鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する
かてきん
第1話 ここは乙女ゲームの世界
「セラ……?!」
零れんばかりの涙を目いっぱいに浮かべて俺を抱きしめる男。
俺はこの状況を理解できず条件反射で拳を上げたが、側に居た医者らしき男に慌てて止められる。
「目が覚めて……良かった。ああ、セラ……。」
俺を抱きしめ続ける男の目からはボロッと涙が溢れ、腕の力はさらに強くなる。
起きたばかりのぼんやりとした頭では、今何が起こっているのか予想すらできないが、目を覚ました時にパッと見えたこの男の顔には……見覚えがあった。
(この人、誰だっけ……。)
見た目から推測するに20代後半。襟足を伸ばして結んだ茶色い髪に茶色の目。彼は家族でも親戚でもなければ、近所の住人でもない。しかし俺は、確かにこの顔に見覚えがある。
(いって……頭、打ったのかな。)
「…うッ、」
急に頭がズキズキと痛みだし、俺は静かに目を閉じた。
次に起きた時、またしてもあの男が俺のベッドの横に座っていた。寝ながらも俺の手をしっかり握っており、泣き腫らした為か赤い瞼が痛々しい。
(ここは、どこだろ……?)
俺は周りを見渡す。
広い保健室のような場所でベッドがいくつか並んでいるが、俺の他には誰も寝ていない。そして手を握る男の顔をじっと見つめると、急に彼が何者であるかを思い出した。
(う、嘘!!夢だよね…?!)
怖くなった俺は男の手を振り払い、ベッドの端へ後ずさりする。男はその拍子に起き、「セラ……起きたの?」と心配そうな目を向ける。
(今、俺のことセラって呼んだ?!)
俺は混乱し、近づいてくる男を拳で殴ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺の名前は、堤いろは。母親に貰ったこの名前は、響きが可愛いという理由だけで付けられた。小学校の授業で『いろは歌』を習った時、クラスメイトに散々いじられて泣かされたことを、母は知らない。
(あー、嫌なこと思い出した。)
四六時中酒に溺れ、ろくでもない暴力男と同居する最悪な母親の顔を思い浮かべる。
「い、てて……。セラ、どうしたの?」
(いや、今はあんなろくでもない親を思い出してる場合じゃない!)
自分は人を殴ってしまったのだ。初めての拳の感触に、背中に冷や汗が伝う。
しかし、動揺するのも無理はないという気持ちもある。なぜなら、目の前で側頭部を擦っている男は、出会うはずのない人物なのだ。
(……名前を聞くまでは、確定じゃないけど、この人って……やっぱり彼だよね。)
俺は、生理的な涙を浮かべている男に恐る恐る話しかける。
「あの、いきなり殴ってすみませんでした。……あなたは誰でしょうか?」
「……父親を忘れたのッ?!シシル・マニエラ……セラの父さんじゃないか!」
シシルと名乗る男は、またメソメソと泣き出した。俺はその姿を冷静に観察する。
(まじか……。やっぱりシシルなのか。)
俺はこの時、これが先程までプレイしていた乙女ゲーム『Love or Dead』の世界だと気づいた。
1人暮らしの大学生。そして春休みに入り時間が十分すぎる程にあった俺は、このゲームの存在を某有名動画投稿サイトで知った。動画のサムネイルには『バッドエンド不可避』『まさに愛か死!』と大きく書かれており、ゲーム実況者の中で徐々に人気を高めていった。
このゲーム、一見何の変哲もない乙女ゲームのパッケージだが、選択を1つ間違えるだけですぐにバッドエンドになる仕様になっている。
発売されるやいなや、難しすぎてクリアできないと話題になり、最近では一般女性でプレイしているのはわずかで、ゲーム実況者が面白企画としてプレイしていた。
そして、問題となっているバッドエンドだが、その内容があまりに残酷なのだ。
動画で見た限りでも、『北の孤島に置き去り』『公開処刑』など、本当に乙女の為に作られたのかと疑う作品となっている。
1つでも間違えれば地獄決定。コメント欄も「鬼畜すぎww」「誘い断っただけで斬首とかやばいだろww」と、かなり盛り上がっていた。
俺は、ネタで『Love or Dead』を買った友人にこれを借り、YouTubeで攻略を見ながら徹夜で進めていった。そして、このゲームの一番人気キャラクターである黒騎士様を攻略し、大ハッピーエンドを迎えたのだ。
(選択肢さえ間違えなければ、普通に良い話なんだよね。)
女性ならばキュンとくるであろうイベントも多数あり、俺は終わってからのエンドロールで幸せそうに微笑み合う2人にほっこりした。
明日は選択をわざと間違えて、話題のバッドエンドでも見てみようか……と思って眠ったところ、どうやらゲームの世界で目を覚ましたようだ。
(よりにもよって、なんでこのゲームなんだ!)
