く、俺は手を挙げて何回も質問をしてしまった。
(なんか凄く良い人だなぁ。話しやすいし。)
俺はゲームの中よりも気さくなイメージのアックスに好印象を持った。
(ゲームじゃ、馬の話はあんなにしてなかったけど……まぁ大丈夫だよね。)
俺は楽しい時間に若干気が緩みながら、部屋へと帰る道を歩いた。
「木を切ったりして楽しかった~!」
「良かったね、父さん。」
俺達は晩御飯を食べに食堂へ来ていた。
俺達親子はここでの知り合いもいないため、2人きりでテーブルに着く。父は今日習った仕事が楽しかったらしく、また明日も庭に行くのだとワクワクしていた。
美味しい食事を楽しみながら今日のことをお互いに報告していると、横から声がした。
「あ、マニエラさん!お疲れ様です。」
「ラルクさん!わぁ、いつもここでご飯食べるんですか?」
父が愛想良く挨拶をしている。
ラルクは「はい。」と微笑み、隣は空いているかを尋ねる。それに父が笑顔で答えると、ラルクが父の隣に座った。
「城はどうですか?」
「広くて迷ってしまいまして、慣れるまでまだまだ掛かりそうです。」
俺は2人が話すのを聞きながら、取り分けた食事を口に運ぶ。
「良かったら時間のある時に案内しましょうか?」
「え、いいんですか?すっごく助かります!」
父はパァっと笑顔になり、「ありがとうございます。」と告げる。それにラルクが微笑んでいる。和やかで非常に良い雰囲気だが、俺は少し疑問に思った。
(ラルクってこんなに俺達に関わってくるっけ?)
ゲームの中では、ラルクは俺達を部屋に案内してからは、完全にモブ扱いだ。たまに黒騎士の背景に写っていたりはするものの、父と和気あいあいと話している様子から、これからも関わってきそうだ。
(ゲームは恋愛メインだから、それ以外の部分は結構カットされてるのかな。)
「私のことはシシルと呼んでください。同じマニエラが2人もいると呼びにくいでしょう?」
「あ、では……シシル、さん……。」
「はい!」
にっこりと笑う父に、照れながら頭をかくラルク。
(なんだこの雰囲気は…。)
ふわふわとした空気に俺が違和感を感じていると、ラルクが「食事が終わったら、お二人を部屋までお送りしますよ。」と申し出た。
「ありがとう!」
父の明るい返事に、ラルクがまた微笑んだ。
「よし、明日の作戦を立てるぞ。」
俺達親子はラルクに送られ、父は「飲み物でもどうか」と彼を部屋に招いた。リビングで話し始めた2人に、俺は「もう寝る」と伝えて自室に戻った。
明日はまた小さなイベントが何個かある。他のキャラはどうでもいいが、黒騎士アックスのものだけは外せない。
このゲームは、攻略キャラが居そうな場所に訪れることで大小様々なイベントが発生する。その中で会話選択を間違えなければ、次のイベントに繋がっていくのだ。そして大型イベント①が発生すれば、攻略キャラのルートに入ったと言える。
今日出会ったのは3人。
シークレットは、あちらの世界でまだどの実況者も攻略しておらず、それが誰かは分からない。これまで関わったのは、医者の男とラルクだけであり、食堂で目を光らせていたがその人達以外は俺達に興味を示していなかった。
(とりあえず、アックス以外とはなるべく会わないようにしよう。)
シークレットの人物が誰か分からない今、変にルートに入っては大変だ。
「そろそろ寝よう。」
俺はベッドに寝転がり、ゲームのオープニング後のナレーションを思い返す。
このゲームの設定では、主人公セラ・マニエラはこの世界に転生してきた女の子だ。そして、それはこの世界の神による手違いだった。
あちらの世界で不慮の事故で亡くなった若い魂を、こちらの世界で幸せになる為に生まれ変わらせるのがその神の仕事だが、疲れて死ぬように眠っていた主人公を間違えて選んでしまう。
(確かに、俺も徹夜明けで死ぬように眠っていたけど……。)
そして、ナレーションに被せるように急に語りだす主人公から『私は天涯孤独。片親である母には育児放棄され、親とは関わりなく生きてきた。』と説明がある。
(俺も似たような境遇……。条件が主人公と一致したから、この世界に来たのかな?)
この世界の神は生きたものを転生させるというタブーを犯し、神々のトップから力を半分奪われた。
神は自身の力に比例した見た目であるため、力の無いこちらの神はミニ化した姿”通称ミニがみ様”となってしまう。
そして彼こそが、このゲームの主人公をアシストしてくれるお助けキャラなのだ。呼べば現れ、イベント情報を一緒に確認したり、時には攻略のヒントを教えてくれる。
そのミニがみ様は「この世界で生を受けている以上、元の世界に帰ることはできない。」とはっきりと主人公に言っていた。『主人公、この世界で生きていくことを決意!』と文字が出たときは、「順応早いな!!」と少し笑ってしまった。
(今は俺がその立場なわけで。うーん……今の俺、主人公と同じ思考になってるかも。)
しかしこれは現実で、今の俺にはヒントをくれるミニがみ様もいない。
溜息を一つついて明かりを消すと、明日に備えて寝ることにした。
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