何とも言えない憤りを感じたが、来てしまったものはしょうがない。とりあえず今の状況を把握するために、父であるシシルに話し掛けた。
「あの……父さん?俺、ちょっと記憶が曖昧みたいなんだ。」
「セ、セラ!そうだったの!……怖かったよね?ごめんね。」
シシルは俺の手を両手でがっしりと掴むと、「ゆっくり思い出したらいいさ。」と言って、泣きながら微笑んだ。
「…というわけで、私とセラは城にいるんだ。」
「はぁ…やっぱりそうか。」
俺の発した「やっぱり」という台詞に父シシルが頭を傾げている。
彼の説明に納得したと同時に、俺の勘が当たったのだと落ち込む。
(俺、このゲームの主人公になってる……。)
熱い風が窓から入り、カーテンが揺れている。暑さからくるものか分からないが、汗が一筋、俺の首を伝った。
父の説明によると、街に出掛けていた俺達は暴走した王の馬車にぶつかり怪我をした。足を怪我してしまった父と、頭を強く打って意識を失った俺は、王によって城に保護されることになった。
そして、今までの大工仕事ができなくなった父には、お詫びとして城での仕事を与えてくれるのだという。
(本当にゲームと全く同じだ。)
ゲームの通りであれば、俺はこの世界でずっと暮らしていたはずだ。しかしその記憶は主人公同様、事故により無くなっていた。実際、目覚めてからは日本で大学生として暮らしていた時のことしか思い出せない。
(ゲームクリアして眠ったとこから、全く覚えてない。)
つまり俺は、徹夜でゲームをして死ぬように眠っている間にこちらの世界に転生し、シシルの息子として生まれ、これまで生きてきたのだろう。
「セラも、怪我が治ったらここで働かせて貰えるんだって。」
息子であるセラの能力について尋ねられた父が、『読み書き計算が得意』であると伝えたため、俺は傷が完治すれば文官の手伝いをすることになっている。
(ああ、もう完全に主人公じゃん。)
ゲームの主人公と全く同じ境遇に、思わず溜息をつく。
「平民の私達に、住居まで用意して下さったんだよ。ありがたいことだよね~。」
(あの、馬車にひかれたこと忘れたの?)
俺はゲーム同様、のほほんとした性格の父に不安を感じた。
「セラが死んでしまったかと思って、私は心臓が止まりかけたんだよ。」
「心配かけたよね。ごめん。」
あれから医師の男に診察を受け、問題無いと診断された俺は、父と共にこれから住むという部屋へと向かった。
「災難でしたね。でも、目を覚まして安心しました。」
騎士のラルクが眉を八の字にしつつホッとした表情で俺を見る。
俺より6つ上の25歳だという彼は、王の乗っていた馬車に護衛として同乗していたらしい。
背が高くがっちりとしており、まさに騎士といった見た目だ。目と髪は赤く、垂れ目がちな顔が優しい印象である。
彼は俺の頭に巻いてある包帯に目をやると、眉をさらに下げた。どうやら随分深い傷を負ったと思われているようだ。
(実際のところ、ほんのちょっと切り傷があるくらいなんだけど。)
俺は、大袈裟に巻かれた包帯を邪魔に思いながら、部屋へと続く廊下を歩いた。
部屋に入り、自室に案内される。
そこは居間以外に部屋が3つあり、2人で住むには十分すぎるくらいだ。今は簡易的なベッドと机と椅子が置かれ、最低限の家具しか揃っていない。
父曰く、以前借りていた家の荷物が後日届くとのことで、しばらくは片付けに追われそうだ。
引っ越しまで城からの手配でしてもらえるとあって、父はあまりの好待遇に恐縮していた。
「セラ、すぐに寝るんだよ。私は騎士さんにお礼を言ってくるから。」
俺達をここまで案内してくれたラルクに「ありがとうございます。」と言いながら駆け寄る父の背中を確認し、俺に与えられた部屋の扉を閉める。
そして急いで椅子に座ると、机に置いてある紙とペンを取り、『黒騎士様攻略作戦』と大きく書いた。
(俺は死ぬわけにはいかない!ここで騎士様と大ハッピーエンドを迎えるんだ!)
ぐっと拳に力を込め、俺はこの世界で生き抜くことを決意した。
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